神様ボーナス
ここはどこだろう。何もない真っ白な空間に、ぽつんと立っている。
『あ、意識がこっち来ちゃった? 残念、間に合わなかったかぁ』
のんきそうな声がした。
「あの、どなたですか?」
あたりを見渡すも、姿は見えない。
『一応、神様です』
一応ってなんだ。神様なら神様だって断言しろ!
イラッとしたけれど、本当に神様なら機嫌を損ねるのも怖い。無駄なことは言わない方がいいだろう。
「じゃあ神様、何で私はここにいるんですか?」
『実はさ、とっても言いにくいんだけど、杏奈ちゃん、死んじゃったんだ』
今、死んだって言った?
嘘でしょ?
振られたあげく、死んだの?
不幸展開早すぎない?
『いやぁ、杏奈ちゃんが驚くのも無理ないよね。念のため確認だけど、杏奈ちゃんってアラサーの社畜で合ってるよね?』
「そうですけど、それが何か?」
思わず喧嘩腰な声が出てしまう。
『さっき、大きな交通事故があってさ、そこで死ぬ予定だったのは15歳の女子高生だったのよ。だけど僕の使いが、間違えて隣にいた杏奈ちゃんの魂を取って来ちゃったみたい』
「ま、まちがえて……」
あまりの状況に、声が震える。
『そうそう、間違えちゃって。意識がこっちに来る前だったら返せたんだけど。杏奈ちゃん、意識がもうこっちに来ちゃったから返せないんだ。ごめんね』
「ごめんねって……、どうにかならないんですか」
アラサーとは言え、まだ死ぬには早い。やりたいことだってたくさん…………あれ、でも今戻ったところで、どうせ不幸のどん底じゃん。結婚を意識してた彼氏に二股かけられて振られて、仕事はブラック企業の社畜で特にやりがいを感じているわけでもない。
『お怒りはごもっとも。だから、本当は転生って時間がかかるんだけど、すぐに転生させてあげる。それで許して』
すぐに転生。それって、新しい人生がやり直せるってこと? ぶっちゃけ、今の人生に戻されるより良いんじゃないだろうか。
しかし、すぐにそれを受け入れるのも癪なので、ちょっと交渉をしてみることにした。
「そちらの不手際で死んだってことなんですから、次の人生はちょっとボーナスつけてくれません?」
『ボーナス? いいよ、それで許してくれるなら。じゃあお供を付けようかな』
テンション軽っ。でも、やった。言ってみるもんだな。
そう思っていると、黒猫が現れた。ブルーの瞳が綺麗だ。
「この猫がお供?」
『そう。供を付けとかないと、僕、ボーナスあげるの忘れちゃいそうだから』
なるほど。目印代わりというわけか。
「えっと、ちなみに、どんなボーナスつけてくれるんですか?」
これが重要だ。ごくりと唾をのむ。
『そうだなぁ……』
神様はしばらく沈黙して、考え込んでいるようだ。
『決めた! じゃあ神様ボーナスとして、イケメンとの玉の輿結婚!』
ジャジャーン、と効果音でも聞こえてきそうな勢いで声がした。
だがしかし、杏奈は全然嬉しくなかった。だって、今さっき、男に裏切られたばかり。男なんて信用ならない生き物だ。その生き物との結婚なんて言われても、まったくテンションが上がらない。むしろ嫌だ。
「他のでお願いします」
『えー、何で? 杏奈ちゃんの一生を振り返ったうえで、これが良いと思ったんだけど。玉の輿だよ、しかもイケメンだよ。杏奈ちゃんイケメン大好きでしょ? いっつも顔に騙されて変な男と付き合っちゃうくらい』
うっ……
傷口をえぐるような一言に、地味に胸が痛む。
震えながら声を絞り出した。
「だ、だからこそ、もう男の人はこりごりなんです」
『そうはいっても、これが一番簡単だし』
あ、それが本音か。
神様のくせに、魂間違えるわ、ボーナスを出し渋るわ、最悪だろう。
「私、次の人生は男に頼らずに生きていきたいんです。だから、神様ボーナスは、その世界で大成功!ってやつにしてください」
ちょっと漠然としすぎたかな?
でも、ここが交渉の山だ。絶対に引くもんか。
『んー』
神様が悩んでいる。これはもう一押し。
「じゃあ、なりたい職業に就けるようにしてください。その後の努力は惜しむつもりはありません。ね、これならいいでしょ?」
『うーん。じゃあ、こうしよう』
ごくりと息をのみ、神様の続きを待つ。
『ボーナスは玉の輿か、なりたい職業での成功かの二択。ただし、どちらかを選べば、選ばなかった方は叶わないからね。でも僕のオススメはやっぱり玉の輿だから、候補者を用意するし、杏奈ちゃんがモテまくるように準備する。イケメンでステータスも抜群の男性からちやほやされて、君が落ちないわけないと思うけどな』
神様の声に、ニヤニヤとした響きが混じる。
「つまり、その玉の輿候補のトラップから逃げ切れば、私の願いを叶えてくれるってことですね」
『そういうこと。じゃあ、リミットを設けようか。そうだな、転生先の世界の成人になる日にしよう。その日までに玉の輿の誘惑に負けなかったら、杏奈ちゃんの望みを叶えるよ』
「はい、分かりました! 玉の輿候補は不要ですけど、そこは全部拒否すればいい話なので受け入れます」
『頑なだなぁ、わかった。じゃあ、交渉成立だね! 次の人生は、楽しくなることを祈ってるよ』
神様がそう言った途端、まばゆい光が空間に満ちた。
まぶしさに目を閉じ、収まったかなと恐る恐る目を開けると――
異国情緒溢れる町並みの中に、立っていたのだった。
「ここは?」
封筒を手にしたまま、ぐるりを見渡す。
西洋ファンタジーの世界に迷い込んだみたいだ。自分の出で立ちを見ると、まわりと同じようなワンピースに身を包んでいる。
そして、先ほどの黒猫が足下で伸びをしていた。
「そっか。本当に転生、しちゃったんだ」
アンナから、感嘆のため息がこぼれる。
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