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 地上の方が何か騒がしくなってきた。地下のこの部屋に地上を行き交う忙しない足音などが伝わってくる。伝わってきた雰囲気から只事ではないのは確かだ。


 その様子を察したシュワンツ大尉も奥の部屋から出てくると、各監察官達に出動命令を下した。命令を受けた各監察官達は、能力者達とペアで、別々の出口より地下から出動して行った。もしも、敵国などの襲撃なら一緒に出ると共倒れするリスクが大きいからだ。


 地上へと出たイヴァンナ達の目に飛び込んで来たのは、村のあちこちで燃え上がり、倒壊しかかっている家屋であった。村のほとんどの家屋は藁葺き屋根の木造建築であり、一度火が着くと燃え広がりやすいのである。


 一目見てこれが放火によるものだと判断したイヴァンナ達は、1103ら狂戦士達に戦闘態勢に入るよう指示し、自身らもすらりと腰から剣を引き抜いた。


 助かることは、ここの住民が、ただの村人ではなく、任務中の兵士だと言うことだった。決してパニックになること無く、己らがするべき事をきちんとわきまえて行動している。なので、狂戦士らが避難誘導に手が裂かれることはないのだ。


 辺りに目を配らせるイヴァンナの隣で、同じようにきょろきょろと辺りを見渡す1103。すると、急に1103の動きが止まった。


 「見つけましたか、CodeNo.1103」


 イヴァンナの問いに無言で頷く1103。その華奢な肩にそっと手を触れ、二度叩く。追えのサインだ。その瞬間、ふっと1103の姿が消えた。


 消えたと思ったその瞬間、イヴァンナの左前方で燃え上がり続けている家屋が大きな音をたて、崩れ落ちた。


 そこから、三つの影が空へ向かって飛んだ。1103と見たこともないオリーブ色のマントを羽織った二人組。


 地面に降り立った1103と、マントの二人組がお互いにじりじりと円を描くように動いている。


 『隣国の狂戦士共か!!』


 イヴァンナが再度周りを確認すると、村の東側から大きな爆発音が聞こえてきた。あちらにはユリア監察官と963がいる。そちらでも戦闘が始まったと思われた。


 ふんふんふふふんふんふん♪


 ふんふんふふふん♪


 死のメロディー。


 死神少女DeathDollが現れるところに、必ず流れる鼻歌メロディー


 数々の戦線で屈曲な兵士達を恐怖へと陥れたこのメロディーも、恐怖などの感情のない隣国の狂戦士達は、ただ生気のない瞳で1103を見つめているだけであった。


 「お母さん、駆除開始します……」


 ふんふんふんふんふふふふふん♪


 ふんふんふんふんふふふふふん♪


 すっと1103の身体が低く沈み込むと、楔が外されたバネが一気に伸び上がるかのような勢いで、二人の狂戦士達へと攻撃を仕掛けた。


 一人の狂戦士が応戦しようと大剣を構えた瞬間、その構えていた腕ごと胸の辺りから1103の大鎌で横一文字に斬られてしまった。ぽとりと大剣を握っていたままの腕が地面へと落ち、ずずずっと胴体が倒れていく。絶命した狂戦士の顔は、あの生気のない目を開いたまま、雲ひとつない澄み渡った空を見つめていた。


 ふふふふ♪

 ふふふふふん♪


 ふふふふ♪

 ふふふふふん♪


 しかし、1103はなおも動きを止めず、そのままの勢いで、あまりの速さに何が起こったのか理解出来ていない様子のもう一人の狂戦士の首を刎ねた。刎ねられた首は、くるくると回転しながら地面へと落下した。彼女もやはり生気のない目を開いたままであった。


 ふふふんふふ♪

 ふふふん♪

 ふんふふふんふんふん♪


 隣国の狂戦士達の返り血を浴び、紅に染まった顔に何の感情も浮かんでいない二つの瞳だけがやたらと目立っている。


 村の北側と西側からも爆発音がした。東側にはユリア監察官と963、北側にはノンナ監察官と1009。西側にも敵がいる。もしそれに全部狂戦士達が含まれているのなら、最低でもあと三体、もしここと同じく二人一組で来ているのなら、あと、六体の狂戦士がいるかもしれない。イヴァンナは小さな舌打ちをすると、1103に西側に向かう様に指示を出し、自身はユリアとノンナへ無線での交信を始めた。


 「こちらイヴァンナ、聞こえますか?」


 無線機に向かって大きな声で叫ぶイヴァンナ。無線機のマイクから耳障りなノイズだけが聞こえている。


 「こちら、ユリア。すまん、遅くなった」


 「そちらにも狂戦士はいますか?」


 「いる。しかも二体。そちらにもということは、イヴァンナの方にも?」


 「はい、二体いましたが、1103が駆除し、今は村の西側に向かわせています。」


 ユリア監察官の方にも二体……ぺろりと唇を舐めるイヴァンナは、やはり二人一組かと呟いた。しかし、先程の1103との戦闘を見る限り、そこまで能力の高くない狂戦士だと思った。じゃなければ、こんなに多くの狂戦士達を連れてこなくてもいいはず。正直なところ、こんな山村であれば、1103や963ほどじゃなくても、やや二人よりも能力の落ちる1009レベルの狂戦士でも一人で余る位で壊滅可能である。


 今までの戦闘でもそうだ。


 歴戦の偵察部隊だろうが、所詮は人である。優れた能力を持つ狂戦士なら一人で殲滅できる。甘く見ているつもりは無い。全てはイヴァンナの経験からだした結論である。


 「ユリア監察官、そちらの戦況は」


 「ふん、悪いが963の相手にもならん。……あっ!!」


 交信中のユリア監察官が叫んだと思うと、無線機のマイクから、爆発音が聞こえた。小さな爆発音だった。


 「ユリア監察官、どうされました!!」


 ガガガッというノイズの後に、少し動揺したようなユリア監察官の声が聞こえてくる。


 「なんてこった、自爆しやがった!!」


 「……!!」


 自爆した?狂戦士が?そう命令されていたのだろうが、なんて事を命令するのかと怒りに震えるイヴァンナは、無線機から聞こえてきたユリアの声で落ち着きを取り戻した。


 「信じられん、外道が……まぁ、とりあえず私はノンナ達のいる北側に向かう。イヴァンナは1103と西側へいってくれ」


 「了解です」


 無線機のマイクをなおすと、イヴァンナは1103を追いかけ、西側へと向かった。


 『自爆させただと……』


 確かに能力者達は人として扱われない。奴隷として、または狂戦士として、一つの道具として兵器として扱われている。しかし、しかしだ、命はある。家畜達の動物の様に、殺して食うわけではない。ただ、敵の手に渡るよりは死んで貰った方が良いから自爆させる。


 今回、襲撃してきた者達が、どのような部隊かは知らない。でも、同じ部隊の仲間じゃないのか……イヴァンナはそんな事を思い憤る自分が甘いのか、それとも正しいのかなんて分からない。でも、半年間という短い間の関係であるが、自分は1103に自爆を命じることは出来ないと思っている。


 無表情で生気のない瞳。心のない身体。淡々と敵を殲滅する姿。確かに、彼女らは自分達と違う。でも、その様に作り上げたのは、自分達軍部の人間ではないか。普通なら、友達とお喋りを楽しみ、恋に憧れる年頃の娘達を能力が高いからと、その様に作り上げたのは私達軍部の人間だろうが……


 胸の奥にもやもやとした気持ちが沸き上がってくるイヴァンナは、頭を何度か振り1103の元へと急いだ。






 腰まで伸ばし三つ編みにしている美しい絹糸のような金色の髪を、首にぐるぐるっと巻き付けた少女が、対峙する二人の狂戦士を翡翠のような美しいが生気のない眼でじっと見つめている。


 「1009、駆除開始せよ」


 静かにノンナが口を開く。


 「分かりました、ノンナ」


 駆除開始を伝えられた1009は膝を深く曲げ、全身に力を込め始めた。


 「ぐるるるるるるっ!!」


 その可愛らしい見た目の1009の口から、野獣を思わせる唸り声が漏れだしてきた。キスしたくなるようなぷるんとした唇は、今にも相手の喉元に喰らいつこうかするかの如く、歯を剥き出しに開かれ、その可愛らしかった顔は、深く眉間に皺を寄せ、身体中の至る所に血管が浮きでてきている。


 緑眼の捕食者predator


 1009、彼女の異名である。その姿はまさに獲物を狙う肉食獣そのものであり、目の前の敵全てを喰らい尽くすかのように殲滅する。


 そして鈍い音と共に、彼女の両手の甲からい十五センチはある爪が八本生えてきた。実際は生えたわけではなく、篭手に仕込まれた刃物が飛び出してきたのである。


 「あぁぁぁぁぁぁ……!!」


 びりびりと辺りの空気を震わす咆哮。それと同時に二人の狂戦士が動き出した。一人は両手にナイフ、もう一人はチャクラムと呼ばれる

 外に刃のついた円形状をした武器を両手にもっている。近接型。1009の最も得意としている相手。


 地べたに這いつくばるように身体を沈めこませる1009。彼女に向かってチャクラムを投げる狂戦士。1009は大型猫科の猛獣のような身のこなしでするりと避けると、もう一方から襲い掛かってくる狂戦士に飛びかかった。


 相手の狂戦士は、ナイフで応戦するも、1009の攻撃を両手で防ぐのがやっとの様である。あまりにも両者が接近しているため、もう一人の狂戦士はチャクラムを投げれない。


 そんな時だった。


 チャクラムを持つ狂戦士の首が刎ねられたのだ。辺りに血を撒き散らしながら、倒れる首無しの胴体。その傍らに転がる生首。


 そこには、地面に溜まる血の海の中に倒れた狂戦士の首なしの死体を、さらさらと風に靡く美しい黒髪をそのままに、無表情な瞳で見つめる963の姿があった。


 「やはり、ここにも二体いたか」


 落ちている生首を胴体の脇へ置きながら、ユリア監察官がノンナ監察官へと声をかけた。


 「そちらにも二体?」


 「あぁ、あとイヴァンナの所も二体だったらしい。うちもイヴァンナの駆除済みだがな」


 二人がお互いの戦況などを話し終わり、1009の方へ視線を向けると、狂戦士の額に1009の爪がずぶりと刺さっていた。だらりと下がる両腕。二本のナイフが地面に落ちている。既に息絶え死んでいるようだ。


 すっと狂戦士の額から爪を抜くと、爪にこびりついている血糊をさっと払うと、野獣と化していた姿から、いつもの1009の可愛らし姿へと戻っていた。

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