第28話 準備します
町長と別れた後、エリスとカイはカフェでお茶していた。
「エリス、これからどうする? すぐ戻る?」
「ううん、もうちょっと居る。今日クズどもが来るかも知れないし」
「あぁ、確かにそうだね」
「それともう一つ、計画してることがあってね。それの準備をしようかなと」
「どんな計画?」
「街に温泉を引こうと思って」
「僕達が入っているあの山の温泉を?」
「うん、あの温泉の水脈ってかなり豊富だから。街まで余裕で引けると思う。ただ問題があってね」
「どんな問題?」
「温泉を通す道程の土地を買い占める必要があるってこと」
「あぁ、資金面の...」
「そっちじゃなくて住民感情の方。いきなり行って『温泉を通したいから土地を売って欲しい』って言っても良い顔されないでしょ?」
「それは確かに...」
資金面は問題無いと言い切るエリスに、ちょっと顔を引き吊らせながらカイが答える。
「やっぱり根回しは必要よね」
「町長さんに頼むっていうのは?」
「あぁ、もちろん最終的には町長さんの力を借りるけど、今はクズ対策で手一杯だろうから、そっちが片付くまでは余計な負担を増やしたく無いのよ。街のみんなにもね」
「なるほど、それでエリスが根回しを。具体的にはどんな方向に持って行こうと思ってる訳?」
「ここを温泉リゾート地にしようと思ってるの」
「温泉リゾート?」
カイは目を丸くした。計画が壮大過ぎると思った。
「そう、この街がここまで寂れた原因の一つに、観光収入が見込めないこと、魅力ある観光の目玉が何もないことが挙げられると思うのよ。魅力ある土地だったら、たとえ王都から遠く離れていたって人は集まるはず。近隣の領地とはそんなに離れている訳じゃないしね」
「それで温泉を目玉にしようと? でも温泉だけで人が集まるのかな?」
「集まるわよ。現に私だって領地に居た頃、温泉目当てで隣の領地まで行ったくらいなんだから。それに温泉だけじゃなく、豊富な山の幸や魔獣の肉をいつでも食べられるお宿ってことになれば、間違いないなく評判になると思うわ」
「なるほど...」
「私はね、カイ。このまま現状を維持するだけじゃ満足出来ないの。今はあのクズが引っ掻き回したツケを、私が居るから辛うじて払えているような状態だけど、クズの問題が片付いた後、たとえ私が居なくなったとしても、領民達が自分の足で立って歩けるようになる。そんな地盤を築いておきたいのよ」
カイはもう言葉も無かった。これが所謂『貴族の義務(ノブレス・オブリーシュ)』と言われるものなのだろうか。エリスの領主としての器を垣間見た気分だった。
「まぁ、そこまで行くには課題が山積みだけどね。まず街の住民達に説明して理解して貰って、その上で賛同して貰うこと。山から温泉を引くために必要な土地の買収と整地作業。結果、住まいを失くした人達への補償と新しい住まいの確保。温泉宿の建設とそこで働く人達の募集及び教育。この街へ至るための街頭の整備などなど。挙げていったらキリが無いけどね」
そう言って苦笑したエリスに感動したカイは、
「でもきっと...きっとエリスなら成し遂げるんだと思う。僕も微力ながら力になるから何でも言って?」
「ありがとう、カイ。まずは街のみんなの意識調査から始めようか」
結局その日は夕方まで街で過ごした二人だったが、クズどもがやって来ることは無かった。
◇◇◇
「ただいま~! みんなにお土産買って来たから後で食べて?」
「わぁ、ありがとうございます。エリス様」
「初仕事の感想はどう? 何とかやっていけそう?」
「はい! 鶏の世話も魔獣の世話も充実して楽しかったです! 問題なくやっていけそうです!」
ユリが興奮気味に話し出す。
「そう、それは良かったわ」
「特に魔獣の子供達が可愛いくて! 早速懐いてくれたんですよ! 餌を与えたら私達の手から直接食べてくれて! 食べてる姿がとても愛らしくて! 思わずキュンっとなりました!」
「確かに子供の内は可愛いわよね。でも、あっという間に大きくなるから、可愛いのは今だけよ?」
「へっ?」
「あら? 言ってなかったかしら? 魔獣だから成長するのも他の獣と違って早いわよ?」
「き、聞いてませんよ~!」
ユリの興奮は冷めたようだ。
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