第6話 閑話 エリオットとシルベスター
■■ エリオットの場合 ■■
僕の人生は挫折の繰り返しだった。
一度目の挫折は僕が七歳の時だ。
この国の高位貴族はまだ子供の頃に婚約者を決めるケースが多い。政略的な意味合いも勿論あるが、何よりも早く成立させてしまえば、後から他の誰かに浚われる心配が、取り敢えずは無くなるというのが大きいと思う。
とは言っても絶対という訳ではない。成長して他の誰かに目移りする場合もあるだろうし、お互いの性格の不一致もあるだろう。結局の所、最後は当人達の気持ち次第だ。
僕はその舞台に上がることさえ出来なかった。
『シャロン・スカーレット』公爵令嬢。燃えるような赤い髪に気の強そうなやや吊り上がった黒い瞳。将来、確実に美人となるだろう彼女に、僕は一目惚れした。僕は両親にあの娘と結婚したいとおねだりした。両親も同じ公爵家で家格が釣り合うということで賛成してくれた。
直ぐ様スカーレット家に打診したが...断られた...
理由は単純。僕が嫡男じゃないからだ。僕には兄が二人居る。長男が家督を継ぎ、次男は侯爵家に婿入りが決まっている。僕は父の第二爵位である子爵位を継ぐことになる。
一方、彼女の方も嫡男である兄が居るので、彼女は嫁に行くことになる。彼女は子爵夫人じゃ満足出来なかったようだ。幼い僕は泣く泣く諦めるしかなかった...
二度目の挫折は僕が十歳の時だ。
年が同じ第二王子『アルベルト・フォン・アルタイル』殿下の側近候補を選ぶ際、僕は候補に残れなかった。これも理由は単純。僕の成績が悪かったからだ。
当時の僕はやさぐれていた。出来の良い二人の兄と常に比較されて、どうせ敵いっこないからと不貞腐れて勉強に身が入らなかった。優しい両親と兄達はそんな僕を「大丈夫だ、お前なら出来る」と励ましてくれたが、それが余計に辛かった...
三度目の挫折はこの学園に入ってすぐだった。
その頃になると僕も自分の中でなんとか折り合いをつけて前を向けるようになっていた。兄は兄、自分は自分だと、比較するのを止めて自分に出来ることをしようと思っていた。まずはこの学園で一番になる。それを目標に掲げた...が、それは脆くも崩れ去った...
入学して間も無いある日、数学の授業中にそれは起こった。担当の女教師が黒板に書いた問題。それは明らかにまだ習っていない範囲のものだった。クラス中が僅かにざわつく。あてられても答えられないから当然だろう。
だが僕は気にしなかった。あてられたら「先生、まだ習っていない所ですよ」と言ってやれば良いだけだから。そして女教師が指名したのが『ミナ・バートレット』だった。
極端に背が低く、まるであどけない子供のような同級生に、僕はそれまで無関心だった。クラスの女子達は可愛いだのなんだの騒いでいたが、僕は気にも留めなかった。
指名された彼女は無表情のまま黒板に向かった。どうせ解ける訳無いのにと僕は高を括っていた。すると彼女は背が届かないのか、爪先立ちした足をプルプルさせながら、なんとか答えを書き終えた。
「正解よ~ ミナさん凄いわね~」
女教師の言葉に僕は耳を疑った。僕は全く解けなかったのに...
い、いやきっとマグレ当たりだ! そうに違いない! 次の学力テストでは僕の方が上に行くはずだ! こんな子供みたいな奴に負けてたまるかっ!
その学力テストで僕は四度目の挫折を味わうことになった...
◇◇◇
今、僕は寮の自室で頭を抱えている。
なぜあんな愚かなことを...自分で自分が情けなくて泣きたくなる。
ミナ・バートレットが本当に賢いんだってことは、あの数学の授業で分かっていたはずだ。なのに...なんであんな戯れ言を...
オマケに殿下やシャロン嬢、イライザ先生にまで迷惑を掛け、大勢の前で醜態を晒した上に...居たたまれなくてその場から逃げ出した...
僕は本当に最低だ...今頃、学園中で噂になっていることだろう...両親や兄達にとても顔向け出来ない...このまま消え去りたい...
次の日の朝、僕は重たい足取りで女子寮へと向かった。昨夜は一睡もしていない。許して貰えないだろうが、まずは彼女に謝罪をしなければと思った。
そしてこの学園には居られないだろうから、その足で退学届けを出すつもりだった。実家に戻ってもこんな恥晒しに居場所は無いだろうから、家も出るつもりだった。
それなのに...彼女は僕の謝罪を受け入れてくれた...
てっきり罵倒されると思っていた。それだけのことを僕は仕出かしたんだから。でも彼女は恨み言一つ溢さず、しっかりと僕の目を見て筋は通すべきだと諭すのみだった。
信じられなかった...昨日からの胸のつかえが取れて急にスッキリとした気持ちになった。僕は気付けば自分の胸の内を彼女に晒け出していた。きっかけは数学の授業であったこと、醜い嫉妬に駆られていたことなど。彼女は静かに耳を傾けてくれた。
可愛らしいだけだと思っていた彼女のことを初めて美しいと思った一時だった。
彼女にお礼を言ったあと、少しだけ軽くなった足取りで僕は校舎に向かった。まずは関係者に心からのお詫びをしないと。これからの学園生活は針の筵になるだろうけど、自分で蒔いた種だ。しっかり刈り取らないと。
そして...いつか彼女に信頼されるようになりたい。そう思った僕は、退学届けを破り捨てた。もう後ろ向きにはならない。
◇◇◇
その日、初めての魔法実習に参加するため、僕達は演習場に来ていた。
あれは...F組の『シルベスター・ホプキンス』か。あまり良い噂を聞かない奴だ。天才だとか持て囃されていい気になってるとか。常に他者を見下した態度を取るとか。
そんな奴がバートレット嬢とペアを組むだと!? 人を馬鹿にしたような笑みを浮かべてバートレット嬢に近付いていく。僕は何か嫌な予感がしたので注視していた。僕は水属性で、土属性の彼女達のすぐ隣で実習を行っていた。
初めは初級魔法を撃っていた。魔力もそれほど込めていない。それが中級魔法になり魔力を込め始めたあたりで、僕は申し訳ないがペアを組んだ者のことをすっかり忘れて彼女達に注目していた。
そして...危ないっ! 属性違いのしかも火の上級魔法だとっ! 何を考えている、殺す気かっ!
僕は無我夢中で彼女の前に飛び出した...
そして今、彼女と二人でシルベスターが教師に拘束されているのを眺めている。彼女が無事で本当に良かった! しかし良くあの上級魔法を跳ね返せたもんだ! 火事場の馬鹿力ってヤツかな!?
バートレット嬢ではなく「ミナ」と呼ぶことを許して貰えて、少しは彼女に信頼されたように感じられて、僕はとても嬉しくなった。
後日、彼女がシルベスターに厳罰を望んでいないと聞かされた。僕は退学になっても当然だと思ったし、甘い顔を見せる必要も無いと彼女に言ったが、彼女は笑ってこう言った。
「あなたのお陰で怪我もしなかったんだし別にいいじゃない」
彼女らしいと思った。僕もそれに救われたので、それ以上は何も言えなかった。
その代わり、これからも僕が彼女を守って行くと心に誓った。
■■ シルベスターの場合 ■■
なんでこんな事になったんだろう...
ボクは奉仕活動の一環である、町の美化清掃に勤しみながら独りごちる。
殴られた顔は腫れ上がったままだ。あの後、父親にボコボコにされた。親に手を上げられたのは初めてだ...ボクはそれだけのことを仕出かしたのだと改めて思い知らされた。
ボクには生まれつき父親譲りの魔法の才能があった。周りからも天才だと持ち上げられ、注目を一身に浴びて調子に乗っていた。ただ父親からは良くこう言われた。
「生まれ持った才能に満足せず、精進するのを怠るな」
ボクは話し半分に聞いていた。だって鍛練なんかしなくても誰もボクに敵わないし、それでますます皆から注目されるようになっていたからだ。
学園に入学してもそれは変わらないはずだった...なのに...
『ミナ・バートレット』子爵令嬢。注目は彼女に集まった。子供みたいな背格好に可愛らしい容姿。あどけない仕草でたちまち人気者になっていた。気に入らない...
それだけじゃなく、学力テストでは学年首席の座に着いた。才色兼備だと更に持て囃された。気に入らない...
そう、存在自体が気に入らなかった。
だが魔法ならボクの方が上だ。実習で上手い具合に彼女とペアを組めた。ボクはちょっと懲らしめてやろうと思った。彼女の鼻っ柱を折ってやろうと。本当にそれだけだったんだ。それなのに...
彼女は魔法でも強かった。あんな防御見たことない。ボクは苛立った。そして...魔が差した...
気付いたらボクは頭から水を被っていた。
後で聞いたら『エリオット・カーライル』って奴の魔法に押し負けたらしい。ハハッ...なにが天才だ...父の言う通りじゃないか。鍛練を怠った結果がこうだ。ボクは自嘲するしかなかった。
ボクの処分は一ヶ月の停学と奉仕活動の強制という思ったより軽いものだった。退学処分の上、家からも放逐されるのを覚悟していたボクとしては拍子抜けする程だった。
だがそれは一重にバートレット嬢が厳罰を望まなかった故だと聞かされた時、ボクは彼女に敵わないと思った。そして停学が明けたら彼女に誠心誠意謝罪しようと固く決心した。
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