リインカーネーション

第39話 鬼の巫女

『……はァ、腕を落とされンのは、気分悪ィなァ。おい……』

「羅刹鬼、大丈夫？」

『てめェの心配をしろよ、キサラ』

　羅刹鬼の意識が刀を構える右腕に向く。

　蒼炎が消えかけていることに気づき、キサラはイルフリードの剣を見遣った。

　精神が乱れたことで、魔法の効果が消失しかけているのだ。

『次は首を刎ねます』

　アルカナの剣が風を纏い、機体を凌ぐ大きさに変化する。

　その隙をイルフリードは見逃さなかった。

『おおぉっ！』

　イルフリードが噴射式推進装置（バーニア）の力を借りた大跳躍で、一気にアルカナ機との距離を詰める。

「――飛炎魔（ひえんま）！」

　迎え撃つアルカナ機に対し、キサラは炎の防壁を打ち立ててイルフリードの防御とアルカナへの攻撃を瞬時に行った。

　アルカナは魔法障壁を発動して、炎を相殺する。

　相殺された炎が蒼く散ったその一瞬を、イルフリードの魔眼は見抜いていた。

　蒼炎を打ち消し、沸き上がった漆黒の炎が激し燃え立つ。

『オォオオオオッ！』

　幻装兵の左腕の付け根に剣が食い込む。

　命を燃やすように、イルフリードの大剣は赤々と滾（たぎ）った。

『はぁああああっ！』

　イルフリードが渾身の力を込めて、剣を振り上げる。

　次の瞬間、幻装兵の左腕が跳ね飛ばされ、イルフリードは胴部に前蹴りを叩き込むと同時に噴射式推進装置（バーニア）を最大出力に切り替え、幻装兵を押し倒した。

　そのまま馬乗りになり、首許に剣を突きつける。

　アルカナの左腕から漏れ出した黒血油が、血のように広がり、辺りをどす黒く染め上げている。

『止めだ』

　イルフリードの声が聞こえるのと、上空でなにかが瞬いたのはほぼ同時のことで。

『離れろ！』

　羅刹鬼が叫んだ時にはキサラは走り出していた。

　突進して雷の軌道から逸れた直後、恐ろしい閃光と轟音が起こり、爆風が機体を浮き上がらせる。

　羅刹鬼とイルフリードの機体は落雷の衝撃も加わり、谷へと落ちていく。

『おぉおおおおっ！』

　噴射式推進装置（バーニア）を噴射させ、イルフリード機が谷から脱出する。

　その光景を見送りながら、谷底に落ちた羅刹鬼は、溜息を吐いた。

『……おィ。おいてけぼりだなァ。さて、どうやってここから上がる？』

　左腕がない羅刹鬼は、片腕で上がるしかない。

　谷底は思ったよりも深く、吹き荒れる暴風雨のせいで、底を流れる水かさは見る間に増していった。

「このままだと、研究所も、トーチ・タウンも危ういわね……」

　神人（アルカナ）の狙いは自分一人。

　だが、アルカナが相手である以上、彼女が引き起こす厄災は周囲を巻き添えにするのだ。

　頭上では、イルフリードとアルカナの剣戟の音が激しく響いている。

　この場に留まっている余裕などない。

「どうすれば……」

　呟く、キサラは無意識にサヤの勾玉を握りしめていた。

「サヤ……」

　温かな光を感じたかと思うと、キサラの身体が輝き出す。

『な、なんだァ！？』

　それは羅刹鬼も同じだった。

　白い光を宿した身体が、不思議な浮遊感に包まれる。

　――鬼になる覚悟はあるか？

　羅刹鬼であって、羅刹鬼でない声がし、次の瞬間、世界が闇に包まれた。

　†

　荒廃した世界が広がっているのが、キサラには視えた。

　廃墟と化した第七魔導研究所と、街の姿だ。

　押し寄せる水と泥に呑まれ、雷に撃たれて焼け焦げ、大嵐によって蹂躙されたハクライの里と同じ景色だった。

　――今ここで神人を倒さなければ、同じ悲劇が繰り返される。

　私は家族を――ハクライの里の皆を失った。

　私はサヤを失った。

　私はエンネアを失った。

　キサラの中で、怒りと苦悩が輪を成して渦巻いている。

　神人への殺意が昏く湧き起こり、キサラの意識を闇に引きずり込む。

『過ちを繰り返すンじゃねェぞ』

　――ああ、だから過ちなのだ。

　反魂術は禁忌の術。

　人間が踏み入れてはならない領域だ。

　けれど、間もなくキサラの命は奪われようとしている。

「そうなれば、勾玉に封じたサヤの魂は？　羅刹鬼に預けたエンネアの魂は？」

　キサラは孤独に呟いた。自問するまでもなく、答えはわかっていた。

　自分の死とともに、二人を永遠の孤独の中に残してしまうことになるのだ。

「こんなにもすぐ傍に居るのに……」

　キサラは呻き、祈った。

　ならば、最後に利己を貫くしか道はないのだ。

　そのために生きてきたのだから。

『鬼になる覚悟はあるか？』

　その声は、もう一度キサラに訊ねた。

「――あるわ。愛する人のためなら、鬼にだってなってみせる」

　キサラが応えた瞬間、意識は元の世界に引き戻された。

『上等だァ！　てめェの命、喰わせてもらうぜェ！』

「ええ。構わないわ、羅刹鬼」

　蒼焔が炎の柱となって立ち上り、羅刹鬼を包み込む。

『キタキタ来たァ！　この鬼気の感覚、久々だなァ！』

　羅刹鬼が深く屈む。

　その跳躍は、大地を揺るがし、谷を飛び越えた。