第37話 魂の行く先

 キサラは鬼の骨が収まった瓶を手に、魔法陣を作っている。

 何度も作ってきた紋様は、全てが失われてもキサラの記憶の中にはっきりと残っていた。


 忘れもしない、サヤの美しい舞の足許が描く紋様だ。


『……なァ、サヤの魂を呼んでどうするンだ?』


 羅刹鬼の問いかけに、キサラは思い出したように顔を上げ、彼を見つめた。


 サヤを失ったあの日から、キサラの生きる目的は、サヤを蘇らせることと同義になった。

 だが、サヤを蘇らせるには自分が『材料』として必要不可欠なのだ。


 ――あの日のサヤは……。


 キサラは、サヤの最期の刻に想いを馳せる。

 サヤもまた、命を賭けてハクライの里の人々を蘇らせようとしたのだろうか。

 キサラと共に、またハクライの里で暮らすために。


 反魂術を成功させるために、サヤは自らの命と引き換えにしたはずだ。

 肉体は滅びても、魂となってハクライの里の皆とともに、キサラと寄り添って暮らすつもりだったのかも知れない。


 ――神人の粛正を受けるまでもなく、サヤの命はそこで途絶えていた……?


 今となっては、サヤがなにを思っていたのかはキサラには知る由もない。

 ただ、それでも共に暮らそうとしていたのは確かだった。


 ならば、今の自分は……?


 長い自問自答の末に、キサラは力なく首を横に振った。


「……わからない……」


 考えたところで、わかるはずもない。


『わかンねェのに、やってたのか……。まァ、お前らしいなァ』


 羅刹鬼はそう言って静かに笑った。キサラもつられて微笑んだ。


『運が良けりゃァ、魂だけコッチで暮らせばいいンだよ』


 楽観的な羅刹鬼の言葉が、キサラにとって僅かな救いだった。



 †



 魂を補完する対象として、エンネアの身体は完成された魔法陣の中心に横たえられている。

 魂が抜けたエンネアは、ただ静かに眠っているように見えた。


「エンネア、許して……」


 サヤの魂の補完に使うエンネアは、魂としては消滅してしまうかもしれない。

 それともサヤとエンネア、ふたりの魂を持つ者になれるのだろうか。

 反魂術を応用し、サヤのしようとしていたことを再現するこのやり方は、キサラにとっても初めてのことだ。何が起こるか全くわからない。


 それでもキサラの意思は変わらなかった。

 蘇らせたサヤが肉体を持つことで、神人の粛正を受けるのを避けなければならない。



 閃光が別棟を引き裂くように照らし、全ての照明が落ちた。



『キサラ!』


 哨戒に当たっていたイルフリードが拡声器で伝えてくる。

 神人の到来を告げられたキサラは、刀と、エンネアが使っていた槍の予備を携え、羅刹鬼で出撃した。


『なンか懐かしい感覚だなァ』


 羅刹鬼が握る槍の感覚が、キサラにも伝わってくる。

 エンネアの戦い方が自分の中に備わったかのような、既視感に似た感覚がキサラを包んだ。


「エンネア、力を貸してね」


『わしの中に入ってるンだ、ちったァ役に立つだろうぜェ!』


 キサラの祈りに羅刹鬼が笑って応じる。


『迎え撃つぞ』


 外の激しい豪雨の中、イルフリードが噴かせていた噴射式推進装置バーニアの出力を上げて研究所を見下ろす山頂を目指す。


『派手に暴れてやンよォ!』


 終末を思わせる墨色の雲の中心へ向け、羅刹鬼も山を駆けた。


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