第202話 移民募集広告と墾田永年私財法

 翌日は1日中走って、バーリの街手前の森で宿泊。

 次の日の朝、街へ。


 偵察魔法で上から確認、かなり大きな街だと感じる。

 勿論王都ラツィオと比べれば小さい。でも今まで通った中では最大級。大きくなったアコチェーノの倍以上だ。


 門を入ったところでリディナが口を開く。


「まずは市場で生鮮を見て、それから冒険者ギルド、そして商業ギルドで情報集めでいいかな。

 ここから南は元直轄領であまり開発されていないと思う。だから他に必要と思う事があったら言って」


「予定はそれでいいと思います。ですけれど、情報集めとはどんな感じでしょうか?」


「冒険者ギルドや商業ギルドの掲示板を見てみるの。この先の新しい領地で特殊な依頼や募集があるかどうか。開拓団募集をしているなんて情報もあるかもしれない」


 開拓団募集か。


「開拓団って、開拓村みたいな感じですか」


「そんな感じ。開拓団だけでなく商家や工房なんかも募集していると思うよ。何年かを家賃優遇するとか税金を半額にするとかして」


「開拓団ではなく農民個人とか家族での開拓募集はしていないのでしょうか?」


「個人や家族単位の開拓者募集はほとんど無いかな。そんな小さい単位で道を作って水利を用意して家を作ってとなると、畑の面積に対して領主の手間がかかりすぎるから。商家や工房なら街に家を建てるだけだけれどね」


 なるほど。確かに家族単位の広さで土地を区切って、道路を作って、家も……となるとやたら手間がかかりそうだ。

 開拓してもらう目的で募集するのに、領主側も開拓に近い事をかなりの部分やらなければならなくなる。


「領主も大変なんですね」

 

「そうしないと最初は人が住んでくれないからね。ある程度街が大きくなった後は人口も自然に増えるけれど」 


 確かに何もないところにいきなり住みたいと思う人はあまりいないだろう。


 そう考えて思い出す。私、最初はそういう何も無いところにいたんだなと。

 

 あれはあれで結構楽しかった。でももう戻れないかなと思う。あの時と比べて私は贅沢になってしまったから。


 ◇◇◇


 市場、冒険者ギルドと回って商業ギルドへ。

 なお冒険者ギルドには特に変わった依頼はなかった。魔物討伐等、他と同じような常時依頼ばかりだ。


 しかし商業ギルドは違った。

 掲示板を見た私は思わず思い出してしまった。三世一身法に墾田永年私財法。そんな声に出して読みたい日本史用語トップクラスの単語を。


 何故かというとそんな内容の募集公告が多数あったからだ。


『リジャイル子爵領タラント近郊開拓地域:タラントの領役所で先着受付。最大半平方離2km²。畑作限定。水利有。開拓後領役所認定により私有地転換。税金免除5年間』


『アラカス子爵領アルタムラ近郊開拓地域:アルタムラ領役所で先着受付。最大1平方離4km²。牧畜地可。開拓後領役所認定により私有地転換。税金免除5年間』


「これって開拓した場所がそのまま自分の物になる、って事ですか」


 セレスの質問にリディナは頷く。


「そういう事。勿論、猶予期間を過ぎたら税金は払わなければならないけれどね。他に一定期間内に開拓しないと権利がなくなるとか、細かい条件がある筈だけれど」


「これらは広さ的に考えて開拓団が対象ですよね。個人ではなく」


「そうだよね、この広さの開拓はある程度の資金力がないと出来ないから。開拓が可能な人数を集めて、拠点となる家や倉庫を建てて、道具を揃えて、魔物対策もして……。


 一般の農家でそこまでやるのは無理だよね。開拓団という集団でないと。だから商業ギルドに掲示してあるんだと思うよ。開拓団を結成して送り込めるのは資金力がある商家か、組織力のある宗教団体ぐらいだから。


 前に本で読んだけれど、50年くらい前もこんな募集があったみたいだよ。その時は南ではなく東海岸側の開拓だけれども」


 なるほどな。私は納得し、そして気づく。資金力があって開拓能力があるというと……


「うちのパーティ向き?」


 リディナは頷いた。


「そういう事。フミノの魔法があって、今持っている道具その他があれば出来るよね。うちは商業ギルド正会員だから信用的にも問題無い。もちろんやってみたいかどうかという話はあるけれど。

 やるなら種なんかを買ってゴーレム車に積んで行った方がいいかな。現地にもあるだろうけれど、揃っている場所で用意した方が安心だしね」


 なるほど。しかし農業か。


 正直なところ農業をやる事は考えた事がなかった。前世というか日本でも縁遠かった。この国に来てからも基本的に冒険者として討伐がメインだった。


 開拓方法そのものは以前ヴィラル司祭のところでやったので知っている。だから何となくわかるけれども。


 ただリディナ、きっと何かを企んでいる。企んでいるという言い方が悪ければ何かを考えている。だからこそこの掲示板を見に来た。こういった掲示がある事を最初から予想して。


 ならのってみよう。主体性がないと言われるかもしれない。しかしリディナは信頼できるしきっと何かある。そう思うから。


「リディナのお勧めはどれ?」


「目的地はカラバーラ、だからやるならその近郊でだよね。原則的に現地で早い者順受付のようだから、行ってから決めた方がいいだろうと思うよ」


「スリワラ伯領カラバーラ付近なら、お勧めはこれだと思います」


 セレスがそう言って1枚の紙を指す。


『スリワラ伯爵領カラバーラ近郊開拓地域(東北地区):カラバーラの領役所で先着受付。最大半平方離2km²。畑作限定。水利有。開拓後領役所認定により私有地転換。税金免除5年間』


 リディナは頷く。


「水利があるし無難だよね。でも具体的な場所は現地に行ってから決めた方がいいかな。地形なんかはフミノが以前、王都ラツィオに行く前に寄った開拓村でやったような方法で対処できるかもしれないし。

 それにセレスは水属性魔法が得意だよね。ため池を作って水魔法で満たしておけば、水利は何とかなるんじゃないかな」


 なるほどという顔でセレスは頷く。


「そういう事も出来るんですね」


「勿論魔法を前提にしない方が本当はいいんだろうけれどね」


 リディナはそう言って、そして続ける。


「それじゃ商業ギルドの窓口でやることをやっておこうか。ゴーレム製作者としての移動先報告と、フェルマ伯爵領でのお仕事の報酬受領。


 あとは商業ギルドの正会員証を使って業務販売して貰おうかなと思うの。向こうの開拓で必要な種とか、生活で必要になる小麦粉その他とか。


 店や市場は此処で紹介して貰うとして、向こうで農業をするとすれば、とりあえずどんな種を用意しておいた方がいいのかな」


 セレスがすぐに返答する。


「豆と芋は絶対です。今からですと2期目に間に合いますから。あとこっちは温暖なので小麦もそれなりの品種で。蒔くのは冬になりますけれど。

 ただ必要な種全部をこっちで買って運んでいくのは難しいと思います。かなりの量が必要になりますから」


 かなりの量、そう言われても私にはピンとこない。


「どのくらいの量が必要かわかる?」


 私だけでなくリディナもわからなかったようだ。

 セレスにそんな質問をする。


 セレスが自在袋から筆記用具を取り出し、計算を始めた。


縦100腕、横100腕4haの畑に対して種麦は80重480kg、種豆は15重90kgですね。種芋だとこの広さではえーと……1,350重8,100kgになってしまいます。


 たとえば1平方離4km²を3つに分割すると、それぞれこの33倍ずつになります。勿論全部を畑にする訳では無いので、必要な量はもっと少なくなると思いますけれど。


 しかも生きているので自在袋に入れられません。それに水分を含むと発芽してしまいます。だから外にくくりつけたりするのはお勧めできません。雨が降らなくても朝露で濡れたりしますから。

 ですのでゴーレム車の中に何とかして積む事になります」


 芋だと1,350重8,100kgの33倍か。計算する気にはならないけれど、そんなに量が必要になるとは思わなかった。ゴーレム車内を種で目一杯にしても足りなそうだ。


 それにしてもセレス、よく知っているなと思う。


「流石セレス、よくわかるね」


縦100腕、横100腕4㏊というのは、私の実家の畑がそのくらいの広さなんです。もちろんそんなにきちんとした形ではないですけれど。

 概ね1家族で作業出来る大きさがこのくらいですね」


 なるほど、縦100腕、横100腕4㏊が基準になる訳か。

 セレスの台詞はなおも続く。


「ただ無理なく運べる程度の種をこの街で買っていく事は賛成です。同じ業者から仕入れた同じ種の場合、同じ病気で全部が駄目になるなんて事もありますから」


 言われてみればそういう可能性がある事はわかる。しかし言われなければ気付かなかった。少なくとも私は。

 セレスがいて良かった、そう思う。


「ならゴーレム車の後ろ、私が食糧庫にしている部分を空けるから、そこに入る程度で買って行こうか。

 あとは食料としての穀類なんかも。これはフミノに収納して貰えばいくらでも入るから、ある程度多めに。向こうの物価がわからないから念の為。ゴーレム製造者登録証を使って割引がきくくらい多めに買った方がいいかな」


「そうですね。私もそれがいいと思います」


 この辺の判断はリディナとセレスに任せよう。私が口を突っ込もうにもわからない話だから。

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