第22章 冒険者ではないお仕事

第180話 魅力的な契約

「まあ私関係はともかく。

 坑口から遠すぎて採算があわない。やるとすれば大規模に山を削って坑口の方を近づけるしかないけれど、それで災害とか起きるとまずいし。


 だから銅の鉱脈は惜しいけれど、とりあえずは保留。アノルドお兄様も同じ考え。父は王都にいるからまだ報告できていないけれど」


 イオラさんは常識的な事を言っている。

 しかし私は思いついてしまった。鉱山、長い坑道。それらにつきものの乗り物。そう、トロッコだ。


 21世紀日本にもトロッコが現役でバリバリ動いている場所がある。奥多摩の駅の側から伸びている奥多摩工業曳鉄線だ。


 ここのトロッコは機関車や運転士は不要で、循環しているケーブルが動力源。


 常にある程度の貨車を動かせる方式なら運送量もそれなりに大きく出来るだろう。動力はゴーレムを使ってもいいし何なら水力でもいい。坑口の近くにそこそこ落差の大きな川があるから。


 理論上は可能だ。技術的にもおそらく問題は無い。素材もこの世界にある鋼の品質で問題無いだろう。潤滑関係だけ少し気をつければいい程度。


 ただ費用はそれなりにかかる。トロッコの線路は廃線トロッコでお馴染みの6kgレール、いや鉱山用ならもう少し頑丈な10kgから15kgのレールを使うとして……


「フミノ、ひょっとして何か思いついてる?」


 おっと、リディナに気づかれてしまった。


「使えるかどうかはわからない。仕組みが大がかりだから。あと傾斜があまり急だと使えない」


「坑口から横方向だから傾斜はそれほどでも無いわ。少しでも使えそうなら教えてくれると助かる。今は使えなくても将来的に何かの役に立つかもしれないし」


 なら一応説明しておこうか。仕組みはかつてWebで見たのを大体覚えている。

 紙とペンを出して、まずは簡単に図を描いて……


 ◇◇◇

 

 ケーブル牽引式トロッコの原理だけでは無い。

 レールの形や基本的なサイズ、レールのつなぎ目部分、自動で分岐させるいわゆるスプリングポイントの構造、土砂等運搬用の土木工事用側倒車、通称ナベトロの構造、ケーブルガイドのローラー。


 我ながらよく覚えていたなと思う。勿論半分以上の知識は奥多摩の曳鉄線のものではない。別の一般的なトロッコやケーブルカーの知識。だけれどもそう違いはない筈だ。


 それに自分用の鉄道を引くなんて考えるだけでもロマンだと思う。例えば15インチ庭園鉄道とか。

 そんな夢というか妄想のおかげで、ついこの辺の知識にも詳しくなってしまった。それがここで発揮されてしまった訳である。


「何か大がかりな話です」


「確かに相当にお金がかかりそうだよね。作れる事はわかったけれど」


 まあそうだよなと思う。12kgレールだと1腕2m4重24kgも鉄を使う。左右両方で倍、複線だから更に倍。

 つまりレールだけで2離4km32,000重192t。それにワイヤーが最低4離8km分。あとは枕木とかも……

 

 一方、イオラさんは真剣な表情で私の描いた図にいろいろ書き足しながら考えている様子。


「確かにこれが出来れば効率的に運べそうな感じだわ。予算的にも資材的にも問題無いし。1年も稼働させれば元は十分以上にとれそうだし、材料の鉄も木も領内で調達出来るし。

 ただ他にないものだし、いきなり2離4km作って失敗すると大変。だからまずは短い距離で試してみて、問題点を出さないと……

 それに……」


 そこでイオラさんは顔を上げ、私に質問する。


「このケーブルを引く動力、ゴーレムでも出来る? ラモッティ家に特注すればいい? ゴーレム製造者登録証を持っているフミノさんにお願いした方がいい?」


 その辺の構造も思いついている。つい先程図書館で読んだ国立研究所の論文に使えそうなものがあったのだ。ゴーレムから回転運動を取り出す研究。あれを応用すれば出来る。


「国立研究所の論文に使えそうなものがあった。仕様書を作った上でその件を書き添えればゴーレム製造者なら作れると思う」


 個人的には自分で作ってみたい。プラレールやNゲージなんて目ではない本当の実用鉄道なのだ。これを作れる機会を逃すなどテツオタの名折れ! いや私は鉄オタではない筈だけれども。


 リディナが私の方を見る。


「フミノ、実は自分で作りたいと思っていない?」


 ぎくっ。だからリディナは怖いのだ。何も言わなくても私が考えている事がわかってしまう。

 でもいいか。ここは素直に言ってしまおう。


「実は思っている。動力部だけではなくこの線路の部分も。仕組み全体が出来上がって動くまで作ってみたい」


 ここでデメリットも言っておこう。


「ただ、これを作ると相当期間、此処にとどまる事になる」


「それはいいんじゃないかな。元々何処へ行くという目的も無いから。ただ何となく南に向かっているだけだしね」


「そうです。ここで少しの間のんびりするのもいいと思います。それにこんな大がかりなもの、出来たらどうなるか見てみたいです」


 おっと、リディナとセレスのOKが出てしまったぞ。


「なら、こういうのは?」


 イオラさんはそういって1枚の紙を出す。先程のと同じように坑内図のようだ。ただしずっと距離が短い。


「この図面はローラッテ鉱山の第7区。ここは坑口から200腕400mのところから鉱脈がはじまっているわ。ただあの銅の鉱脈ほどではないけれど坑口から遠いから今は一時採掘を中断中。


 ここでさっきの運送方法をとりあえず試す。良かったら継続して使って、更に銅鉱山の方にも作るという事で。

 期間は第7区の方だけとして3ヶ月程度。フミノさんは日給小金貨1枚10万円として、期間分の給与正金貨18枚900万円と完成ボーナス正金貨2枚100万円


 勿論物資は全部フェルマ伯爵家が提供。フミノさんが線路と呼んでいるものも、それを支える木の柱もワイヤーもその他のものも、見本さえ作っていただければあとはこっちで作らせるわ。


 鉄も木も専門家が大勢いる。だから見本さえあれば作るのは任せて。勿論此処に無い物は取り寄せるから。魔法金属とか。


 リディナさんやセレスさんの力が必要な時は別に日給1人につき正銀貨5枚5万円を出す。あとフミノさん達は魔法使いだから必要ないかもしれないけれど、土属性魔法なら専任でフェデリカさんという魔法使いを雇っているし、言ってくれれば参加させるわ。


 フェデリカさんはミメイさんの後釜で、フミノさん達と同じくらいの年齢の女の子。だから心配しなくて大丈夫。なおフェデリカさんも特別任務の際はちゃんと別に手当を出すからその辺の心配はなしで」


 ちょっと待ってくれ。いきなりそんな、心が動くような条件をつけられると……

 ただどうしても気になるので聞いてみる。


「高過ぎない? 給料」


「ゴーレム製作者を他から呼ぶと最低でもその程度は普通にかかるわ。ここの鉱山用のゴーレムを改良する際、ラモッティ伯爵家工房から製作者を呼んだ時もそのくらいだったし。


 ただこれはあくまで双方に同意がないと出来ない契約。だから今日この後、リディナさんやセレスさんともゆっくり相談して決めて。他に出来る人はいないから、ゆっくり考えて大丈夫」


 うわ、いきなり魅力的な契約を出されてしまった。

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