第154話 悪い方の話
「クロッカリとは、フミノさんが倒してパスカラで引き渡した盗賊団の頭の手配名です」
カレンさんの台詞にセレスがぶるっと身を震わせる。
「本来なら死罪の筈だったのですが某貴族家の力で無期懲役となり、リボーラの鉱山に送られました。ですが送られて1週間後に逃亡、現在も捕まっておりません。
どのようにして逃亡したかは不明です。収容施設は全焼し、生存者がいませんでした。犠牲者は看守及び囚人あわせて60名余りにのぼります」
あの時倒しておく方が正解だったのだろうか。そんな事を思ってしまう。倒しておけば少なくともその犠牲は防げた筈だから。
「でもその脱走自体はこのパーティには関係ないですよね。引き渡し後の事ですから」
確かにリディナの言う通りだ。
カレンさんも頷く。
「ええ。ここまでなら単なる国の囚人管理事故です。問題はこの後となります。
脱走の4日後の朝、リボーラから南東
調べた結果、幾つかの金目のアイテムが消え、更に据え置き型の情報水晶を誰かが無断使用したらしい痕跡がある事が発覚しました。
情報水晶についてはご存じでしょうか」
知らない。だから私は首を横に振って、ついでにリディナの方を横目で見る。
「確か商業ギルドでも似たような物を使っていると聞いています。
リディナは知っていたようだ。
つまりはネットワークに接続された汎用データベースみたいなものか。そう私は日本人的に理解する。
「ええ、その通りです」
カレンさんは頷いた。
「商業ギルドも冒険者ギルドも情報水晶によって冒険者や商人を管理しています。そして操作記録は最新3ヶ月分が残っています。
調べたところ、引き出された情報は『パスカラにおいて盗賊団を行動不能にし、褒賞金を受け取ったパーティの名称と登録番号、現在地』でした。
直ちに冒険者ギルドの直轄隊を派遣して調査しました。結果、鍵の破壊場所から魔法紋を採取し、容疑者を特定しました。
かつてある大貴族の推薦により冒険者ギルドの地方支部でギルドマスター補佐に就任。しかし素行の悪さで1ヶ月で退職。
その後冒険者となったもののやはり素行の悪さで資格停止。最後には盗賊となり団員最大50人程の盗賊団の頭となった者でした。
もうおわかりですね。クロッカリです。元の名前はドナテッロ・クロッカリ・ダ・ラ・エルドヴァ。捕縛された事を根に持って、このパーティに復讐しようとしていると思われます」
うわっ、最悪だ。
「どの辺にいるかわかりますか?」
カレンさんは頷く。
「現在はラツィオの南西、ベレトリー付近にいるものと思われます。
ストラリでの事件の後、チポレとコレヘロの冒険者ギルドで同様の事案が発生しております。コレヘロでの事案は7日前です。
現在、魔力探知に長けた冒険者に冒険者ギルドから指名依頼を出し、ラツィオ周辺の冒険者ギルドを常時警戒しております。
そして昨日ベレトリーの担当から報告がありました。周辺にクロッカリと思われる魔力を感じたと。
これを討伐する為、冒険者パーティ3組がベレトリー及びその周辺に向かっています。いずれもB級上位レベルの実力を持つパーティです。おそらくはこれで討伐される事でしょう」
ベレトリーは
「ラツィオには入ってこないのでしょうか」
「王都は街壁も門も監視が厳重です。隠蔽系の魔術すら見破れるような術式まで施されています。複数の術者による維持管理が必要なので他の街では使えない物ですけれども。
クロッカリも元は貴族ですからその事を知っています。これを警戒して入らないのではないかと思料されます」
なるほど。
「本当は私自身が討伐部隊員として適役なのでしょう。ですが残念ながらギルド本部からも国からも止められました。不本意ながらラツィオで留守番です」
「能力的には適役。でも仕方ない」
「確かに魔法耐性持ちで免状持ちの剣士というのは魔法使いの天敵ですね」
確かにその通りだなと思う。魔法使いの天敵という面でも、本来は王女なんだから最前線に行くなとされた事も。
「ですからこの件そのものはそう遠くないうちに解決するでしょう。ですがこの件が発生した事そのものについては話しておいた方がいい。そう判断致しました」
なるほど、そういう事か。
「教えていただいてありがとうございました」
「いえ、こちらのパーティの情報をとられたのはギルドの失態ですから。それにクロッカリは冒険者ギルドそのものも標的としているようですので。
ただこういう事案があると思ってしまうのです。どうやっても相容れない存在も、許しを与える事が許されない場合も、そしてどうしようもない事柄もこの世界にはあるものなのだと。
そう思うのは悲しい事なのでしょうけれどね」
今の台詞は私に言ったのだろうかとふと思う。かつてクロッカリを殺さずに済ませた私に対して。
しかし違うようだとも感じる。何かこの件とはまた別の事があって、その件と重ねているようだとも。
どちらにせよ今のカレンさんの台詞の重さは私の心に残った。
いい悪いとは別に、そういうものだとして。
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