第152話 貴族館へ

 リディナの説明はなおも続く。


「これは不公正な商業慣行を是正する為の国やギルドの方策という面もあるけれどね。


 たとえば不当に安値で買い叩いている現場があったとする。普通の人なら地元での商慣習という事で介入出来ないかもしれない。

 でも正会員は国と商業ギルドが認めた契約優先権を使って取引に介入出来るの。つまりその場でより妥当な値段を提示して売買する事が出来る訳。


 元が不当な値段だからより妥当な値段で取引しても損をする事は無い。他のもっと公正な市場に出したら間違いなく儲かる筈だから。

 となるとこういった不正な取引の発見は、正会員にとっては儲けのチャンスだよね。だから正会員としては積極的に探して介入しようとする。


 そうなると不公正な取引をしていた連中は売買できなくなるでしょ。だから結果として市場から追い出される。

 結果、不公正な取引は激減する訳。


 正会員は商業ギルドで継続の審査があるから、あまり阿漕な事は出来ないしね。正会員でなくなったら大打撃を受けるから。


 あと、不正だけじゃなくて特産物の発掘推進なんて面もあるかな。狭い地域内では知られているけれど他では知られていない。でも間違いなく需要はあるだろう。そんな物を発見して産業化するのにも役立つ訳。これも発見すれば儲かるから。

 

 ただそうなると中小の商家がどうしても不利になったりもするんだよね。だから一概にいい事ばかりという訳でもないけれど。

 とりあえず商業ギルドの正会員にはそれだけの力がある訳」


 理解した。充分に理解した。少なくとも私は。

 しかしセレスはなおも質問する。


「でもその正会員の権限、今回の特例のような場合も使えるのでしょうか」


 言われてみれば確かにそうだ。


「その辺は図書館で調べてみようかな。そういった資料も判断例集も当然ある筈だから。

 まだカレンさんとの待ち合わせまで時間はあるしね」


 確かに時間はあるな。それに図書館にも行ってみたい。だから私は頷く。


「それじゃ行こうか。まずは此処を出て右、真っすぐだよ」


「わかった」


 私はバーボン君を起動する。


 ◇◇◇


 図書館の後、冒険者ギルドへ向かう。

 一応5半の鐘で本選びを終了させた。しかしこの時間は道が混んでいる。馬車も歩行者もかなり多い。


 6の鐘が鳴った時には冒険者ギルドまであと20腕40mの地点。到着してすぐ3人で外に出て、バーボン君とゴーレム車を収納。

 直後くらいにカレンさんが出て来た。ミメイさんも一緒だ。


「遅い時間になってすみません。お待たせしたでしょうか」

「いえ、こちらも今ついたところですから」


 定型的挨拶ではなく事実だ。


「ここから少し歩きますが宜しいでしょうか」


「歩きで通っていらっしゃるのですか?」


 聞いたのはリディナ。しかし私も疑問に思う。仮にも元王女がと考えるとあまりに不用心だ。格式とかは別としても。


「ええ。私自身はあくまでギルド職員に過ぎませんから。それに私の場合はミメイと2人で普通に歩いている状態が一番安心できます。こう見えても腕には少し自信がありますので」


 そう言えばカレンさん、魔法無効なんてスキルととんでもない剣術を持っているのだった。

 そして隣には強力な魔法使いであるミメイさんがいる。確かにこれならば普通に馬車に乗っているより安全だろう。


 それでも一応私も気をつけておこう。偵察魔法で全周囲の動きを確認しながら歩く。


「いつまで王都ラツィオにいらっしゃる予定ですか」


「明日の夕方に注文していた物が出来上がるので、それを受け取ってから街を出ようと思います」


「なら明後日の朝までうちにいらしてください。今のところ住んでいるのは私とミメイだけで部屋が余っていますから」


 この辺はギルドで聞いた通りだ。


「ありがとうございます。でしたら恐縮ですがお言葉に甘えさせて頂こうと思います。ところで家はカルリナ地区の方ですか」


「ええ。今住んでいるのはカルリナです」


 地区名で言われてもリディナしかわからない。それがわかったのだろう。リディナが小声で私とセレスに説明してくれる。


「旧街壁の中にある地区のひとつよ。中に住んでいるのは貴族と王族だけ」


「以前フェルマ伯爵邸だった場所をそのまま使っています。フェルマ伯は新たに別の館を下賜されたので、旧宅をそのままお借りしている状態です」


 どういう事だろう。王族に復帰したのだろうか。しかしそれなら帰る場所は王宮だろう。身分がギルド職員というのもおかしい。


「エールダリア教会の権威失墜の影響が私の周囲や身分関係にも及んできてしまった訳です。その辺の話についても夕食時に致しましょう」


 何か私達の知らない情報があるようだ。


「そっちはいい話。しかし良くない話もある」


 これはミメイさんだ。


「いずれにせよその辺は家についてからで」


 どんな話なのだろう。想像がつかない。


 5分程度歩いた後。大きな街壁や街門にも似た場所に出た。衛士が4名立っているが、カレンさんを見ると一礼してそのまま通してくれる。


「今のが旧街壁よ。昔はこの街ラツィオが全てこの中にあったらしいけれどね。今はこの内側は王宮管理で、中にあるのも王宮と子爵以上の貴族の王都邸宅だけかな。国の機関はこの外に新しく作ったから。あとはエールダリア教会も中にあった筈だけれど」


「現在、そのエールダリア教会の所有地を含め、配置変更と再配分を実施しています。功績と実績による領地配分見直しの影響もあるので日々変動中です」


 魔法の件、そこまで影響を与えているようだ。その当事者が今ここに再び集まっているというのが、私を何か妙な気持ちにさせる。


 この辺の建物はそれぞれ大きい。塀もそれなりに立派で、長さも1軒分が街部分の1ブロック近くあったりする。


 カレンさんはそんな中を2ブロック分歩いて左側に曲がり、更に3ブロック分歩いたところで足を止めた。


 女性衛士2名がカレンさんをみて敬礼する。


「ごくろうさまです。今日から友人を3名、この館に招きます。よろしくお願いします」


「はっ、わかりました」


 女性なので私もとりあえず大丈夫だ。昔はこれでもきっと動けなくなったのだろうけれど。


「本当はもっと小さい家、あるいは建物の間借りくらいが気楽でいいのですけれどね。場所及び立場的に衛士が必要なのです。現時点では知っている冒険者に頼んでお願いしています」


「おかげで入るときは毎回緊張する」


 この言い訳に以前と同じカレンさんとミメイさんを感じた。立場は変わっても人間そのものは急には変わらない模様だ。

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