鉄拳青彩

 そこにタイミングよく部室のドアが開き、七尾鑑識委員が意気揚々と入ってきた。


「青山先輩。連れてきました! いやー、まだキャンパス内に残っててラッキーでしたよ!」

「おー七尾鑑識委員。どうもありがとう」と青山さんは七尾鑑識委員に軽く手を挙げる。

「テメェ! 今の今までどこに行ってやがった!」

「ひゃい!」


 犬刃鑑識委員に怒鳴られて七尾鑑識委員は身をすくませる。

 そんな彼に続いて部室の入り口からヌッとひとりの男子生徒が現れた。

 キレのあるシャドーボクシングをしながら現れる筋肉質で巨躯の男。サウスポースタイル。とげとげした黒髪。

 間違いない。彼こそが鉄剣青彩。この事件の真犯人だ。


「はじめまして鉄剣先輩。お呼びして申し訳ありません」

「お前が青山薫か」


 犬刃鑑識委員に負けず劣らずの眼力でにらむ鉄剣先輩をリングの上から見下ろして青山さんは口元を小さく歪める。


「事件の話は?」

「この七尾とかいう坊主から聞いたわ」

「坊主……」と傍で聞いていた七尾鑑識委員が複雑そうな表情を作る。

「それは話が早くて助かります。さあどうです鉄剣先輩。あなたが矢石の秘匿鍵を使ってボクシング部の電脳空間に侵入。スパーリングプログラムを実行したということは明らかになっています。あとはあなたの口から全部自白してくれると大いに助かるのですが」

「鉄剣先輩」


 不安げな声が聞こえてくる。

 見ると、リングの上で矢石先輩がふるふると首を横に振っている。何も言うなということか。まだ鉄剣先輩をかばおうと言うのだろうか。

 鉄剣先輩はそんな彼を一瞥すると、再び青山さんの方を見やる。


「確認させてくれ。矢石がスパーリングプログラムを暴走させた犯人として自供してるわけだな」

「はい。ですが彼がその時間、ボクシング部の電脳空間にいなかったことはつい先程明らかになりました」

「そうか……」


 そうつぶやいてしばらく考えごとをしていた鉄剣先輩だったが、やがて深く息を吸って、それから深くため息をつく。


「……矢石、済まなかった。犯人はワシだ」

「鉄剣先輩!」

「もういい。お前にワシの罪を押し付けられん」


 矢石先輩の肩がうなだれる。


「これであなたたちが起こしたインシデントは解決しました」


 青山さんは満足げに笑って、それから両手を打ち鳴らす。

 彼女の言うとおり事件は解決した。だがまだ疑問に残る点がいくつかあるのも確かだ。


「どうしてスパーリングプログラムを倒したんですか? 倒さなければ敗北回数がカウントされずに、あなたの犯行だと暴かれなかったかもしれないのに」

「言っても理解できんぞ」

「気になります。一応教えてください」


 食い下がる私に鉄剣先輩は「仕方ない」と前置いて話してくれる。


「あのスパーリングプログラム、起動して設定を変えた途端暴れて襲ってくるんだよ。向かってくる相手に背中見せて逃げ出すなんて真似、たとえプログラム相手でもワシにはできん相談じゃ」


 だから倒した?


「ええと……それが理由ですか……?」

「ほら見ろ、理解できんかった」

「す、すいません……」


 慌てて謝る私に鉄剣先輩は鼻を鳴らして笑う。


「別に構わん。それよりワシの動機……ちゅうんか? それは分かるんか?」


 聞かれた青山さんはリングロープに寄りかかったまま「そうだねー」と天を仰ぐ。


「矢石もさることながらあなたの動機が1番難しかった。最初は復讐かとも考えましたが、それにしては矢石になりすましてみんなと普通に練習して、スパーリングプログラムを動かして……なんというかこう、やることが地味過ぎます」


 そう。それは私もずっと引っかかっていた。部活を辞めさせられたことに対する復讐ならもっと他にやりようはいくらでもあったはずだ。


「ここからはあくまで私の勘。だからもし間違っていたら否定してくれて構わないんですけど、あなたが侵入したのは部員たちを指導するためだったんじゃないですか?」

「馬鹿な。それなら普通に来て練習に混じればいいだろ」と犬刃鑑識委員。

「だけど彼にはそれができなかった。彼は退部になっていたのだから。現実で練習に参加できないのは言わずもがな、この電脳空間の秘匿鍵さえも失効してしまって使えなかった」

「だから有効な部員の秘匿鍵を借りる必要があった……。それが矢石先輩だったということですね」


 私の言葉に青山さんはうなずく。


「そういうこと。どうです?」


 水を向けられた鉄剣先輩は小さく鼻で笑った。


「そのとおりよ。今の2年生にも1年生にも残せてないことは山のようにあったからの。ただいくら中身がワシでも、外見が矢石である以上、以前のような全力の指導は出来ん。そこであのスパーリングプログラムの出番だったというわけじゃ。能力はワシほどではないにしても、部員たちのいい練習相手にはなる」


 そう言って彼は部室を見まわす。その目は懐かしさに細められていた。


「厳しく指導したのだってワシなりにこの部のことを想ってのことだった。だが今の時代はそういうものが難しい。厳しさは悪なんじゃ。……ワシみたいな性分の人間は、100年くらい前に生まれるべきだったのかもしれんな」


 最後、鉄剣先輩は吐き捨てるように言い放った。

 きっと『部のことを想って』という言葉は本心だったのだろう。だけど彼の言い分はこの時代に受け入れられることはない。化石のような根性論などもはや害悪でしかない。それが今の時代の常識だ。


「それでも矢石はあなたについてきた。彼はあなたの指導で成長したことを感じていた。だから恩義に感じてあなたに自分の秘匿鍵を貸した。あなたの罪をかばった」


 青山さんの言葉に鉄剣先輩は顔をあげる。彼女は続ける。


「確かにあなたのやり方は今の時代、大多数には受け入れられないかもしれない。でも付いてきてくれる人間だっていたんだ。なら別にそれだけで十分だったんじゃないんですか?」

「……そうか。そうだったな……うん」


 独りごちるように言ってから、鉄剣先輩は矢石先輩の方へと顔を向ける。


「矢石。ありがとうな」

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