招待

 翌日の放課後、授業を終えて学校裏山の地下シェルター自宅に戻ってきた私は地下5階にある鉄の扉をノックする。

 ややあって、


「はい、どうぞー」


 部屋の主の了承を得て、私はドアを開ける。

 私の部屋と同じ作りのワンルーム。その奥のベッドの上に青山さんの姿があった。

 平日の今日はいつもどおり授業があったのだが、青山さんは欠席。

 一応青山さんの名誉のために言っておくと、電脳空間での活動は彼女の脳に大きな負担をかけることになる。

 電脳空間にいるだけで目にしたプログラムを勝手に解析をしてしまうのだ。やっていることはコンピュータとほぼ同じ。これが疲れないはずがない。

 それで今日はリフレッシュ休暇ということで休みを取っていたというわけだ。

 これはままあることで、学校側にも黙認されているらしい。


「おかえりー」

「ただいま戻りました」


 そう言ってさりげなく床を一瞥する。

 床の上には本や電子機器、お菓子の袋などが散乱していた。今日1日でこうなったとは考えにくいし、もっと前からこの状態なのだろう。そして多分、これらは私が片付けない限り永遠に片付くことはない。

 足元のゴミをどうにかかわしながら、私は青山さんのベッドの前までやって来る。


「学校はどうだった?」青山さんは手にした本を脇に置いて尋ねる。

「色々と大変でしたよ。……この部屋ほどじゃ、ありませんけど」


 軽く皮肉ってから、私は学校であったことを説明する。

 昨夜。青山さんによってその罪を暴かれた隠先生が駆けつけた警察官たちに拘束されたあの後、学校内には夜の内に緊急の対策チームが発足。警察へのログの提供や被害生徒への対応の検討が夜通しで行われたという。

 どうやら白嶺さん以外にもバックドアを仕掛けられていた生徒はいるらしく、余罪は山のようにあるらしい。

 ここまでは朝の緊急集会で聞いた話になるが、表沙汰になっていない話として、青山さんがにらんだとおり盗撮されていた映像はネット経由や郵送などで売られていたそうだ。

 何故表沙汰になっていない話を私が知っているかと言えば、『隠くんを捕まえた君には特別に教えておこう』と理事長が妙な親切心から教えてくれたからに他ならない。他言無用とも言われたが、あの人のことだしきっと青山さんの耳に入ることもそれとなく想定しているだろう。


「それから白嶺さんが青山さんにお礼を言っていました。直接お礼に行けなくてすいませんとも」

「別にそれはいいんだけどさ、彼女大丈夫?」

「はい。なんとか……」


 言いながら私は学校での白嶺さんの様子を思い出す。

 本人は気丈に振る舞っていたが、隠先生が今回の事件の犯人だと知った時はひどく落胆していた。

 隠先生逮捕のニュースには、白嶺さんだけでなく他の生徒たちもひどく落ち込んでいたようで、学校では嘆いたり怒ったりする声が半々だったと記憶している。

 他人の電脳空間への無断侵入は現代社会において立派な犯罪だ。加えて盗撮映像の販売は悪質極まりなく、その点は擁護のしようがない。だがあえてそれと話を分けるならば、隠先生は実にいい先生だったのだ。それは彼の授業を受けていた私もそう思う。

 私は青山さんのベッドに腰を下ろした。


「それにしても最初に白嶺さんから事件の捜査を依頼された時は、まさかこんなことになるなんて夢にも思いませんでしたね」

「そう? 私は事件の話を聞いた時からこうなるって予感してたけど」


 最初は依頼を受けるのを面倒臭がってたのによく言うよ。

 呆れてものも言えなかったが、ここでふと一番大事なことが解決してなかったことを思い出す。


「そういえば隠先生はどうして花を置いていったんでしょうか?」


 この事件の端緒たんしょとなったルドベキアの花。

 アレさえなければ、ひょっとしたら隠先生の罪が暴かれることはなく、彼は今日も何食わぬ顔をして教鞭をとっていたかもしれない。


「果たして隠にそれをするメリットはあるかな?」青山さんが誰に言うともなくつぶやく。

「え?」

「隠の目的は生徒の電脳空間の盗撮。それならば気付かれないように慎重を期すべきはず。なのに侵入の証拠である花を置いていくのはおかしいでしょ?」


 確かに。言われてみればそうだ。

 もしも花を置いていったのが隠先生だとしたら彼の行動はあべこべ。

 まるで侵入の事実を気づいてほしがっていたみたいじゃないか。

 現に今回だって、あの花があったからこそ事件が露見したのだ。


「じゃあ、あの花はやっぱり白嶺さんが間違えて?」

「それはないね。白嶺さんの電脳空間にアクセスしたタイミングで実行中のプロセス一覧を見せてもらったけれど、花のプログラムを実行したユーザはバックドアになっていた。もし白嶺さんがあの花のプログラムを実行したのなら、実行したユーザは白嶺さんになっているはずでしょ。つまり花はバックドア経由でアクセスした人間が実行したものに他ならない」

「……花は隠先生が置いていったものじゃなくて、でもバックドア経由で白嶺さんの電脳空間にアクセスしてきた人間が置いていったもの――」


 そこまでつぶやいて、私は息を呑む。

 あるひとつの可能性に行き着いたのだ。きっと青山さんが昨日、白嶺さんの電脳空間にアクセスした段階で既に行き着いていたある可能性。

 ――すなわち、あのバックドアを通って花を置いていった犯人は隠先生の他にいる。


「事件はまだ完全には解決していない……?」


 その瞬間、折よく私の耳に子気味のいい音が聞こえる。ナノポートの通知音だ。

 ターミナルを立ちあげてみると、ナノポートに一通のメールが届いていた。

 送り主は不明。見覚えのないアドレスだ。

 念のためウイルスチェックをして開封したメールには、ただ一行だけ、電脳空間のアドレスが書かれているのみだった。

 私は青山さんと顔を合わせる。どうやら彼女にも同じメールが届いていたらしい。

 同じ文面のメールが同じタイミングで送られてくるというのは、偶然で片付けるには不気味だ。


「『ここに来い』そう言ってるのかな?」

「……どうします?」


 ウイルスチェックはメール自体に対して実行しただけであって、メールにアドレスが貼られていた電脳空間自体に対して実行しているわけではない。

 無論こちらも十重二十重の防御機構は持ち合わせているが、それでもこの先に何があるかはわからないのだ。

 隠先生が使ったバックドアのように、セキュリティ機構をかいくぐる存在がいるかもしれない。

 だけど青山さんに迷いはないらしい。


「行きましょう。私の勘が正しければ、この先に白嶺さんの電脳空間に花を置いた犯人がいるはず」

「……わかりました」


 彼女が行くと言えばどこにでもついて行く。そして何が起きても彼女を守り抜く。それが私の仕事だ。

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