地下シェルター

 突然話題は変わるが、神明学園は自然が豊富だ。

 住所は一応東京都なのだが、周囲は小さな山に囲まれている上、学校の敷地裏にもひとつ山がある。

 裏山は様々な動植物の住処となっていて、たまにここからウサギが構内に迷い込むこともあるらしい。普通の学校ならここは犬が迷い込んでくるのが定番だが、東京の中でも比較的西寄りの小さな山間やまあいにあるこの学校では迷い込んでくる動物の種類も一味違うというわけだ。

 そんな自然豊かな学校の裏山で、白嶺さんは呆然と立ち尽くしていた。

 この切り開かれた場所で地面から生えるようにしてそびえ立っているのは横幅10数メートル、高さ5、6メートルはあろうかという鉄筋コンクリートへきの建築物だ。正面には私たちの背丈の2倍はあろうかという重厚な鉄扉が備え付けられている。

 自然の中に突如現れた異質を放っている謎の人工物に白嶺さんはあからさまに動揺した様子だった。


「な、何ですかこれ……?」

「私の家」

「青山先輩の家!?」


 瞳を愕然と見開く白嶺さんを置いて青山さんはひとり、人工物へと近づいていく。

 特殊な素材で作られた鉄扉と外壁はドリルで破ることもロケットランチャーで破壊することもできない。

 たとえミサイルが直撃しようとも、その爆風に晒されようともびくともしない。

 鉄壁の城塞、地下シェルター。正真正銘、ここが青山さんの家だ。

 青山さんが鉄扉に手をかざすと、体内のナノポートを認識した鉄扉が重い音を立てながらゆっくりと手前に開く。


「お邪魔しま~す……」


 おそるおそる建物の中を覗き込む白嶺さんだったが、それから不思議そうな顔をする。

 中には30畳ほどのだだっ広い部屋が広がっていて、天井に吊るされた重火器のような4台の監視カメラが四方を見張っていた。


「あれ? 何もない? ここに……住んでるの?」


 首をかしげる白嶺さんだったが、そこで部屋の奥にあるものに気づいたらしい。

 彼女の視線の先には、一基のエレベーターがあった。



 * * *



 シェルターの最下層である地下5階へと到着して、エレベーターの扉が開く。

 エレベーターを降りると目の前は突き当りになっており、左右にはそれぞれ鉄の塊のような扉がひとつずつ構えていた。

 青山さんは左右の扉を交互に指差して見せる。


「私の部屋にする? それとも千鶴の部屋にする?」

「どっちでもいいですけど、青山さんの部屋、ちゃんと掃除できてるんですか?」

「んー。そういや、今朝部屋を出た時は足の踏み場もなかったな」

「……私の部屋にしましょうか。青山さんの部屋にすると、部屋の掃除から始まりそうです」

「了解。でもあとで片付けてね」

「そこは『片付けを手伝ってね』とかじゃないんですか?」


 そんな私たちの会話を不思議そうな顔で聞いていた白嶺さんが口を開く。


「もしかして千鶴もここに住んでるの?」

「ええ、まあ」

「ふたりってどういう関係?」

「私がご主人様で、彼女が下僕」

「ちょっと」


 突っ込む私に青山さんは愉快そうに笑う。私たちに興味津々な目を向ける白嶺さんを振り払って私は左手の扉に向かう。


「そんなことより今は白嶺さんの事件です」


 ごまかしながら扉に手をかざせば、シェルターの入り口と同じように身体のナノポートを認識して扉のロックが解除される。

 開け放たれた先にあったのは、照明に照らされたキッチン付きのワンルーム。あるのは備え付けのベッドと冷蔵庫、それから安物のローテーブルのみ。地下なので当然窓はなく、陽の光が入ってくることはない。初めてここに来たときは陰気な牢獄のようにも思えたが、住めば都というやつで今ではそれなりに悪くないと思っている。


「なんか秘密基地みたいなところだね」


 テーブルの前に座って部屋を見まわす白嶺さんに青山さんがうそぶく。


「地下5階建てのシェルター。核弾頭ミサイルが降ってきたところで吹き飛びはしないよ」

「こんなところに住んでるなんて……ひょっとして青山先輩ってお金持ちなんですか?」

「だったら1か月のお小遣いが2532円ってことはないよね?」

「中学生の1ヶ月のお小遣いの平均額がそのくらいらしいですよ」


 ふたりの前に麦茶のコップを置きながら言う私を青山さんが鋭くにらみつける。


「よりによって平均額をまんまお小遣いにする必要ないでしょ。あと私、中1じゃなくて高2なんだけど」

「高校2年生のお小遣いの平均額も大体そのくらいみたいですよ」

「それは絶対ウソだ!」

「まあまあふたりとも」


 ここで白嶺さんからストップが入る。


「変なこと聞いた私が悪かったですから。それよりも電脳空間の捜査をお願いできると嬉しいんですけど」

「そうですよ。何のために白嶺さんにここまで来てもらったと思ってるんです?」


 これ幸いと、私も白嶺さんに便乗する。

 危なかった。あと少しでお小遣いの値上げを要求されるところだった。


「何かうやむやにされた気するな……」


 釈然としないという顔でブツブツとつぶやいていた青山さんだったが、気を取り直したのか「まあいいや」と白嶺さんの方へと向き直る。


「白嶺さん、電脳空間のアクセス権限くれる?」

「わかりました。少々お待ちを!」


 慣れていないのか、白嶺さんはたどたどしい手付きでターミナルを操作する。

 やがて私たちのターミナルに白嶺さんからメッセージが送られてきた。


「おふたりのアカウントを作りました。今送ったアドレスとアカウント情報を使ってもらえれば、私の電脳空間にアクセスできるはずです」


 準備は整った。

 私たちはターミナルから一斉に同じプログラムを立ちあげる。ナノポートによって、現実から仮想の世界である『電脳空間』へ五感すべてを没入させるジャックインプログラム。

 すなわち、0と1で構成される電子の世界への扉を開ける鍵を。

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