第30話 嫉妬の火曜日
今朝は珍しく目覚めが良かった。まだ夜明けと言うには早く夜更と言うには遅すぎる、そんな時間だった。時刻にして4時38分。目覚めが良かった私は、カーテンを開けて、夏ならきっとこの時間から東の空が明るんでくるのだろうと思いながら窓の外のまだ暗い景色を眺めていた。ここでどうでもいい話をしよう。どうでもいい話と前置きされると聞く気がなくなるのは至極当然の話だが本当にどうでもいい話なのだlから仕方ない。人と会話しているときに面と向かってこんなことは言わない。もっとも私は人と会話することなんてほとんどないが。私は明るい空間よりも暗い空間の方が好きだ。夜中、家の近くを散歩していると落ち着く。近所の軒が立ち並ぶのを横目に、等間隔で並んでいる外灯に一つずつ目を配りながら自分1人の世界に埋没しているような気分になりながら歩くあの空間や時間、その全てが心地いい。そこでは自分の足音と該当の電気が弾けて「ジジっ」と聞こえる音くらいしか聞こえない。時々立ち止まって星空を眺めてみたりする。と言っても星空というほど星が見えるわけではないのだが。私が住んでいるこの地域は都会とは言い難く田舎とも言い難い、なんとも中途半端な町だ。そのため、夜でも灯りくらいはある程度には安全だ。しかしやはり、星というものは暗いからこそ見えるものなのだと日々実感している。電気や灯りが暗い場所を照らすためにあるのはもはやいうまでもないが、星の光はなんというか、力弱く、しかし確かにそこで輝いている、ということを主張しているようで健気で、どこか儚げだ。相反するものがあってこそその魅力というものはわかるのだろう、星も人も。
さて、そんなどうでもいい話を頭の中で展開しているといつもの横断歩道にたどり着いた。相変わらずこいつは赤い顔をして私を見下ろしている。たまに青くなったと思うと私はすぐに通り過ぎてしまう。できればもっと青い顔を見ていたいものだ。そう言えば、こいつも一種の灯りだな。暗くなればこいつの顔ももっとよく見えるようになるのだろう。もう十分よく見えているが。うるさい、と言わんばかりに青くなった。なんだ、見つめすぎて照れたのか。照れて青くなるのは信号くらいだろう。また明日な。
「あ、きたきた」
「どうも」
「どうもって・・・相変わらずつまんない雰囲気醸し出してるねえあんた」
「そんなこと言われましても、そういう人間なので」
「もっと面白そうなオーラだしなよ」
「なんですか、面白そうなオーラって」
「なんかこう、ぱあって黄色い感じ?」
「あなただってよくわかってないじゃないですか」
「黄色といえばね、さっき小学生と話してたんだけど、最近の小学生ってすごいんだよ」
どうして黄色で小学生を思い出したんだろうか。あれか、頭に黄色い帽子でもかぶっていたのだろうか。だとしたら低学年なのだろうか、あんなダサい帽子、低学年の時しか被ろうとは思わない、少なくとも私は。
「へえ、何がすごいんです?」
「なんかね、クラスの半分くらいの生徒がもう携帯電話持ってるんだって。しかもスマートホン」
なるほど、確かに私が小学生の時は携帯電話すら持っている生徒はいなかったし、スマホというものもなかった。しかしたかが5年やそこらでここまで変わるとは、具術の発展というものは恐ろしい。
「しかもね、なんとそのこまだ3年生なんだよ、驚きだよね〜」
3年ということは8歳か9歳ということか。なるほど、8年か9年前か、それなら確かに少しくらい変わっていても不思議では・・・まてよ、ということはその小学生は3年生なのにあのダサい帽子をかぶっているのか。そっちの驚きだ。
「そうですね、確かに変わってるんですね。そういえば、あなたはそういう小学生だったんですか?」
「私が小学生の時なんて・・・いや、そんなことよりさあ、給食とか懐かしいよね〜曜日によって決まっててさあ・・・」
流石に今のは不自然だ。明らかに無理やり話を変えようとした。しかも途中で何かを思い出している。妙だな、彼女がこんな反応をするなんて。いつでもまっすぐで思ったことを口にしていた彼女が初めて気まずそうな口ぶりを見せた。しかし私に言及する勇気はないしそのまま話し続ける彼女を見ているとあっという間に忘れてしまった。
「昨日も思いましたけど、よくそんなに初対面の人と話せますね」
「だから、普通のことだって。同じ人間なんだよ」
昨日よりも馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか。決して誰とでも分け隔てなく話したいわけではないが流石にここまで自分と正反対だと少しは憧れる部分がある。もっとも彼女の魅力はそこだけではないし、私にはないものを彼女はたくさん持っているような気がする。
「それでも、少なくとも自分にはできないので」
「いいじゃない、できなくても」
「そうですかね、でもあなたは私にはできないことをサラッとこなしてしまう」
「そんなことないよ、それにそんなのあんただってそうじゃん、きっと私にできないことをあんたはサラッとやってのける」
「そんなことできませんよ」
「そうだったじゃない!」
「・・・え?」
「あ、いや、なんでもない」
彼女にそんな面を見せた覚えはないが、私には彼女にはない何があるのだろう。やはり自分にはないものにひどく憧れる、ひょっとしたら星もそうやって輝いているんだろうか。暗いものばかりの世界で光を求めて輝くことを覚えたのかもしれない。だとしたら私にも輝ける可能性はあるのではないか。星にできて私にできないなんてことはないはずだ。
そう思い、まだ少し明るい空を見上げるともうすでに星は確かにそこにあり、力強く輝いていた。
「ふわ〜ぁ」
私の力ないあくびと同時に電車の到着ベルが鳴った。
「それじゃ、また明日ね」
「はい、また明日」
その日私は、空を見上げながら帰った。
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