17.少女の葛藤
***
シュリルワ・ジルバ、たまのお休みに開催するお買い物デー。
普段ならただ楽しいだけなのだが、本日は事情が異なる。次のお休みはかのヴァン・スナキアと海外にお出かけするという異様な予定が入っている。その準備で大忙しである。
色々と必要なアイテムを買い込み、すでに大きな買い物袋を抱えているのにやって来た次のお店は、ラクハで唯一若者が着られそうな服を販売している衣料品店である。決してオシャレとは言い難い。街のおばあちゃんたちだって利用する。でも、ここしかない!
大した品揃えのない店内で、シュリルワは頭を抱えていた。……この場合、ちょうど良い服って何?
あんまり気合を入れた格好をしてもはしゃいでると思われてむず痒い。なんであんな奴の前にオシャレして馳せ参じなければならないのだ。第一奥様が来られるというのならよその女がキラッキラに着飾って現れたらなんだコイツと眉を顰めるだろう。
というか、結局奥様は来られるってことでいいんですね? 大事なことだから決まったらすぐ教えてと頼んでおけばよかった。連絡先を教えてくれなかったから聞けもしない。「交換しよう」なんて言い出せなかったこちらサイドにも責任はあるため責める気はないけれど……。
まあしかし、奥様が来られないのであれば報告するとは言っていた。その場合は中止という判断が妥当であり、すぐにでも伝えに来ているはず。であればやはり、奥様を引き立てるような地味めな服装を選んでおくのが好ましい。
────でも、せっかくならおめかししたい!
日帰りとはいえシュリルワにとって初めての海外旅行。前回トーチカ山に連れて行ってもらったが、あんなもん秘境すぎて人類が国だなんだと定義することもおこがましい。次こそが実質的な初体験だ。であればバッチリ着飾って迎えたい。それが年頃の女の子ってもんじゃないか。
(ど、どこまで許されるです……?)
シュリルワは懸命に妥協点を探っていた。奥様の不興を買わず、自分的にも納得できるラインを。
しかしそもそもファッションの知識がない。学生の頃もプラネスで働く今も基本的に制服だし、こんな田舎にはまともな情報も入ってこない。自分から見つけにいけばあったかもしれないが、そこまでする熱意も動機もなかった。
せめて誰か、モデルケースが近くにいれば────。
(あのお姉さんたち、すっごくオシャレだったです……)
思い浮かぶのは先日店にやってきたお姉さん二人組。多分ちょっとだけ歳上のあの二人は、ファッションの実力で言えば十五年分くらい上を行っていた。やっぱり都会は違う。情報も選択肢も溢れかえるように転がっているに違いない。
お二人とも素材も半端じゃなかった。あんな美人実在するんだと心底驚いた。特にあの酔っ払って大暴れした方。スラっと背が高く、大人っぽい髪型とメイクと服装。ちんちくりんの自分としては、ああいうタイプは一番憧れる。ちょっと性格は破綻していた気がするけど、多分お酒のせいだろう。普段は余裕たっぷりの優しいお姉さんに違いない。
もちろんもう一人のお姉様も麗しかった。気が弱いのか少し声が小さいのも推せるポイントだ。終始お淑やかな態度で酔っ払いを諌める姿は、面倒な客がいると椅子を投げつけたくなってしまうガサツな自分とはかけ離れていた。お二人ともご結婚されているとのことなので、きっと旦那様も素敵な殿方なのだろうと想像される。
「──さん! シュリルワさん!」
店の外からふいに声をかけられた。ギョッとして振り返ると、
「オルドリッジさん?」
最近常連客になったヒョロ長い男。初対面で色々あったが、今となっては良いお客様だ。あれ以来毎日来てくれているし、お酒もご飯もたくさん注文してくれる。
「今からプラネスに行くつもりだったんですけど、今日はお休みですか?」
「そ、そうなんです」
毎日顔を合わせていると違和感なく日常会話を交わせるくらいの仲にはなる。しかし、あんまりプライベートな姿はお見せしたくない。特に今は。こんな狭い街では仕方ないことなのだが。
「あの、実は三回くらいお声かけしたんですが……、随分熱心に選んでらっしゃいますね」
「えっ⁉︎」
咄嗟に尻尾が跳ね上がった。すでにガッツリ見られていた。
「ハハ、ひょっとしてデートですか?」
「な、な、何言ってるです! そんなんじゃないです! 違う違う! 絶対違うです!」
「そ、そんなに否定されるとは……! わ、分かりましたから!」
シュリルワの語気に気圧されたのか、彼はソロソロとその場を立ち去った。
────デート? まったく、何を言っているやら。奥様が同席されるデートなどあってたまるものか。仮に二人きりだったとしても、あんな奴と出かけるのがデートなはずがない。あんな……あんな……、
(……あれ?)
どうして彼を「あんな奴」呼ばわりしているんだっけ。確かに関わる前はずっと嫌っていたけど、実際に話してみたら彼は誠実で責任感のある男だった。あんなに貶してしまったことが悔しくて、悲しくて、うっかり目の前で泣いてしまったほどだ。彼が何もかもをたった一人で背負いながら生きていると思うと辛くて、心の奥がチクチクして────それって……。
「ち、違うです違うです!」
思わず声が出た。自分の思考が、恐ろしいスポットへ転がりそうだった。彼に抱いている感情には、絶対にあんな名前はついていない。だから来週の予定はデートなんかではないし、つまるところ服なんてどうだっていいわけで……。
────じゃあ、どうしてこんなに迷っているんだろう。
「もう……っ! 訳がわかんないです……っ!」
港町の片隅で、シュリルワの頭はオーバーヒートしていた。
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