15.デート?

「……夜遅くなのに悪かったな」


 彼女が落ち着くのを見計らって、ヴァンは今更ながら非礼を詫びた。勤務後に突然訪問したのにこうして対応してもらえたのは有り難かった。きっと今日も酔っ払いたちを華麗に捌いてお疲れだろうに。


「べ、別に構わんです」


 泣いてしまったことが恥ずかしいらしく、シュリルワは顔を背けながら答える。その後口の中でだけ「こっちも話したかったですし」と呟いたのがうっすら聞こえた気がした。


「せっかくだから他の場所にも連れて行こうか?」


 ヴァンはヴァンで心労をかけてしまったことのお詫びをしたかった。事情を話せば妻もちょっとくらいは許してくれる気がした。しかし、


「今日はもう疲れちゃったです。昨日せっかくお休みだったのに全然気が休まらなかったですし……。前からアラムの美術館に行く計画を立ててたっていうのに」


 シュリルワは深い深いため息を漏らす。貴重な休日まで潰させてしまったとは。であればその美術館にお連れしたいところだったが、営業時間がある場所となるとヴァンでも如何ともし難い。魔法で侵入できるとはいえ、姿を隠せるのは自分だけだ。


「つ、次の休みにタクシー代わりになろうか? 交通費を出すって方法でも────」

「昨日で見たかった展示が終わっちゃったです。……あ、べ、別にアンタを責めるつもりじゃなかったです! そもそもシュリがあんたにきのこ食べさせちゃったとこから始まってるわけですし」


 そうは言われてもである。取り返しのつかないことをしてしまったらしい。


 ────いや?


「……ひょっとしてその展示って、マンフィア王家展か?」

「え? そ、そうです。よく分かったですね」


 二千年前に世界を支配したマンフィア王朝。その繁栄と衰退の記録。昨日までアラムで開催されていた展示会だ。協賛している企業がヴァンの支援団体に加盟しているため、ヴァンも若干の関わりがある。マンフィア王家展は世界各国を順番に巡っており、次の国に展示物を運ぶ作業をヴァンが請け負った。本来厳重な梱包を施して慎重に慎重を期して運ばなければならないところを一瞬で済ませてやった。


 迅速な輸送の甲斐あってか、


「二週間後にはルーメル連邦で同じのやるぞ」


 大した期間を空けずに次の展示が始まる。


「え? でも……」

「俺のテレポートならどこだろうがすぐだし、ウィルクトリア語の解説もついているから変わらず楽しめるはずだ。不法入国だから念のため俺が常に付き添わないといけないが……」

「連れてってくれるです⁉︎」


 シュリルワの表情が一気に華やいだ。しかし、何かに気づいたようにハッと口を開け、急激に反転。眉を怒らせてヴァンを責め立てる。


「あ、アンタ妻帯者のくせに! シュリと、ふ、二人で出かけようとするなんて! 不潔です!」

「も、もちろん配慮するさ。ミゲルさんって言ったか? 良かったら一緒にどうだ?」


  シュリルワの親代わりである彼になら諸々の事情を話して構わない。これならヴァンの立場は二人の家族旅行に付き添うタクシー運転手に過ぎない。


「シュリとミゲルはどっちかがお店に立ってなきゃいけないです。ミゲルのとこには生まれたばっかの赤ちゃんもいるですし。……それで最近ずっとシュリもバタバタしてて最終日まで見に行けなかったです」

「そ、そうか」


 当てが外れてしまった。どうしたものか。「ヴァン・スナキアに海外に連れて行ってもらう」なんて特殊すぎるイベント、それに至った理由まで説明しなければ不審過ぎる。信頼できる人にしか同行を頼めない。


 理由を話せる相手という縛りだけで考えれば、支援団体の代表であるイリスがいる。しかしミオの親であり姉である彼女。近頃はすっかりジルーナとも親密になり「ママ」と呼ばれ始めている。そんなイリスに「他の女の子と海外に遊びに行きたいんです」と告げるのはどんな事情があろうと尻込みする。


 ────であればもう、これしかあるまい。


「う、ウチの妻は?」

「はぁ⁉︎」


 お目付役としてこれ以上ない。妻たちもヴァンがシュリルワに心配かけたことを気にしていたし、そのせいで大切な予定を潰してしまったのならフォローしてあげてと言ってくれるはず。今のシュリルワになら二人が妻として顔を見せても支障はないだろう。


「アンタ正気です⁉︎ 他の女との、で、デートに、嫁を連れてく気です⁉︎」

「で、デートじゃないだろ? 恋仲ではないんだし」

「なぁ⁉︎」


 彼女は唇をワナワナと震わせて、両拳をぎゅっと握る。


「……そんなの当たり前です!」


 今まで聞いた中で一番大きな叫びは、やまびことなって何度も何度もヴァンの耳に届いた。そんなに全身全霊で拒絶されるとは……。


「別に気持ちがどうあれ男女が二人で出かけたらそう思われるに決まってるです」

「だ、だから二人にならないように妻をって話なんだが……」

「……ムゥ?」


 シュリルワは口を尖らせ、眉を歪め、視線はあっちに向いたりこっちに向いたり。とにかく混乱させてしまったことだけは伝わった。話がややこしくなってしまった。肝要なのは一つだけなのに。


「行けたら嬉しいか?」

「そりゃぁ……」

「シンプルにそれだけ考えてくれたらいい。それを叶えるから」

「……っ! う、うん……」


 ひとまずこの場では日程と待ち合わせ場所を約束した。妻の許可が取れなければまた報告に来ると告げ、ヴァンは彼女を自宅前まで送り届けた。

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