4.出演決定



「い、いつも通りだよ。軍で兵を鍛えたり政治家と会ったり……」


 ヴァンは誤魔化しつつ、これ以上の追及を避けるために話題を変えることにした。ちょうどエルリアに尋ねたいことがあったのだ。


「そういえばエル。冷蔵庫の修理ってできるか? ティアの部屋の冷蔵庫が壊れたんだ」

「もちろんです。『花嫁修行・その356』にて冷蔵庫の修理は身に付けておりますので」

「お、おう……」


 彼女のスキルの多さは常軌を逸している。一体いかなる夫婦生活を想定してどんな修行をしたのだろうか。


「本当ですかエルさん⁉︎」


 背後から第五夫人・キティアの歓喜の声。ちょうどいいタイミングで現れた。外ハネのミディアムヘアーとトラッドなチェックスカートを揺らしてはしゃいでいる。


「部品の交換が必要になるとわたくしの手に負えなくなってしまいますが、大抵のトラブルなら何とかしますよ」

「やった〜♡ ありがとエルさん!」


 キティアはエルリアを背後から抱きしめて喜びを露わにした。エルリアも自分の能力が役に立つことが誇らしいようで、キティアの抱擁を得意げな顔で受け止めていた。


「ありがとな。新しいのを買って来ようかって話もしたんだが、ティアが今のやつにこだわるもんで」

「珍しいわねぇティアちゃん。ヴァンさんをパシッちゃえば買い替えなんてすぐなのに♡」


 ミオが疑問を呈した。パシリという言葉は悪いが、ヴァンも同じ考えだった。テレポートがあればどんな重い買い物でも一瞬で済む。そしてキティアは普段からヴァンをタクシー代わりに使役するなど、私的な用事のために魔法を使わせることに一切の抵抗がない。


 キティアの口元が不気味に緩む。まるでこの時を待っていたかのように。


「ヒドいんですヴァンさんって〜。あの冷蔵庫はあたしが結婚してすぐにヴァンさんと一緒に選んだ思い出の冷蔵庫なんですよ〜? それなのにあっさり買い替えようとか言うんですも〜ん」


 キティアは完全な嘘泣きを披露する。多分自在に本当の涙も出せるだろうが、すでに仕上げているメイクに支障をきたすため加減はしているらしい。ヴァンの弾劾さえできればいいのだ。


「うっ……!」


 ヴァンは狼狽した。昨日はそんなこと一言も言わなかった。このタイミングで発表するということは、味方を引き込もうという動きに他ならなかった。一夫多妻の恐ろしいところは失態を犯すと共有される点にある。


「あーあ、やっちまったです」

「こんなに可愛い発想を踏みにじったのねぇ♡」

「ヴァン様冷たいですわね。わたくしが何としても直しますからご安心くださいね?」


 シュリルワ、ミオ、エルリアはからかうように微笑を浮かべた。彼女たちはあくまで「よそはよそ、ウチはウチ」というスタンスを取っているので一緒になって責め立ててくることはない。それでも皮肉って遊ぶくらいのことはしてくる。ヴァンは何も言えず縮こまるしかなかった。


「あ、でも難しそうだったら気にしないでねエルさん。あたしもうある程度溜飲は下がったので。ぷぷ」


 したり顔のキティア。これがやりたかったらしい。


「キティアさん、わたくし全力でやりますよ! 直せた暁にはキティアさんが<検閲されました>に参加していただけるかもしれないですし!」

「そ、それはちょっとあたしには……!」

「あ、ヒューちゃん、そのねぇ、羊さんのタオル、すぅっごくかわいいねぇ」

「今気づいたのっ⁉︎ フラムいつもより遅くなってないっ⁉︎」

「ミオなかなかやるですね。このスープ美味しいです」

「え⁉︎♡ シュリちゃんが褒めてくれたぁ!♡」


 人数が増え、賑々しくなる食卓。反省と隠し事の二重苦を抱えるヴァンはもはや海藻のように静かに存在しているしかない。


 残すは第八夫人・ユウノだけとなった。だが彼女は寝坊の常習犯なので気に留める者はいなかった。きっと食後のティータイムのタイミングでボサボサ頭で登場するだろうと、この場にいる全員が思っていた。


 ────それ故に、彼女がハツラツとした表情で現れたことにみんな驚きを隠せなかった。


「おはようみんな!」


 寝起きとは思えないくらい弾んだ声。長いストレートヘアーにはしっかりと櫛を通してある。ゆるさとオシャレさを兼ねそろえたダボっとしたサロペット。家の中ではあまり見られないきちんとした姿だった。


「あ、アンタ悪いもんでも食ったです?」


 シュリルワが思わず問いかける。疑問を呈されたユウノ自身、他の面々が懐疑的な顔をしている理由に心当たりがあるようで、自ら説明を始めた。


「今日から『魔術戦隊・マジュンジャー』の再放送が始まんだよ。録画予約もしてあるけど、やっぱリアルタイムで見なきゃな! 九時にはテレビの前にいねえとさ!」


 それは戦隊ものの特撮だった。ぐうたらなユウノがしっかり早起きするくらいだから、その熱意は相当なものらしかった。


「でさ、録画予約の確認でテレビいじってたら見つけたぜ! ヴァン今日『テツカの部屋』に出るんだな!」

「「「え⁉︎」」」


 妻たちが一斉に声を漏らした。


 「テツカの部屋」。今年ついに齢百歳を迎えた大御所マダム芸能人テツカ様がゲストを呼んでざっくばらんにお話するトーク番組。放送開始から数十年経って尚人気を博している伝説的な番組だ。観覧客を入れた生放送がこのあと十時から始まる。


 バレてしまったと、ヴァンは頭を抱えた


「……ヴァン様? さっきわたくしがお伺いしたときには仰ってませんでしたわね?」


 エルリアが問い詰めるような目を向けた。


「だって言ったら面白がって観るだろみんな」


 妻たちは好奇心たっぷりの目で大きく頷いた。


「珍しいわねぇヴァンさん。普段は政治とか経済とかお堅い番組にしか呼ばれないじゃない?」


 ヴァンはスナキア家当主としてメディアに出演することがたまにある。真面目な番組であれば真面目に受け答えしているだけでいいし、妻たちにもそれほど興味を持たれない。だがバラエティ番組となると事情が変わってくる。


 キティアがニタニタと悪い笑みを浮かべる。


「しょうがないですよ〜ミオさん。ヴァンさんって世間から『生真面目さ故か話が面白くない』って評判ですし。あたしの見立てでは評判通りで〜す」

「フフ、今度こそ汚名返上できるといいわねぇ♡」

「べ、別に今回も真面目な話をするだけだよ。お堅い番組を観ない層にも俺の考えを伝えられたらと思ったんだ。それに何度もオファーがあったから断りきれなくてな……」


 結婚に関してヴァンには批判が絶えない。しかしこちらにも考えと事情がある。話せない部分もあるが伝えておきたいこともある。政治や経済の番組を好まない人たちに説明する機会としては最適だった。


 しかし、妻に見られるのはちょっと恥ずかしい。世間のイメージへの抵抗を期待されるからだ。


「シュリたちは旦那がテツカ様と喋ってるだけで笑うから安心するです」

「ヒュー録画しとこっ!」

「ヴァンさんって一発ギャグとか持ってないのぉ?♡」

「クッ……!」


 俄かに盛り上がる妻たち。ヴァンの意思に反し、思いっきり面白がっていた。


「ねえっ! せっかくだからみんなで観ようよっ!」


 アイディアガール・ヒューネットが提案すると、全員揃って拍手で称えた。照れたヒューネットが後頭部に手を添えると、羊さんタオルがずれて猫耳が露わになる。やはり羊耳より圧倒的に猫耳だ。いや、そんなこと考えている場合じゃない。


「あ、じゃあさ! 地下のホームシアターで観ようぜ! アタシまだあそこ使ったことねえんだ!」

「あそこってテレビ映るです?」

わたくしが機材を運んで配線しますよ。お任せください!」


 あれよあれよと話が進む。結託したときの妻たちの勢いにはヴァンは勝てない。ただただ黙して見守るのみだ。


「ヒューはフラムさんのお膝に乗せて貰ったら?」

「ティアっ! ヒューは子どもじゃないよっ! ……って言いたいとこだけど正直悪くないねっ」

「あのねぇ、ヒューちゃん、そのタオルってどうやって作るの?」

「フラムっ! 追いついてきてっ!」


 フラムだけが乗り遅れていた。昨日そのホームシアターで泣ける映画を観て以来放心状態が続いているのだ。こうなったフラムは余程の衝撃映像を観せて上書きしなければ元に戻らない。ヴァンは自分がその衝撃映像になる可能性を危惧した。


「み、みんな。落ち着いてくれ。多分そんなに面白いものでもないぞ? テツカ様が俺をチクチク責めるために呼ばれたのかもしれないし」


 やっと会話に割って入れたヴァンは何とか盛り下げるべく悪い予想を発表した。ヴァンは国中に嫌われている。好意的な演出をされることはまずないだろう。視聴率アップを考えたらヴァンを酷い目に遭わせるドッキリでも仕込むのが有効かもしれない。夫がいびられている姿なんて観たくない、と彼女たちなら思ってくれるだろう。


 シュリルワが大真面目な顔で口を開いた。


「ヴァン? アンタそれでもわざわざ出て国中に伝えるべきことを伝えるって決めたですよね?」

「あ、ああ」

「じゃあシュリたちもアンタが頑張ってるところを見届けたいです。妻として」


 シュリルワは恥ずかしげに俯いて、「……まあ、面白がってる部分もあるですけど」と口の中だけで呟いた。彼女は、そして他の妻たちは、数少ないヴァンの味方として、ヴァンを応援する意味で番組を観たいようだ。


「……そうか」


 そう言われればヴァンは納得するしかない。むしろ頼もしくすら思えるほどだ。彼女たちにみっともない姿を見せないように頑張らなければ。


「フフ♡ シュリちゃん珍しくみんなの前でお熱いじゃなぁい?」

「シュ、シュリは別に……! ジルがいないからキャプテン代行として言っただけです!」


 シュリルワの抗弁を聞いて、ミオが何かを思い出したかのように目を見開いた。


「ヴァンさん、ジル何かあったぁ?」

「何かって……どうかしたのか?」


 ヴァンは質問に質問で返すラフプレーでミオが何に疑問を持ったのか確認する。せめてジルーナの秘密くらいはバレないように努めたい。


「どう……なのかしらぁ。いつもと雰囲気が違うとしか言いようがなくてぇ……。具合が悪いとかじゃないのよねぇ?」

「ああ。今日は何となくダラダラしたい気分らしい。そんなこと言うの珍しいから俺も驚いたけど、大丈夫だよ」

「そう……? まあヴァンさんが言うなら……。あ、みんなで観るならジルも呼ぼうかしらぁ? 一人だけお部屋でっていうのもどう?」

「あとでシュリが食器取りに行くから一応誘ってみるです」


 ヴァンは即座にヴァン[ジル]と交信し、


(シュリが来るから上手く隠れろよ)


 と警告しておく。多分ジルーナは参加を断るだろう。それでもシュリルワから番組の件を伝え聞けば自室で視聴はするはずだ。美味しい目にあっているヴァン[ジル]にはせめて、妻に観られているのを間近で見るというプレッシャーで疲弊してもらおう。


 少々遅れてヴァン[ジル]からの応答。しかしまともな内容ではなかった・


(サ、サイコウ……!)


 どうやらジルーナに甘えられて脳がバグっているらしい。浮かれやがって。こっちはこれから労働だというのに。客観的に見ると自分はこんなに気持ちが悪いのかとヴァンは猛省した。これ以上奴が醜態を晒すようなら自分といえど始末してやると、ヴァンはひっそり決意する。

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