10.異端の打開策

 ヴァンは瞑目し、意を決す。


「……いいでしょう。受けて立ちます」


 大統領の計画を受け入れよう。


「そうかい。助かるよ」

「ただし一つだけ変更を。狙うのはウィルクトリアではなく、俺個人にしてください」

「……?」


 ターゲットの変更。それが肝要だ。理屈は通るはず。


「世界が真に憎んでいるのはウィルクトリアではなくスナキア家なのではありませんか? ウィルクトリアの横柄で傲慢な行動を裏付けているのはスナキア家なんですから」

「まあ……諸悪の根源ではあるね。共通の敵として不足はない」


 どうせウィルクトリアを狙おうと出張ってくるのはヴァンだ。彼らからすれば戦う相手は変わらない。しかしヴァンにとっては大きな意味を持つ。


「どういう狙いかな? ウィルクトリア国総理の失態を、君が、カバーした。国内情勢のためにそう演出したいのかい?」


 ヴァンはひとまず首肯しておく。だがこのターゲット変更の本当のメリットは彼には言えない。悟られないままに説得しなければ。


「俺は世界のどこへでも行けますから、環境や周辺国への影響が少ない公海上で行いましょう。こちらはバリアを張ってただ耐えます。ミサイルを当てやすいように規模はウィルクトリアの国土を覆うのと同等のサイズにしましょうか」

「しかし、国を背負っていないとなるとテレポートとやらでいくらでも逃げられるじゃないか。呆気なく終わってしまうとやる意味がない」

「それはしません。俺が耐えかねて逃げたという結果は、次こそウィルクトリアを落とせるかもしれないという期待につながります。世界はすぐにでもウィルクトリアへの総攻撃を計画してしまうでしょう。それは俺も望むところではありませんから」

「……ふむ」


 これは信頼してもらえるだろう。ヴァンは世界に弱みを見せるわけにはいかないのだ。


「それに、俺個人との争いということであれば、ウィルクトリアに報復をさせないという約束を確実に守れます。そちらにとっても安心感が高まるのでは?」

「なるほど……それは魅力だね」

「逆に、この隙に本国を攻撃するようであれば容赦しません。分身でそちらも守れるので無駄ですがね」


 大統領は顎に手を当てて考え込んだ。しかし彼はやがて表情を曇らせて、首を横に振った。


「……残念だが、その提案は受け入れられない。ウィルクトリア本土を狙わなければ意味がないんだ」

「何故ですか?」


 問いかけながらも、ヴァンは答えに予想がついていた。「ヴァン個人を攻撃する」と「ウィルクトリアを攻撃する」の間には、実際には大きな隔たりがある。


「自分から言い出したところを見る限り、 我々は君をいくら攻撃しても倒せないんだろう? だが、ウィルクトリアの国土を攻撃しておけば話が変わる。ミサイルが一発でも君のバリアをすり抜ければ勝利だ。君を倒せずともね」


 ヴァンは首を縦に振る。攻撃目標が変われば勝利条件も大きく変化する。彼らにとって勝算があるのは本土への攻撃の方だ。何も背負わず最悪の場合逃走も可能な状態のヴァンを相手取るのは無益だと判断するのも仕方がない。


「私が国民に向けて『ギリザナではなく真の敵と戦おう』と主張しても、勝算があると演出できなければ誰もついてこない。馬鹿げた夢を語っていないでギリザナと戦えと批判されるだけだ。結局戦争は防げない。よって、公海上の君を狙っても何の意味もない」


 仰る通りだ。ヴァン個人を狙っても肝心の目的を果たせない。

 ……だが、この展開は読み通り。対抗策はある。


 ヴァンからすれば避けたいのは国土を狙われること。しかし彼らに勝機を与えない限りヴァン個人を狙うという方式には乗ってくれない。それは裏を返せば、勝ち目さえ与えればヴァンの案を受け入れてくれることを意味している。


 ヴァンはあの妻からもらったヒントを用いて、さらなる提案をする。


「ハンデをつけましょう」

「ハンデ……?」

「俺を拘束してください。必要であれば道具もこちらで用意します」


 緊縛。────エル、ありがとう。君のエロへの探究心が世界を救いそうだ。


「両手を塞がれるとこちらからは攻撃できなくなります。バリアとの衝突前に攻撃魔法でミサイルを破壊してしまうことはできません。終末の雨の際は半分以上そうやって防いだんです。当時の映像を確認していただければ分かって頂けると思います」

「……」


 実は両手を縛られようがどうにでもなるのだが、ヴァンは宣言通りバリアで全て受け切ると決めていた。それなら嘘にはならないし、ハンデとして有効に機能する。他国民は魔法に明るくないためバレることもあるまい。なんと本日三度目の攻撃禁止の戦いである。


 そしてこの緊縛には手加減以上に大きな意味がある。むしろそっちがメインだ。


「あなたとギリザナの首脳には、『ヴァン・スナキアに、拘束された状態で総攻撃を受けることを同意させた』という実績が残ります。軍事的な勝敗はどうあれ、外交的には大勝利と言っていいのではありませんか?」

「……!」


 手足を縛られた状態で世界の半分を占める勢力から滅多打ちにされる。その哀れな姿を見せるだけでも両国民の溜飲を大いに下げることができるだろう。ウィルクトリアから大いなる反省と譲歩を引き出したと勝ち誇ることができる。


「……なるほど。君を落とせる可能性が高まるばかりか、戦いの前に既に国民に示す成果を得られるわけか」

「ええ。それに、有利な条件でヴァン・スナキアを叩けるその好機にギリザナと戦っている場合ではないと訴えることもできるでしょう。国民の目を逸らすことが目的というのなら、これ以上の方法はありません」


 勝機を与える。戦果をあげられなくても別の分野で勝ち星が一つつく。さらに、戦争が終結する。これで異論ないはずだ。


 大統領は満足げに頷いた。


「よし、飲もう。どうやら君の案の方が利が大きい」


 ヴァンの提案は合意に至る。


 ────これでセットアップは完了。大統領には言わないが、ここからがヴァンの計画の真髄だ。この計画は単に戦争を防ぐためのものではなかった。真の目的はあの老獪で厄介なウィルクトリア総理大臣を絶望に陥れることだ。


「早い方がいいですね。今日にでも実施できますか?」

「一時間もあれば各国充分すぎるほど用意を整えるはずだよ。ミサイルなんていつでも撃ててこそだ」


 ヴァンと大統領は細部を詰める。決行は一時間後。場所はウィルクトリアから数百キロ離れた公海上と定めた。ギリザナの首脳とも合意が取れた。両国は同時に軍を引き揚げ、手を取り合い、真の敵と立ち向かう共同作戦に打って出る。


 これにてようやくヴァンは分身を回収する。両軍を押さえ込む分身も、ミサイル包囲網の分身も、ウィルクトリア軍と戦った分身も、全てを集めた。かなり魔力を消耗しているとはいえ、これで現時点でのフルパワーだ。


「……よし、準備を始めるよ。あ、そうだ。ヴァン・スナキア君、これを君に託そう。コピーだがね」


 大統領は一枚の書類を手渡した。総理がネイルド共和国を脅した証拠だ。自国にミサイルを撃たせようなどという馬鹿げた行為が克明に記述されている。


「それを使ってあの人を失脚に追い込んでくれるとこちらはさらに安心なんだがね」

「そう、なんですがね……」


 あの人がわざわざ証拠を残すとは思えない。どうも武器にはならない予感がする。だが、今のヴァンにはもっと強力な武器がある。


「まあ、何にせよ追い詰めてきます」


 どうせ一時間空きがある。これを機に、ここまでヴァンを追い込んでくれたお礼でもしてこようじゃないか。

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