8.蠢く巨悪
***
ウィルクトリア国内、スナキア邸本宅。
侵入者を迎え撃つため、ヴァンは三百人に分身し、魔法で透明になって待機していた。ヴァンの計画には誘拐犯の存在が不可欠だ。妻はとっくに避難させていることだし、さっさと誰か来てくれとむしろワクワクして待っていた。
「!」
一階のリビングで大量の魔法の気配。何者かがテレポートでスナキア邸に押し入ったようだ。三百人のヴァンたちは一斉にリビングにテレポートする。そこには二十数名のフルフェイスの男たちが居た。
「ヴァ、ヴァン様だ!」
一人が声を上げるが時すでに遅し。ヴァンは声を上げた男の顔面に手をかざし、砲撃魔法を放つ構え。途端に男は硬直する。
「暴れるなよ。妻が掃除してくれた部屋なんだ」
残りの全員には首に打撃を与えて失神させる。わずか二秒で鎮圧完了。数十万分の一まで力を落としても結局何ら支障はなかった。まったく、軍の奴らも総理も無駄な努力をしたものだ。二重三重の策を講じようと武力に差があり過ぎて勝負にならない。
「動くと殺す」
「……っ!」
ヴァンはあえて残した一人に冷酷に告げる。
「お前らもそれなりに鍛えられたファクターのようだが、俺の相手ではないぞ」
「そ、そんな……! い、一体どれだけの力が……!」
男は力無くその場にへたり込んだ。抵抗する気も起きないらしい。
「……妻はここに居ない。残念だったな。誘拐は失敗だ」
「い、いえ! 我々の目的は誘拐ではありません! ご、誤解されないでください!」
「……?」
男は大慌てで釈明する。嘘をつけるような心境ではあるまい。その必死さにヴァンは戸惑い、詳しい話を聞き出す。
「ヴァン様は『妻に危害を加えたらこの国を捨てる』と再三宣言されています! 我々はその禁を破るつもりはないのです! ど、どうかお怒りを鎮めてください……!」
ヴァンが妻を守るために打った施策の一つだ。ヴァンに見捨てられた瞬間この国は世界中からミサイル攻撃に遭う。国民たちはいかに妻が疎ましくても手出しできない。どうやらこいつらもその口らしい。妻を国内のどこかに隠されればヴァンも簡単に国を見捨てられなくなるのだが、そこまでやり通す自信もなかったようだ。
「じゃあ何しに来たんだ?」
「わ、我々は……お、奥様の…………、し、下着を盗みに来たのです!」
「……………………は?」
何言ってんだコイツ。
「ヴァン様と交渉するにはヴァン様が大切にされている奥様を人質にするのが一番です。ただ、それでヴァン様のお怒りを買えばどうなるか分かりません。で、ですから、我々はターゲットを『奥様が大切にされているもの』に下方修正したのです!」
「んん……?」
「ヴァン様の目を盗んで奥様を攫うなんてそもそも不可能です! ですが、奥様を攫うと見せかけてどさくさに紛れて下着を盗むくらいならわずかにチャンスがあるのではと思いまして……!」
「ま、待て。下着なんて盗んでどうする気だったんだ……?」
事と次第によっては地獄送り程度じゃ済ませんぞ。
「後継を作ってくださらなければ奥様の下着を世界に向けて公開すると、そのような交渉をさせていただこうかと……! それならお怒りはほどどで済むのではないかと……!」
「ば、バカ過ぎる……!」
今度はヴァンがその場にへたり込んだ。軍を総動員し、一国の長である総理が動き、おそらくは特殊部隊であろうファクターたちを使い、国家の存亡を賭け、やろうとしたことは下着泥棒だったのだ。
「我々がヴァン様にできることなど些細なことなのです……。これでも真剣に作戦を検討し、準備に準備を重ね……」
「ハァ〜……、健気なもんだ」
もはや怒りも湧かない。もちろん妻の下着を盗むなど夫としては許し難い蛮行だが、彼らとしては性的な意味合いは一切なく国家の命運をかけた革命のような気持ちで臨んだようだ。
「総理が考えたのか?」
「え……? 総理?」
「あの人が仕切っている作戦だろう?」
敵ながら手強い相手だと思っていたのに幻滅である。ただの変態ジジイじゃないか。
「わ、我々は独自に動いただけです。この日この時間帯にヴァン様が大規模な分身をされるという情報を得まして、今こそチャンスだと……」
「!」
……なるほど。総理は誰かが何らかのアクションを起こしてくれると期待し、ヴァンに隙ができるという情報をわざと漏らしたのだろう。政府が直々に妻の誘拐を企てればヴァンがこの国を放棄するリスクが高まるし、総理も責任を問われた。彼は自分の手を汚さずに事を進めたかったのだ。しかしまさかたかが下着泥棒とは総理も誤算だっただろう。
疑問が浮かぶ。妻の誘拐が真の目的だったとするなら、総理の作戦は随分と人任せでお粗末だ。単に成功するまで同じことを何度も繰り返せばいいと思っていたのか、────別の目的があるのか。
ヴァンは上空を漂う二十六万の分身に考察を任せる。このヴァンはひとまず自身の計画に集中だ。誘拐を想定していたので多少予定は狂ったが大筋で問題はない。まずはリビングに転がる侵入者たちの姿を携帯で写真に収めた。続いて、
「……その装備を脱げ」
「え?」
ヴァンは男から服を剥ぎ取った。想定通り、顔を隠せる装備だ。
「お前らの処遇はゆっくり検討する。しばらく軟禁させてもらうぞ」
ヴァンはそう告げると、全員をテレポートで別荘に輸送した。もちろん妻がいない別荘にだ。そして入れ替わるように分身が妻の一人を自宅に連れてきた。
「……終わった?」
第一夫人・ジルーナだ。下着を盗まれそうになったとは言い出せず、ひとまず何も問題がなかったことだけを伝えるために頷いておく。そしてヴァンの一人が男から奪い取った装備を身につけた。
「悪いなジル。今から君を誘拐する」
「うん。お願い」
ヴァン・スナキア夫人誘拐事件。────犯人はヴァン・スナキアだ。
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