25.再会と衝撃
***
ヴァンは送られてきたメッセージの末尾にあった住所にやってきた。ウィルクトリアの首都アラムに建っているなんてことないビルだ。警戒しながら中に入っていくと、待っていましたとばかりに受付の女性そそくさと寄ってくる。そして「臨時代表」に会ってほしいと頼まれ、会議室とやらの前まで案内された。
恐る恐る扉を開ける。中に立っていた人物を見てヴァンは驚愕した。
「ウィンザーさん……?」
「ご無沙汰しております。ヴァンさん」
グレーのタイトなスーツを身に纏った彼女は、流麗にすっと頭を下げた。その表情はどこか自信に満ちており、あの初対面とは大違いだった。彼女に促されるままヴァンは着席し、彼女を正面に見据える。
「えっとぉ……疑問はたくさんあると思うのですが、まずは私から丸っと説明させてもらってもいいですか?」
「は、はい……。お願いします」
ご指摘の通り疑問だらけである。何から尋ねればいいかも分からない。
「お越しいただいてありがとうございます。私たちはヴァンさんとジルーナさんが幸せに暮らせるようにあらゆる面で支援していく団体です。あの、私の苗字から取って『ウィンザー』という名前になってしまいそうなんですが、何とか抵抗してるところです……」
彼女は不満げに口を尖らせる。残念ながらヴァンの疑問はさらに増えた。自分と、さらにジルーナのための団体? 支援とは? ……というか、ジルーナは彼女に名乗ったのか。聞いてないぞ。
「私たちが何をするのか説明する前に、まずは私たちが何者なのかからお伝えしますね。その方が説得力がありそうなのでぇ」
「頂いたメッセージには大企業の名前が並んでましたが……」
「あ、それです♡」
それですと言われましてもである。
「……先の選挙で新経済派は大敗してしまったので、政府はヴァンさんの意向と逆を行ってしまうでしょう。それでも、財界はヴァンさんにつきます」
「財界……? そうか、なるほど……輸入減免法ですか」
以前ヴァンは輸入減免法という法律を通した。この国が他国に請求している賠償金を、この国からの輸入額に応じて減免する制度だ。今まで政府に入っていた金が、一旦企業を中継する構造になったのだ。
「この制度が導入されて以来国内企業は爆発的な成長を見せています。この状況を作ってくださったヴァンさんに感謝し、継続を願っているんです」
この法律はヴァンが引き換えに一夫多妻法を受け入れてでも通したものだ。それが今や、ヴァンの味方を生み出している……?
「この団体がやることは大きく分けて二つです。一つ目は、政府を合法的にぶっ潰すことです♡」
「⁉︎」
この人、麗かなウインクと共にとんでもないことを言い出した。
「今の政権は旧経済、つまり他国から集めたお金を国民に配って働かなくても生きていける体制を今後も維持して行くのが目標な訳です。それができると国民に約束したからこそ選挙に勝てたってことですよね? だから私たちは、その約束を破らせて失脚させます」
「ど、どうやってそんなことを……?」
総理の失脚。ヴァンにはできなかったことだ。先の選挙においてはとっかかりも見つけられなかった。
「旧経済の維持には莫大な収入が必要です。でも今の政府は競売事件が後を引いてお金がありませんしぃ、輸入減免法の影響で今後政府に直接入る賠償金も激減しちゃうんです」
「で、ですが、減収分は法人税で賄うはずです。企業が大成長を遂げるとなればむしろ政府の収入も増すとも言われていたほどで……」
実際、金額だけで言えば以前より流れ込んできている。各国政府は賠償金の支払いを減らすため、ウィルクトリアと積極的に取引をする自国企業に減税措置を取っている。今や世界中の企業がウィルクトリア企業の優良顧客なのだ。
「ですが、法人税は企業の利益に対してかかるものですからぁ。例えば、大企業たちがこぞって大赤字を出したらどうなります?♡」
「!」
「ベーシックインカムを廃止に追い込むことはまだ難しいとは思いますがぁ……体力のない今なら減額くらいにはすぐ持っていけると思うんです。フフ、ヴァンさんに対抗して『今までの生活を維持してやる!』って息巻いてた人たちがどの面さげてそんなことするんでしょうねぇ?♡」
それにしても楽しそうに喋るものだ。思い返せばヴァンをからかうような話題のときほど嬉しそうにしていた気がする。このお姉さんは中々のSである。
「待ってください。この団体が大企業によるもので、大企業が赤字になれば政府への攻撃になるという理屈は分かります。ただ現実問題、赤字にはなりませんよね?」
「フフ、ポイントはそこです。参画企業は確かに大儲けしているので、いっぱい使って赤字にしないといけません。事業拡大のための投資にできるだけ回してもらうのと、『働いた方がお得ですよ』ってことを世に示すために人件費もふんだんに払ってもらいます」
「それにしても、ですよね」
現在の売り上げはあまりに莫大だ。半端な使い方では絶対に利益が残る。
「はい。ですから使える分だけ使っても余ってしまった分は全部ヴァンさんへの報酬とします」
「んん……?」
「ただの不正な献金と判断されないように、ヴァンさんにもちょっとだけ働いていただきますよ。テレポートで海外への荷運びをやっていただければと。フフ、とんでもない貢献になりますね」
孤立した島国であるウィルクトリアにとって、輸送にかかる時間が大きなハンデである。本来誰がどれだけの金を積もうと解決できない問題だ。それをヴァンがノーコストでクリアできるなら、ヴァンへの報酬額は尋常ならざる額でも一定の筋は通る。
確かにそれなら会社を成長させつつも利益だけは残さないようにできる。だが、結局ヴァンが莫大な利益を上げる形になり……、
「最終的に俺が脱税をすればいいってことですか? 確かに俺は何でもありですが……」
そんなあからさまに罪を犯せばまたヴァンへの不満が募る。失脚するのは政府ではなくこちらだ。
「脱税というより、節税ですね♡ ヴァン様はそのお金を私たちに綺麗さっぱり出資してください。この団体は一応企業という形になっていますので」
「……?」
いよいよ複雑になってきた。お金の流れはこうなる。他国→国内大企業→ヴァン→支援団体(企業)。順番に利益をたらい回しにする。
「ただ、私たちは他の企業と違います。成功も成長も必要ないので、海外で絶対に儲からない事業を立ち上げることで全力で赤字を出します。まあ、ほぼ慈善事業みたいなものですね。私たちはもちろん、ヴァンさんも出資の甲斐なく何も得られないのでお互い税金は随分減りますよ」
最終的にこの団体に全ての利益を集める。そしてその富は海外に振り撒いてマイナスを出す。この国の政府はほとんど収益を得られない。
「俺を一度経由する意味はあるんですか……?」
「もちろんです。私たちはヴァンさんの名の下に、外国で、慈善事業をするんです。とっても意味があるじゃないですか♡」
世界の敵であるスナキア家当主が、善意で世界経済に貢献する。他国との関係改善にも繋がるというわけか。
「私がお話しするだけでは信じられないと思いますので、良かったら参画企業のお偉いさんたちにも会ってきてください。皆お待ちしております」
ミオは企業の住所と代表者のリストが書かれた紙を手渡した。ヴァンはそれぞれに分身を派遣する。
すると分身たちから続々と朗報が飛び込んだ。実際にこの計画はすでに動き始めていた。皆ヴァンを支持し、できる限り協力すると約束してくれた。
「大企業と言いましてもぉ、あくまで働かない人が多いこの国の中ではという話です。しかも今までは敵国の企業だからと他国に無視されていた存在でした。ですがこれからは違います。そう遠くない内にいずれも世界有数の企業になるでしょう。それがぜ〜んぶヴァンさんを一生懸命支えます」
「……!」
ややこしいことを抜きにして彼女の計画をまとめると、世界経済からウィルクトリア政府を除け者にする包囲網を作ろうという話だ。財産を失ったウィルクトリア政府は国民の支持を集めることができなくなる。そしてこの国には働いて自活する者だけが裕福な生活を維持できるシステムができる。国民は変わらざるを得ない。
「素晴らしい計画……だと思います」
「フフ、ありがとうございます♡」
「ただ、政府も黙っていないでしょう。要である輸入減免法を廃止されたらおしまいですよ?」
不都合な政策をなかったことにする力が今の彼らにはある。結局現時点では政権を取られている点が痛すぎる。
「私たちの動きは決算・納税のタイミングまでバレません。それに今年はあと三ヶ月ですから、今から始めたとしても政府は『今年は思ったより少ないなぁ』くらいにしか思いません。ようやく気づいて大慌てになるのは再来年の春になるでしょう」
「再来年……。そこから法改正に動いたとしてもう数ヶ月引っ張れる、くらいですか」
「ええ。でもその頃にちょうど次の国政選があるんですよ。任期は二年ですから」
「……! ってことは」
再来年に信じられないほどの減収を受け、国民に支払うベーシックインカムのためのお金が足りなくなり、結局政府はヴァンに抗うことなどできないのだと国民が失望しているタイミングで、────選挙がやってくるのだ。
「次は勝ちましょう、ヴァンさん。私たちはヴァンさんのご意志を完全に反映した政党の立ち上げも計画しています」
「ど、どこまで俺のために……」
本当に頭が下がる。全てヴァンに都合が良く、全てヴァンにはできなかったことである。
「まだですよ、ヴァンさん♡ この団体の目的は二つあると言ったでしょう?」
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