12.妻の体の秘密

 ***


「フラム、ただいま」


 ヴァンはランチタイムを利用して自宅に分身を派遣した。フラムの部屋に突如帰宅する。


「ヴァンくん……? お、おかえりなさい。どうしたの急に?」

「フラムが好きそうな店を見つけたから、せっかくなら一緒に行けたらと思ってな」


 ヴァンには緊急出動要請が届いていた。呼んだのはシュリルワ。総理だったら嫌々になるが、妻の依頼だったら喜び勇んですっ飛んでくるのがヴァン・スナキアだ。


「……シュリちゃんね?」

「あっ……」


 どうやらフラムは察しがついたらしい。ダイエットのために食事を抜いたフラムに何としても何か食べさせる作戦だということが。バレているなら仕方ない。正面から堂々と進もう。


「フラム、話そう」


 ヴァンはテーブルにつく。


「……お茶いる?」

「いや、大丈夫だ。座ってくれ」


 フラムは不満げに唇を突き出しながら着席した。聞きたくない話をされると警戒しているようだ。ヴァンはそんな彼女の目を真っ直ぐ見据える。


「フラム、俺は君が好きだよ」

「な、なぁに? 急に……」


 フラムは気恥ずかしそうに右下に視線を逸らした。


「……その、俺は君が、俺のために痩せようとしてるなんておこがましいことは思ってない。君自身が今の君に満足してないってことなんだろう? それは分かってる。でも分かった上で……」

「なぁに?」


「俺はどんな君でも好きだよ。君が君のまま居てくれたら、俺はどんな君だって好きだ。体重十グラムでも二トンでも」


「あ、あのねぇ、それってどっちも死体だと思うの……」

「死体でも好きだ!」

「ヴァ、ヴァンくんって時々怖いよねぇ……」


 思いの丈をぶつけたら引かれた。しかし少し頬を染めているところを見るに、悪くはないと思ってくれているはずだ。


「俺には君が太っているようには見えないし、どうして痩せたいのかも分からないんだが……。傍に居る身としては、君が今の君を肯定してくれたらなと思うよ。身体を壊しそうな方法でダイエットするなら止めてほしいし、ご飯が食べたかったら美味しそうに食べてほしい。ありのままの君をずっと見ていたいんだ」


 ヴァンはフラムの瞳を見つめて切々と語りかける。彼女には望むまま元気に生きてほしい。余波で体重が多少増えたところで、そんなのは些細な話。絶食する方が余程問題だ。死体でも好きとは言ったが、絶対死んでほしくないし。


「ヴァンくん……えっとねぇ、それは……ありがとうなんだけどぉ……」 


 フラムは後ろ髪を撫で付け、ためらいがちに口籠もる。まだ納得してもらうには至っていないようだ。


 ────実のところ、痩せようとしている理由は察しがついていた。シュリルワも同じ予想をしていたため、おそらく的中している。フラムは他の妻と自分を比べているのだ。そんな悩みを与えてしまったのは複数の女性と結婚した自分の責任だ。どうにか取り除いてあげたいが、なかなか難しい。ヴァンにできることは「君は君のままでいいんだ」と訴え続けることくらいだ。


「あのねぇ、ヴァンくん。わたしね、恥ずかしくてシュリちゃんに言えなかったんだけど……。他の子と自分を比べてるわけじゃないの」

「……ん?」

「そうだと思ったんでしょう? あのねぇ、それは大丈夫なの。みんなそれぞれ色んなところが違うけど、ヴァンくんはみんな大事にしてくれるから。自分は自分って、そのぉ、結構前向きに思えてるんだよ?」

「……?」


 ヴァンとシュリルワの予測は外れていた。彼女には、他に痩せたい理由があるらしい。


「……ちょっと寝室に来てもらえる?」


 フラムがゆったりと立ち上がるので、ヴァンはそれに倣って彼女の後を追った。寝室にたどり着き、フラムはウォークインクローゼットのドアを開けた。そして中からビニールのかかった小綺麗なワンピースを手に取る。


「この服ねぇ、次の結婚記念日の旅行で着ようと思って、先月買っておいたの。ヴァンくん毎年連れて行ってくれるでしょう?」

「あ、ああ。でも半年くらい先だぞ?」

「ふふ、すっごく楽しみだからぁ」


 ヴァンは各妻の結婚記念日と誕生日に前後一日ずつを含めた二泊三日の旅行に行く。どうやらフラムは自分の動きが遅いことを自覚し、早め早めに服を買っておいたらしい。


「……でねぇ、昨日着てみたんだけど、ファ、ファスナーが上がらないの……!」

「……⁉︎」

「み、みんな太ってないって言ってくれるけど、実際太ってるの……! あのねぇ、他の子と比べてじゃなくて、先月の自分と比べて太ってるの……! それはどうにかしなきゃでしょう……⁉︎」

「……!」


 ヴァンはかける言葉を見つけられず口籠もる。単に体重が増えただけなら些細な問題だと何度でも主張するつもりだ。だが、自分との旅行を楽しむために買った服が合わなくなって凹んでいるとなると、ダイエットすること自体はもう否定できない。


「わたしねぇ、その、お胸があるでしょう? だから服を着るとお腹のあたりに空間ができて、それでみんなには気づかれないの……! お腹はちゃんと出てるの……!」

「そ、そうだったか?」


 ヴァンは彼女の裸を思い浮かべる。全然そんな様子はなかった気がするのだが────、


「ヴァンくんは毎日見てるから気づかないんだよぉ……」

「なるほど……」


 徐々に増えていたのなら変化には気づくのは難しい。しかし、先月は着られた服が着られないという実態がある以上、彼女の身体は確実に大きくなっているのだ。


「それにね、わたし結婚したときより体重増えてるし……。ヴァンくんはずっといい身体なのに……。これじゃいつか幻滅されちゃう……」

「うーん……」


 ヴァンとしては歳と共に変わっていく姿を傍で見られるのも結婚の醍醐味だと思っているのだが、彼女自身はヴァンのためにも体型は維持したいと思っているらしい。その気持ちは嬉しすぎる。


「わ、……分かった。ダイエットすることは止めないよ。ご飯はちゃんと食べてその分運動するっていうのは……?」

「ぜ、全然ダメなの……。わたし屈伸もできなくて……。あ、そういえば体操着もキツかったの! 昔はピッタリだったのに……!」

「それは、……成長したんだろ? 身長も胸も」


 あのコスプレは近くで見たらより性的だったらしい。ヴァンは死を免れた。


 運動が苦手な彼女でもできる方法を探さなければ。激しくなくて、慣れている運動がいい。しかし慣れているも何も彼女が運動しているところなんてヴァンは見たことがない。普段の彼女は料理をして洗濯をして掃除をして、夜はイチャイチャして寝る。そんな毎日だ。


「……激しいかどうかは匙加減だが、アレってかなりカロリー使うらしいぞ?」


 ヴァンはベッドを指差す。数秒後、意味を理解したフラムが胸の前で手を叩く。


「ヴァンくん、いっぱいしよう! あのねぇ、わたしが頑張るの!」

「望むところだ……!」

「でも夜がいいなぁ。わたししばらくぼーっとしちゃうから……」

「じゃあ……」


 ヴァンは一考する。他に彼女ができることは……。


「ちょっと手伝ってほしい仕事がある」


 ────今日はちょうど心当たりがある。

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