15.待望の夜

 ***


「わあっ! 豪邸だよっ!」


 先陣を切って別荘に突入したヒューネットは玄関ホールを駆け回った。眠気は吹っ飛んでしまったらしい。


「みんなリビングに来てくれ。驚くぞ?」


 ヴァンはニヤニヤしながら八人を引き連れて内部に入っていく。大テーブルには豪華なケーキを中心に様々なお菓子と豊富な飲み物。忙しなく働いてくれたみんなへのご褒美を設置済みだ。


「お疲れ様、みんな。ここで打ち上げといこうじゃないか」


 八人の妻が一斉に歓声を上げる。喜んでいただけたようで何よりだ。


「あたしこんな遅くにハイカロリーな物は……と、言いたいところですが!」

「キティアさん! カロリーならガミラタに置いてきたではありませんか!」

「フフ、ですね」


 キティアとエルリアの美容ガチ勢も今日ばかりは遠慮なく食べちゃってほしい。別に体重が増えたとて二トンくらいまでならヴァンは変わらず愛せる。そこから先も愛は変わらないが流石に心配なので苦言は呈すだろう。


「ヴァ、ヴァンくん。わたしのこと、しばらく見ないようにして……!」


 フラムの目が覚悟に染まっていた。なりふり構わず食欲に全ツッパするつもりらしい。


「フラム姉、大丈夫だ。アタシがもっと悪目立ちするから……!」


 ユウノからのフォローとも取れないフォローが飛んできた。しかしフラムは思い詰めたような表情で、無言のまま首を横に振った。あのユウノすら上回る勢いで食べる心積りらしい。それも可愛いから余すとこなく見せていただく所存だ。


「ヴァン、お酒もあるです?」


 シュリルワがウキウキと尋ねる。


「もちろんだ。何でもあるぞ」


 当然だ。是非とも達成感と開放感で酔っ払い、大胆になっていただきたい。そんな下心満載のアルコール類をきっちり準備した。


「やったです! そちらのお姉様たちもどうです?」


 そうとも知らずシュリルワは顔を綻ばせ、ジルーナとミオを手招きする。ヴァンは心の中で「行け行け!」とエールを送った。


「あ、そうだね。私もたまには飲んじゃおうかな」

「お姉さんは……お酒はもう一生飲まないって決めてるのぉ……」

「最悪だもんね、ミオの酔い方」

「ジル! 言わないでよぉ! 反省してるの!」


 残念ながらミオは引き込めなかったようだが、ジルーナのほろ酔いというレアな姿を見られそうだ。


「明日の朝食も用意してある。今日は気にせず夜更かししてくれ!」


 遠慮せず飲めるような環境作りもヴァンは怠っていない。


「い、至れり尽くせりですね。ありがとです」


 朝食はいつも朝八時から。朝食当番ともなれば六時台に起きることになる。そんな苦労はさせられない。というか、夜はこれからなのだから朝の時間をズラしてもらわなければ困る。


 ふと、キティアがヴァンの袖を引っ張った。


「ヴァンさん。すっごく嬉しいですけど、ヴァンさんは疲れてません? あたしたちに付き添いながら、避難所を運営しながら、救助活動もしながら、ここの用意もしてたってことですよね?」

「まあな。でも元気だよ」


 ちなみにキティアの部屋にエッロい下着を置いておくという仕事もあった。後で驚くがよい。


「ヴァンっ、結局何人に分身したのっ?」


 ヒューネットは早速ケーキを頬張りながら問いかける。


「十二万くらいかな、多分。もう自分でも把握できない」


 十二万人で二時間、合計二十四万時間。つまりは一万日分、三十年弱になる。この家で最年少のヒューネットどころか、最年長のミオ・フラムの年齢を上回る年月を過ごした。


「た、大変だっ……!」


 大変なのはここからの君だぞと、ヴァンは念じておく。ヒューネットの部屋には逆に何も用意していない。身一つあれば充分だ。


「またヴァンがお爺ちゃんになっちまったのか……」


 ユウノは手当たり次第にお菓子を貪りながらも鎮痛な面持ちだった。心配ないのに。まだまだヴァンは現役だ。少しも枯れる様子はない。


「ねえ、ヴァンさん。あたし不思議なんですけど……」

「どうした? ティア」

「ヴァンさんってあたしたちと出会ってから体感で何万年も経ってるんですよね? なのにずーっと同じテンションでグイグイくるから……」

「何が不思議なんだ……? さっき出会ったばっかりみたいに新鮮に愛してるぞ……?」

「ホントに、愛妻家ですね……」


 キティアは少し照れ臭そうに呟いた。「悪くない」とは思ってくれているのだろう。


 ヴァンは妻全員を死ぬほど愛している。誰が一番なんてことはない。比べる気はないし、無理に比べようと思っても全員への気持ちがカンストしているため比較しようがないだろう。


 そしてヴァンは彼女たち個人個人だけではなく、彼女たちのチーム感が好きだった。もちろんそんなこと口には出せない。複数の女性と結ばれるなどという大層な不義理を働いているからこそ発生した感情だ。それでもヴァンは、この気持ちをどうしても打ち消せずにいた。


 今日目の当たりにした彼女たちの見事な連携。互いを良く知り信頼し合う関係性。触れれば触れるほど愛おしくて仕方なくなる。これからさらに何十万年の時を過ごそうと、ヴァンの愛は日に日に強まっていくだろう。


 そしてその愛を、思いっきり、物理的に、ぶつけてやる所存だ。様々な困難を乗り越え、ヴァンはついに待望の夜を手に入れた────。





 ────妻たちは、その後すぐに寝てしまった。疲労、酔い、満腹、達成感や満足感、様々な事情が重なり、倒れるように床についた。


 ヴァンが用意した豪華な打ち上げは裏目に出た。いや、妻が喜んでくれたならそれでいいのだ。眠たい彼女たちをひん剥いて無理に付き合わせるような鬼畜ではない。夫婦にはこんなすれ違いも日常茶飯事だ。仕方ない。仕方ないのだ。仕方ないが……。


 ヴァンは血の涙を流し、妻たちの安らかな寝顔を見つめながら、呪詛のようなトーンで声を絞る。


「ネオキ……オソウ……!」


 何十万年より長い数時間が始まる。




(第05話 完)

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