2.お姉さん秘密会議
***
「んー、調味料はどれも足りてるですね」
第三夫人・シュリルワは共用キッチンの戸棚をチェックした。
「ヒュー、そっちはどうです?」
キッチンの奥にいる第六夫人・ヒューネットに声をかける。彼女は冷蔵庫の確認を担当している。
「お肉もお野菜もたっぷりあるよっ!」
ヒューネットはサラサラのロングヘアーが波立つ勢いでバッと振り返り、ハツラツとしたお返事を返してきた。
「じゃあお買い物はちょっとで済むですね。今日は作る量も少ないですし」
本日の夕食当番兼お買い物当番はこの二人。ヴァンは休日で第五夫人・キティアとお出かけしているため、夕食は残り七名分で済む。飲食店に勤務経験のある元プロ・シュリルワの手にかかればあっという間だ。ヒューネットも、まあ、足は引っ張らない。
「そっちの二人はなんか買うものあるです?」
シュリルワはキッチンと隣接するダイニングに向けて告げる。テーブルでは朝食当番を終えた第一夫人・ジルーナと第四夫人・フラムがお茶を楽しんでいた。目新しいランチョンマットの上でコーヒーが緩やかに湯気を放っている。誰にも邪魔されることなく、ゆったりとした時間が流れていた。
「あ、もし余裕があったら大根買ってきてもらえないかな? 個人的な買い物だから悪いんだけど」
「任せるです!」
シュリルワはジルーナの依頼を快諾する。ジルーナから感謝代わりの微笑みが送られた。今日も妻たちは連携を取りながら業務をつつがなく進めていた。
ヒューネットが冷蔵庫の扉を閉め、元気よく飛び跳ねる。
「シュリ、お買い物いつ行くっ? 二時くらいでいいかなっ?」
「そうですねぇ……」
シュリルワは今日の予定に頭を巡らせる。差し迫った用事はなく、出発はいつでもよかった。であれば────。
「せっかくなら早く出て街でお買い物でもするです? お洋服でも見るです」
ちょっと遊びに行くのも悪くない。
「あっ! いいねっ!」
ヒューネットは諸手を上げて賛成する。ヒューネットとはお互い身長150センチ弱と背格好が近い。そして服の趣味もある程度似ている。服を一緒に選び、シェアすることが多かった。
「じゃあランチも外で食べようよっ!」
「そうするです。何が食べたいです?」
「う〜ん……何かしらお洒落なランチを優雅にいただきたいねっ」
ヒューネットは伸ばした人差し指と親指を顎に沿わせる。かっこいいポーズ、のつもりらしい。大きな瞳が星屑のように煌めいて、まだ何もしていないというのに今日は100点満点の最高の日になると確信しているかのようだった。
ガタンとイスが引かれる音が響く。
「しゅ、シュリちゃんとお出かけ……わたし……羨ましいわぁ……」
テーブルの方でフラムが弱々しく声を漏らす。自分が立ち上がったことにも気づいていないのではと思うくらい目が虚ろだった。シュリルワはやれやれと息を漏らし、スッとフラムに近寄って後ろから腰のあたりを軽く抱きしめる。
「はいはい、フラムとは今度ゆっくりデートしてやるです」
「ほ、本当? あのね、わたし忘れないからね?」
フラムは必死だった。シュリルワがわかったわかったと何度も首を縦に振るのを見て、ようやく少しは納得したらしい。シュリルワからすればフラムは三つ年上のお姉さんだが、後輩で、やたらと懐かれている。
「……じゃあヒューちゃん、楽しんできてねぇ」
「あ、あれ? フラムがちょっと怖いよっ……?」
フラムはヒューネットに笑顔を送ったが、目は普段より冷えていた。
「……変な関係だよ、ウチの子たちは」
ジルーナが額に手を当て、我関せずと独りごちた。
同じ夫と結婚した妻同士。本来険悪な関係になってもおかしくない。むしろそれが自然かもしれない。にも関わらず、妻たちは仲良く日々を過ごし、こうして一緒に遊びに行ったりもする。
なんせ状況が状況だ。彼女たちとヴァンの結婚は国民の非難の的。ヴァンの妻であることを周囲に隠して生きなければならない。それは窮屈で、恐ろしくて、とても寂しい。そんな悩みを共有できるのも、境遇を理解できるのもお互いだけだ。
「ヒュー気合い入れてお化粧してくるよっ! この前ティアとエルに習ったやつをお披露目するよっ!」
「そんな若いうちから塗ったくるもんじゃないです」
「え〜?だって……」
シュリルワとヒューネットは喋りながらキッチンを出て、それぞれの自室に向かっていった。
────ダイニングに残されたジルーナは、頬杖をついて正面を見据える。フラムがシュリルワの背中をまだ未練がましく見つめていた。
「……じゃあ、フラムは私と何かしよっか?」
「ま、ママ……!」
「だ、誰がママなんだよ。フラムの方が年上でしょ!」
ジルーナは困ったように頬をかく。フラムはにへらと笑うばかりだ。
ジルーナからすると年上なのはミオとフラムの二人。どちらも頼り甲斐という点ではイマイチだった。ミオは緊急時になれば頼れるものの、その緊急時を作り出すのもミオだったりする。目の前に座っている方のお姉さんは非常にのんびり屋さんだ。彼女が放つのほほんとしたオーラを浴びると、時間の流れがゆったりになった気がしてほっとはするのだが────。
「どこか遊びに行く? でもねぇ、わたし、準備にすぅっごく時間がかかっちゃうからぁ、ランチは間に合わないかも……」
気がするだけではなく実際にゆったりなのだ。フラムと遊びに行くのなら、前日から予約しておかなければ間に合わない。
「じゃあお家の中でできることだね。……あ」
「なぁに?」
「お仕事になっちゃうんだけどいいかな。車をね、洗おうかと思ってさ」
「あー、そういえば車ってあったねぇ。あのねぇ、わたし忘れちゃってたみたい」
スナキア家は車を一台所有している。ヴァンと妻たちの生活を助けてくれる支援団体から頂いたものだ。しかし、その存在感は非常に薄かった。
夫のヴァンはテレポートで世界中に一瞬で行ける。妻が遠くに行きたいときや荷物が重いときはヴァンに送り迎えしてもらえばいい。さらに、このスナキア邸はウィルクトリアの一頭地にあり、何を買いに行くにしても徒歩や電車の方が便利。車の出番は皆無なのだ。
「えっとぉ、エルちゃんがたまーに使ってるくらい、かしらぁ?」
「だね。多分私たちが忘れてる間にあの子が管理してくれてるんだと思う。……それが問題なんだよ」
フラムは不思議そうに頭上に疑問符を浮かべる。ジルーナは人差し指を立てて解説を始めた。
「あの子放っておくと何でもやっちゃうでしょ? あんまり一人に負担が集中するのはよくない気がするんだよ」
「うーん、そうだねぇ……。ついわたしたちも頼っちゃうけど、ちょっと可哀想だねぇ」
「それに、あの子を見て、その、劣等感? みたいなものを感じちゃう子が出てきても困るんだよ。みんなそれぞれでいいって思ってないと疲れちゃうでしょ?」
キャプテン・ジルーナは全体を見ていた。共同生活をしている以上、誰かに負荷が偏ることは避けたい。とはいえ、やりたいことやできることに差があるのも当然で、完全に公平とはいかない。お互い納得いくようなバランスを取るのが落とし所になる。彼女たちが仲睦まじく暮らせているのは、こうして互いを慮り尊重し合っていることも大きい。特にジルーナはその点にかなり気を配っていた。
「……それで言ったらねぇ、わたしは、ジルちゃんもキャプテンみたいなことしなくたっていいって思うよ?」
急にフラムがお姉さんの顔になったので、びっくりしてジルーナの尻尾が一波打つ。
「ま、ママ……!」
ジルーナはテーブルに突っ伏し、対面のフラムに向けて両手を伸ばした。フラムはその手をぎゅっと握ってよしよしとばかりに摩った。
「私もやらなくて済むならそうしたいよー……。でも問題児ばっかなんだもん」
体は倒したまま、首だけ持ち上げてフラムに切実な視線を送る。維持するのは難しいポーズだったので、すぐにまた顔を横向きに伏せた。
「そうねぇ……。日に日にお説教が、そのぉ、板についてきちゃってる……よねぇ」
「あ、でも同居人として困るってことしか言わないよ? ヴァンの妻としてやってることとか考えてることとかはなかなか邪魔できないしさ。……だから、エルがいっぱい働いちゃうのは止められないんだよ」
「んー……なるほどぉ」
エルリアが卓越した技術を活かして様々な貢献をするのは、きっとヴァンのためなのだ。それを止めろと言うのはジルーナにとって難しいことだった。
「でもさ、エルがやっちゃう前に仕事を盗むことはできると思うんだよ……!」
ジルーナは頭を上げ、悪い顔を見せた。
「そっかぁ。それで洗車なのね?」
自然と二人は立ち上がり、ガレージに足を向ける。
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