第5話 トラブル(表)
僕の生家は、古くから油の
僕はそこの三男坊。
上には大吉と中吉がいる。
つまり、油問屋の三男坊だから、油屋 小吉って訳。はいそこ、安直とか言わない。
「壁を指差して、何しちょんじゃ?」
「いや、なんでも」
おっと、僕としたことが誰にともなくツッコんでしまった。
駄目だぞ小吉。
お前は威厳がないとか、吹けば飛びそうとか、頼りがいが無さすぎるとか言われたい放題言われてるけど海軍中将なんだ。
だから、おかしな行動は
僕の行動は、そのまま海軍の評価に直結しかねな……。
「それにしても、これだけ歩くとさすがに暑いねぇ」
「え、ええ、そうですね」
無ぅぅぅ理ぃぃぃだぁぁぁよぉぉぉぉ!
変な行動するなとか無理だよ!
だって僕、今世でも女性と連れ立って歩いたことが今の今まで無かったんだよ?
しかも、連れてるナナさんは行き交う人たちが思わず振り向いてしまうレベルの超絶美人女子高生!
そんな女性が、僕なんかの隣を歩いているだけならともかく、暑いと言いながらコートを脱いだりしちゃったら行動もおかしくなるよ。
だって、少し汗ばんだ首筋があらわになったんだよ?
前世も合わせれば50年近く童貞をやって魔法使いどころか賢者の域に達してる僕には荷が重いよ!無理ゲーだよ!
できることなら、すでに自己主張を始めてる息子をどうにかして賢者タイムに突入したいね。
自慢じゃないけど、僕は遊び人になったことがないのに下手な遊び人より賢者タイムを経験してるんだから!
「どうした?小吉。頭が痛いんか?」
「いや……まあ」
きっとナナさんは、頭を抱えてヘッドバッキングをしちゃった僕を純粋に心配してくれたんだろうけど、声に抑揚がないせいで馬鹿にされた気分になっちゃった……っと、そうこうしてたら目的地が見えてきた。
「へぇ、立派な家じゃねぇ。小吉の実家?」
「いや、僕の持ち家だ。実家は浅草の方にあるよ」
ちなみに僕の持ち家は、来年には四谷、牛込と合併されて新宿区になる淀橋に買った20坪ほどの土地に建てた庭付き平屋建て。
今はまだ23区じゃなくて、35区もあるんだ。
そのもっと前は15区だったんだけどね。
インターネットが普及していれば、ウィキペディアなどを見ながら詳しく説明できるんだけど、生憎と今はまだないからこれで勘弁してください。
「数十年後にこの土地を売ったら、いくらくらいになるんだったっけ」
「この土地は高く売れるんか?」
「安くはないはずだよ。なんせ東京は将来、世界一土地の値段が高くなる都市だからね」
僕たちが上手く歴史を調整できれば、だけどね。
まあ、そんな未来の心配をするより、今の心配をしよう。
さあ、いい歳して結婚しない僕の私生活を心配して親が寄越したお手伝いさんである松さん(50)に、ナナさんのこと何て説明する?
世話焼きで噂話が好きな松さんのことだから、上手く説明しておかないとご町内どころか浅草の実家にまで話が及ぶ。
それは、何としても避けないと……って、ナナさんは何処へ行った?
「うわぁ……。もうご対面しちゃってるよ」
ナナさんは庭にいた。
庭の掃除をしていた松さんと
たぶん、突然現れた無表情なナナさんを警戒してるんだろう。
だったら、何て説明するか決まってないけど割って入らな……。
「アンタ、小吉の何ね」
急いで割って入らなきゃ!
たぶんナナさんは、「あなたは小吉とどういう関係の人?」的なニュアンスで質問したんだろうけど、礼儀にうるさい松さんにその言い方はまずい……ん?どうして視線を松さんから僕に移した?
松さんが警戒して喋らないから、僕に聞くつもりなんだろうか。
「ああ、小吉。アンタ、結婚しちょったん?童貞って言うてなかったか?」
「してないよ?」
「なら、この人は?アンタの女房じゃないんか?」
「違うよ!?」
どうしてそうなった?
そりゃあ、松さんは僕が生まれる前から実家で
今でこそ噂好きのおばちゃんだけど、昔は歳上のお姉さんだった松さんに「歳上も良いなぁ」なんて感情も抱いたよ。
でも、大変失礼とは存じますが、今の松さんはさすがに守備範囲外。
僕が熟女好きだったら有り得たかもしれないけど、残念ながら僕は今世でも少しだけ、本当に少しだけロリコンをこじらせている。
だから無い。
僕が御歳50である松さんを恋愛対象として見ることは絶対に無い。絶対にだ!
ん?待て待て小吉。
暴走するんじゃない。
まずはナナさんが、どう見ても僕より歳上の松さんを僕の妻だと誤解したのか考えてみよう。
その答えはおそらく、猛君から聞いた暮石家の特徴の中にある。
たしか暮石家の人は、顔だけで個人を判別できないって言っていたな。
と、言うことはだよ?
もしかしてナナさんは、性別プラス大雑把な外見年齢でしか人を判別してないんじゃないだろうか。
例えば男の子供とか女の老人って感じ。
だとするなら、しつこいようだけど僕より歳上の松さんを妻だと誤認したのにも納得できる……気がする。
「坊っちゃん。こちらの礼儀知らずのお嬢さんは、どちら様ですか?」
「え~と、この子はその……」
おっと、考え事に集中していたら、松さんの方から話を振ってきた。
さて、どう答えよう。
無難に、知り合いの子を預かることになったとでも言っておこ……。
「今日から小吉さんと一緒に暮らすことになった、暮石 ナナと申します。先ほどは失礼なことを言ってしまい、本当に申し訳ございません。独り者だと聞いていたのに、女性の方がいらしたのでつい……」
「あら、そうだったの?やだよぉ、この子ったら。私と坊っちゃんじゃあ、歳が離れすぎですよ。変なこと言わないでください」
本当だよ!
どうしてそんな事言ったの!?
いや、間違った事は言ってないんだよ?
僕の護衛をする間、空いてる部屋に住まわせるから一緒に暮らすことに違いはないし、独身である僕の家に女性がいたら訝しむくらいは……普通なら母親くらいにしか思わないだろうけどするよね。
って言うか、標準語で喋れたんだね!
「まあ、それはさて置き。坊っちゃんも隅におけませんね。いつの間に、こんなベッピンさんを
「してない。それより、中に入りませんか?」
「おっと、それもそうですね。ささ、お嬢さんもお入りなさい。あ、坊っちゃんは風呂釜に火を点けてくださいね。水は張ってありますから」
「はい」
ヤバい。
どうやら松さんは、ナナさんを気に入ったようだ。無表情かつ声に抑揚のないナナさんのどこを気に入ったのかはサッパリわからないけど、あの様子なら問題なさそうだ。
「さて、じゃあ湯を沸かして、僕もさっさと中に入るか」
風呂釜に張った水を、薪で起こした火で沸かす。
子供の頃は、煙を誤って吸い込んでよくむせてたっけ。知識だけあっても、実際にやるとこんなに違うのかって、初めて思い知った体験だったな。
「じゃあ、僕もそろそろ……」
家に入ろうと思い、そうしたらナナさんの姿が無いことに気がついた。
案内された部屋で、
「あら、坊っちゃん。お疲れ様です。夕飯までもう少しかかりますから、先にお風呂に入っちゃってください」
「そうします。あ、そうだ。ナナさんは?」
「部屋に案内しましたので、荷解きでもしてるんじゃないですか?」
「そう……ですか」
何だろう。
イタズラが成功するのを今か今かとまっているような松さんの笑顔を見たら、何故か
「気のせい……だよね」
僕が風呂場の
本当に信じてるよ?
そんなのが許されるのはラブコメだけだから。
間違っても、リアルであっちゃいけないことだからね?
もしそんな場面に遭遇したら、またあの不可視の力で床に押さえ付けられちゃうか……。
「信じてたのに……」
「あ、やっぱり小吉じゃったか」
引戸を開けたら、
ええ、ひとっ風呂浴びようと、僕はナナさんに負けないくらい一糸纏わぬ姿で浴場に入ろうとしています。
全裸で不意遭遇戦ですよ。
「先に貰ぉてすまんかったねぇ。あん人が「長旅で疲れたでしょう?遠慮せず入りなさい」って言うてくれたけぇ。先に頂いたんよ」
「あ、そうですか」
松さぁぁぁん!
謀ったな松さぁぁぁぁぁぁん!
え?どうすんのよこの状況。
ナナさんは僕に浴場を譲ろうと思ったのか、胸も股間も一切隠さずに堂々と僕の方へ来てるけど、僕はどうすれば良いの?
入り口を譲れば良いの?
それとも、八重歯あたりをキラリーン☆って光らせて親指を立てながら「一緒に入ろうZE☆」とか言えば良いの!?
どんなToLOVEるだよ!
お願いだから、こういう場合の対処法を教えてよエロい人!
「小吉。そこおられたら出れんのじゃ……が?」
「あ、ああ!ごめ……!」
ん?引戸に背を預けて道は空けたのに、僕を見上げてたナナさんの視線がゆっくりと下へ下がったんだけど……ってぇ!そう言うことか!
「顔に似合わず、凶悪な物をぶら下げちょるんじゃね」
「ち、違っ……これは!」
違わない。
ナナさんの視線の先にあったのは、エレクトしてしまった僕の息子。
思春期真っ盛りの健康な男子も驚くほど反り上がった、僕の自慢の主砲(訓練以外での使用経験無し)である。
おお、我が愚息よ。
どうして痛みを感じるほど
だったら仕方がない。
許そうじゃないか。
だってナナさん裸体は、放心してしまうほど美しかった。
その乳房は、小振りだが手の平から零れてしまいそうな大きさがあり、かつ拝みたいくらい見事な形だった。あ、あと乳首ピンク。
そして
あと乳首ピンク。
「小吉?」
「あ、ごめん!さあ、どうぞ!」
「……リンボーダンスでもしろと?」
すいまっせぇぇぇん!
うちの馬鹿息子がすいまっせぇぇぇぇぇん!
と、心の中で盛大に土下座しながら、浴衣に着替えたナナさんを風呂場から送り出すなり、僕は湯船に飛び込んだ。
「夕飯前なのに、オカズだけ先に食べちゃった……」
とは、風呂から上がって落ち着いた息子を見ながらの、僕の独り言である。
意味は察してください。
そして僕が居間に入ると……。
「あら坊っちゃん。ずいぶんと長いお風呂でしたね」
と、「このヘタレが」と副音声が聞こえてきそうな顔をした松さんが出迎えてくれた。
ええ、ヘタレですが何か?
は、置いといて。
「きょ、今日は肉じゃがですか」
「ええ、坊っちゃんの大好物の肉じゃがです」
「わ、わぁ~、嬉しいなぁ。じゃあさっそく、頂きましょう」
その目をやめて。
せっかく夕飯のメニューに会話をそらしたんだから、「せっかくチャンスを作ってやったのに」って言いたげな顔をやめて。
ん?顔と言えば……。
「ねえ、小吉。これは何?」
「何って、肉じゃがだけど……」
「へぇ……これが肉じゃが」
ナナさんは、肉じゃがを見たことがないんだろうか。
いや、よくよく見ると、茶碗に盛られたご飯と漬物以外のオカズを、興味深そうに見ている。
今の今まで、無表情以外の表情を浮かべなかったナナさんが、明らかに不思議そうな顔をしている。
「つかぬことを聞きますが、実家での食事は……」
「実家での
なるほど、納得した。
猛君が、「暮石家の人間は名前に無頓着」と言っていたけど、それは名前だけじゃなかったようだ。
たぶん暮石家は、食事にすら無頓着。
腹が膨れれば良いという考えなんじゃないかな。
だから、当たり前の食卓が不思議でしょうがないんだと思う。
依頼を受ける受けないの話をした料亭では、結局酒のつまみ程度しか出してもらわなかったから、初めて見る真っ当な料理が珍しいんだ。
「食べてみてよ。松さんが作る料理は、本当に美味しいんだ」
松さんも、状況を見て察してくれたんだろう。
「良いの?」と、問いたげなナナさんを見て、優しく微笑んでいる。
僕も負けじと、心の中で「良いんだよ」と言いながら、ナナさんを見つめた。
そしたらナナさんは、恐る恐る肉じゃがに箸をつけ、ゆっくりと口に運んでこう言った。
「美味しい……」
と、初めて味わった当たり前を、しっかりと噛み締めるように。
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