第12話 建御雷(この設定はなんだ! 板前を呼べ!(荒唐無稽度:Lv.12))
「これ以降の情報は、平時なら徹底した統制のもとに扱われるものだ。たとえば行政庁なら局長、官房長以上、企画調査課では課長級以上――すなわち僕以上の階級の人間しか知らない情報だ――というか、だった、かな。
実は一〇年計画でね、この言向司組織を段階的に解体する方向で話が進められている。これに応じ先日、あらゆる情報が部内向けに解禁された。つまり、僕でストップさせていた局長クラスの情報が、この課では日常会話となる。
さて、そういう訳で今一度、言向司の存続意義を問われているという意味だ。情報を課全体で共有して、より強化された言向司を閣議に示す必要がある。まあ、部内者へ情報公開しても横ばいの組織なら、いうまでもなく解体だけどね」
黙っていた榊係長が口を開く。
「情報を解禁したところで、叙勲にあくせくするスタイルは正直、時代遅れの気がしますよ。敗戦もありましたしね、皇室の動向を手っ取り早く監視できる宮内庁に設置したのはいいけど、時代のニーズとか、そもそもの皇室を取り巻く社会の思想がマイルドになってます。それこそ、向井が前にいた賞勲局に一本化したいという上の思惑が見て取れます。それでいいんじゃないですか? 自分にはそう思えます。それか、言向司の本来業務でもしますか? 古事記にあったような――」
「――我が御子たち
「向井さん、いいね。一〇〇点満点。そうだね、われわれはタケミカヅチで、剣で事にあたることになる」
時任がわたしに顔を向けて笑みをたたえた。
「は、はあ? 冗談じゃない、課長、あんた、これまで何人もの潜入工作員が殉職したといった舌の根も乾かぬうちに――これまでの外交努力を武力行使でパーにされてたまりますか」
時任は係長の方を向いた。「――状況。身分秘匿やめ、身分秘匿やめ。実際」といった。今度は笑っていない。
場がしんと静まり、壁の時計の秒針の音がやけに際立った。
「状況。総員、身分秘匿やめ。総員、身分秘匿やめ。実際、実際」
課内の視線が時任と榊係長に注がれる。
「課長、あんた――」
身分秘匿? 係長はスパイか何かだったのか?
榊係長が時任課長へ右前の半身になって身構える。わたしは係長から発せられた気迫に圧倒され、後じさりする。おそらく、課長と係長は――いや、違う。係長は、課内全域に殺気を浴びせている。わたしはさらにたじろぐ。
「改めて紹介しよう。こちら――榊係長は、
――訳が、
訳が分からない。
課長は、時任はさっきから何をいっている? 榊係長がインターポール? 係長が拳銃を隠し持っていたのか? ここは日本のはずだ。誰かが狂っているか、わたしが狂ってしまったかのいずれだ。
時任は相好を崩さずにいう。
「総員、身分秘匿やめ、身分秘匿やめ。実際。なおこの命令はオフタイム・ハイネケンに基づく。繰り返す、これはオフタイム・ハイネケンである」
一瞬だった。その一瞬で課員は全員、銃を抜いた。
彼らは銃口をあちこちへと向けるさなか、わたしはだれかの汗がリノリウムの床に落ちた音も聞こえたし、常にではないが、わたしへ向けられる銃口も一つや二つではなかった。この銃は、弾を飛び出させ、わたしの身体にいくつもの穴を空けるためのものだろう。威嚇目的もあっただろうが、ひとに銃を向けるということは宣戦布告、敵意の表明に他ならない。
「藤井、さん――?」藤井は視線も射線も外さず、口をすぼめて浅い息をしている。お調子者の佐原や他の課員も、この狭い空間での膠着状態が少しの間だが続いた。それは時間にして三秒弱。しかし各員が一斉に射撃を開始すれば、立ったまま残れる者は一人とていないであろう時間。
時任が咳ばらいをしていった。
「
課員が銃をホルスターに納める音がいくつものため息とともに聞こえた。
「ま、待って下さい。さっきからなんなんです? 皆さん、な、お、おかしいですよ。なんのつもりか分かりませんが、仕事はしなくていいんですか? 皆さん、公務員じゃないんですか?」
「向井さん、落ち着いて。では、皆にも改めて状況を整理しよう。さあ、着席を」
トビアス――時任は席に着き、話し始めた。
「企画調査課——つまり言向司は戦後日本を発祥とする国際的なテロリズムに対抗する機関だ。特高と警察予備隊からGHQが選出した精鋭部隊が前身となっている。日本のほかにはイギリス、フランス、南北線国、南アフリカに設置されている――国籍に関係なく、この五か所には肌の色だけで割り振られているというわけだ。
当初の設立の目的はGHQの補佐だったが、サンフランシスコ平和条約の発効ののちは、GHQの残留組によって世界各国にある諜報機関のサポート、ならびにエージェント養成へとシフトした。大元である宮内庁の企画調査課では、末端のエージェントではなく、各組織の指導的なポストにある人間への訓練、これに特化している。都合上、お互いにただの公務員だと信じ込ませてもらった。まあ、そうしたわけで向井さん、心臓には悪かっただろうが、われわれは心より君を歓迎するよ」
「そ、そんなこと急にいわれたって――わたし、ただ賞勲局に二年とちょっといただけなのに、なんで、なんでスパイなんかに――」
「おいおい、なに今さらいってんだよ、向井。記憶力も適応力も、何もかも秀でてるじゃねえか。さっきのプラン、波風立てたがらない日本人的にはイレギュラーかもしれんがな、世界的にみると、まあ、いい線いってたぜ」
「係長――藤井さんも、佐原さんも皆、言向司とは関係なかったんです? あ、あは――わたし、今までそれなりに公務員として頑張ってたのに、なんですか、もう。ちょっと、いきなりすぎます」
吐き気とめまいを感じたわたしは、自分の椅子に座り両手でこめかみを押さえる。「もう、なんだってこんな目に――」
「――おい、ねえちゃんよ。たしかに時任――トビアスやおれたちは、お互いに騙しあってた事になる。だがな、諜報機関での情報戦ではとにかく『知らないこと』こそ重要なんだ。知っていること、持ってる情報が多ければ多いほど活動中のリスクは高まる。残念ながら諜報員本人のためじゃねえ。情報管理が徹底されていればいるほど、各個人の知識量は偏向する。つまり、拷問への耐性だ――まあ、びくつく必要はない。でっち上げで吐いたところで、そんな浅い自白はすぐに『虚偽』の判定が出るからな、最近のコンピュータ主体の尋問なら」
呆気に取られ、わたしは吐くか、泣き出しそうだった。なに、なんなの、この榊係長。悪い夢みたい。だってこんなに楽しそうな係長、初めてみるもの。そうだ、これは夢に違いない。悪夢だ。
「そんなにしょげるなよ、向井。おれは向井のプランでいいと思うぜ、小田の件に関してはな。クックックッ――こりゃ楽しくなりそうだ」
「さ、榊係長、本当にインターポールの――?」
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