伝説の孫 ~勇者の子孫は血統チートの力を信じてがんばります~
右目
第1話 エンマちゃん登場
「馬鹿野郎! 味噌なんかよりしょうゆラーメンが一番なんだよ!」
ガチャンと音を立ててテーブルが揺れる。ラーメン屋の店内がざわついた。
「その喧嘩ちょっと待った!」
おたがいの胸ぐらを掴み合っているふたりの間へと無理矢理に割って入る。
「出来たてのラーメンを食べる。このまま喧嘩を続ける。どっちがいいですか?」
鬼のような形相だったふたりは俺を見るやいなや途端にえびす顔になった。ふたりとも気の良いおじいさんたちだと俺は知っている。おおかた空腹で苛立っていたのだろう。
「孫太郎~ごめんよ~」
「いいんですよ。お待たせしました」
申し訳なさそうにする彼らの前に出来たてのラーメンを並べる。
「うちのラーメンはしょうゆも味噌も一番ですよ!」
「その通ぉーり!」
厨房から大きな声が聞こえる。もしも店長が仲裁していたらふたりとも無事には済まなかったろう。おいしそうにラーメンを食べるふたりを見てほっとする。
「よくやった孫太郎。それにしてもおまえ、やたらとジジイババアに好かれるな」
カウンター内へと戻ると店長が言った。店長は荒っぽいがラーメンの腕は確かだ。良い人なのだがちょっと間の抜けた一面もある。店の名前は『らめーん』だ。
ここでバイトさせてもらってから早一ヶ月が過ぎた。食費が浮くからと選んだバイトだったが店長は気持ちの良い人だし、常連さんも俺のことをかわいがってくれている。特に年配の方々は自分の孫みたいに接してくれている。やたらと飴をくれるし引換券やら無料券なんかもくれることがある。
「気の早い話だが孫太郎になら店を譲っても良いくらいだぜ。なんなら俺の息子になるか?」
そう言って店長は笑う。
俺に両親はいない。もちろん祖父母もいない。ものごころついた頃からそうなので特に悲観はしていないが、冗談とわかっていても店長の一言が嬉しく思えた。
「そんなこと言ってると親父って呼びますよ」
「親父か、パパとか言ったらどうしようかと思ったぜ」
店長がおおげさに肩をすくめた。
ふと店内を見渡すとカウンターの端っこで黙々とラーメンを食べている白髪の少女が目についた。ド派手な髪色。いまの流行りなんだろうか。
その髪色もさることながら顔はさらに人間離れした美少女だった。身長をみると小学生……いや中学生くらいだろうか。しかしそのどちらでもない。まるで年齢を感じさせない不思議な雰囲気をまとっていた。
少女はスープまでたいらげ満足そうな笑顔を見せた。ごちそうさまといった感じで手を合わせるとそのまま席を立ち、すたすたと店外に向かっていった。
「ありがとうございましたー。お会計こちらでーす」
少女をレジに案内する。会計を伝えてもお金が出てこない。
「お金……持っておらん……」
バツが悪そうな顔で少女が言った。ははん、財布を忘れちゃったんだな。おっちょこちょい。仕方ないな。ここは俺が奢って穏便に済ませよう。
「今日は俺が出すから次はお金持ってきてね」
そう小声で言ってレジを開けて、閉める。
「また食べにきてもいいかのう……」
もちろんですと答えると少女は満足そうな笑顔をみせた。俺も笑顔で返した。
「ありがとうござい……」
ガシャーン!
元気なあいさつで少女を送り出そうとしたそのとき、急に店のドアが割れた。
ドアを突き破って入店してきたお客さんは人ならざる者だった。
「いらっしゃい……ませ……」
それにはツノがあった。血走った目をして、よだれを垂らしている。腕をだらんとさせて肩で息をしている。人間でないことは確かだし、ラーメン大好きお腹ぺこぺこって感じでは説明できない様子だ。
店内は沈黙していた。それの発するアーとかウーとかそんな声だけが聞こえる。
「お、鬼……?」
とっさに出た言葉だがそれを形容するにはこの言葉しかないくらいだ。
その言葉を聞いてか聞かずか、鬼は俺の目の前の少女へと向かって飛びかかってきた。
「危ない!」
声が先か身体が先か、俺は少女を抱きかかえて横に飛んだ。
そのまま鬼は店内のテーブルに向かって勢いよく突っ込んだ。
ラーメンが、すなわちメンマが、チャーシューが、麺が、そしてスープが宙に舞った。テーブルは破壊されてお客さんは店の奥に固まって身を寄せ合っている。
「うおおおてめえ何しやがる!!!」
店長が吠えながらどんぶりをぶん投げる。鬼はそのどんぶりを無視してまだ無事なテーブルへとダイブする。ラーメンと餃子とビールが宙を舞った。
「調子に乗りおって……」
顔の下から声が聞こえた。少女を抱きかかえたままだと気付いて慌てて手を離した。
「ああ、ごめんな。大丈夫?」
「大丈夫に決まっておる!」
少女は大声で答えると仁王立ちして鬼に向かって言い放った。
「ざっこ! ざーこ、ざーこッ!」
「うわ、バカ! なんで挑発するんだよ!」
慌てて口を塞ごうとするがもう手遅れ。鬼は少女のほうを向いてじりじり近づいてくる。
「ワシはバカではない! 雑魚鬼がバカなんじゃ!」
ああ、なんか怖いよこの子おっかないよ。鬼より怖いんじゃないかと思ったが気のせいだと思いたい。
少女はそのままバカバカ言いながら店外へ出て行った。それを追いかけて鬼も駆けだした。 これは俺も追いかけたほうが良いんだろうか。良いよな。そうだよな絶対そうだ追いかけよう。
鬼と少女は無駄にだだっ広い駐車場で対峙している。
鬼があの調子で暴れ回られても店がメチャクチャになるわけで、外に連れ出したことは良い判断だと思う。しかし、この少女には勝算があるというのだろうが。
そんな俺の不安な視線を察したのか、少女が口を開いた。
「これ、孫ォ! おろおろするでない!」
「は、はいッ!」
謎の迫力に大声で返事してしまう。ごくりと生唾を飲むとかすれた喉に痛みを感じた。
そんな俺とは対照的に少女は自信に満ちた表情でニヤリと笑う。腰に両手をあてふんぞり返った姿勢のまま言い放った。
「変身じゃ!」
そんなバカな。
だがしかし、実際にその変身は成された。本当のことだ。
人間の成長過程をハイスピードで見せられたように少女は一瞬でバカでかい女へと変身したのだ。身体にあわせて伸びたのか、白い髪が弧を描くようになびいている。
その白い髪の根元から2本のツノが突き出ていた。
勢いよくかぶりを振る。振られた頭につられて長い髪が舞う。その怪しい動きに視線が奪われている間に、いつの間にか半身の構えになり右手を引いた状態になっていた。
その雰囲気に気圧されているのか鬼もじっと見つめたまま警戒している。どうなっちゃうんだ。息をすることを忘れて見入っていた。
ふたたび俺が呼吸をはじめた瞬間に閃光が走った。落雷だった。
遅れてズドンと大きな音。拳を振り落とすと同時に雷が落ちた。
駐車場のアスファルトが粉々に飛び散り、鬼が炭のように煙をあげながら消えていく。
パンチだとかそういう次元じゃ説明できない一撃だった。
振り下ろした腕を戻す。すると同時にその身体がみるみる縮んでいった。それにあわせてツノと髪も短くなっていく。そして元の姿を超えてさらに縮んでいく。小学生と言っても差し支えない程の大きさで縮小は止まった。
「ありゃ、孫が見てると思ってちょっと張り切り過ぎたわい」
俺はただ棒立ちでボケっと眺めているしかない。
「どうじゃった? スゴかろう? カッコよかろう?」
ずいずい迫ってくる少女にどう言ったものかと考えたが思いつかない。とりあえず賛同しておけばよかろうと何度も頭を振ってみせた。
「うんうん、そうじゃろ。そうじゃろう」
腕を組んで満足そうにうなずいている姿をみてほっと胸をなで下ろす。
それにしてもこの少女はそもそも人間なんだろうか。その前にお互いの名前すらも知らないのに。
「あの、俺は孫太郎っていいます。吉備孫太郎です。あなたはどなたでしょうか……」
こんな聞き方で怒らせないだろうか。あと韻を踏んでしまった。
「よく聞いてくれたのォ! ワシはエンマ。エンマ・DIE・オーじゃ! エンマちゃんと呼んでよいぞ!!!」
「そんなバカな」
思わず口をついて本音が出てしまった。
「バカじゃないわ! それになぁ……聞いて驚くなよ~」
ちょっと待って欲しい。頭の情報が追いつかないのでちょっと待って欲しい。しかしそんなことはお構いなしでエンマ様は続ける。
「なんと! ワシは『鬼』なのじゃ!」
「え!!! すごい!!!」
間髪入れずに答えられた。おまけにおおげさに反り返ってみせた。エンマ様も鼻高々といった様子で満足そうだ。
それは良いんだがまた新たな疑問が沸いてきた。
「あれ……じゃあさっき倒したのってなんだったんだ……」
「さっきのも鬼じゃ! 雑魚鬼じゃ! ややこしいから説明せんがワシら鬼とはまた別のものじゃ」
なるほど、たしかにエンマ様とは会話できている。雑魚鬼はそもそも言葉が通じるとか通じないとか、そういうレベルじゃなかったもんな。段々と今までの出来事がわかってきたぞ。
「それでエンマ様はなにをしに来たんですか?」
「エ・ン・マ・ち・ゃ・ん!」
小学生サイズなので凄まれてもそんなに怖くないのだが。嘘。やっぱり怖いのでエンマ様と呼ぶ。
「それで一体どういう理由で来たんですか。ラーメンを食べに来ただけどか……?」
そんなわけないか。自分で言っておいてなんだがバカだな。
「うむ、それもある」
「あるんかい!」
「じゃが一番の目的は鬼退治じゃ!」
「ああ、やっぱり! いや、ほんと助かりましたよ。あのまま鬼が暴れ続けたら店が爆発してたかもしれないっすよ。いやぁ、すごいなぁ立派だなぁ」
良い鬼ってのもいたもんだな。本心で関心していた。韻を踏んでしまった。
エンマ様もニコニコ顔で満足そうだ。このまま終わればめでたしめでたしだったんだがエンマ様はそうそう甘くなかった。
「そんで、じゃ。吉備孫太郎よ」
エンマ様が顔を近づけてきてドキリとした。
「はい……?」
そのまま至近距離から力強く言い放つ。
「これからはおまえが鬼退治じゃ!!!」
「そんなバカな!!!」
心の声が漏れてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます