相棒から見る、宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(古い端末の中身編)

     ◆


 惑星イリュージャのジャンク屋は比較的、まともな品揃えだった。

 俺としてはマルチレプリカントを二十個ばかり欲しかったのと、反発ラダーの整備に必要なネイキッドチューナーだけは、どうしても手に入れたい気持ちだった。

 運良く、両方とも在庫があり、それどころか充実しているその店の在庫をいいことに、だいぶ買い物をした。

「へい、テクトロン、こいつはおまけだ」

 店主の、腕が四本あるバルナ人の老人が、古びた装置をよこした。

「スマートフォンか? 何かと交換できる部品が内蔵されているとも思えんが」

 そういう俺に、おまけだよ、と店主は笑みを深くする。

 支払いを一括の即払いで済ませて、俺はコンテナをサイレント・ヘルメスに運んだ。その時には我が相棒はすでに次の仕事を取り付けたようだ。そういうところは抜かりない。運び屋は、荷物あっての運び屋で、荷物がない運び屋は無職同然だ。

 俺はヘルメスに、ハルカの奴が手に入れた仕事のコンテナを運び込み、貨物室に固定した。今度こそは変な仕掛けもないだろう。

 船は相棒が飛ばすので、俺は自分で手に入れたジャンク品の入ったコンテナから、物置の棚に部品の山を配置していった。よしよし、これでだいぶ余裕ができた。暇を見て、修繕していけばいい。

 最後に残ったのは手のひらに収まりそうなスマートフォンと呼ばれていた端末で、すでに画面は故障している。記憶装置も怪しいだろう。

 リビングスペースへ移動し、俺はその小型端末を、現代的な電子端末に接続した。

 正確には、しようとしたが、すぐには端子の規格が合わなかった。一度、寝室に戻り、自分のベッドの上の段にあるパーツケースから、変換コネクタを選び出し、リビングスペースに戻ってやっとスマートフォンと電子端末を接続できた。

 実に一〇〇年前の規格なので、変換コネクタ自体も古く、俺のコレクションにたまたまあった、と言うしかない。

 スマートフォンの中に入っているデータは極端に少ないように見えた。

 ただ、よく容量を見てみれば、一〇〇年前の容量としては一般的なようだし、現代を生きる俺の感覚と齟齬があるだけだ。

 データはそれぞれ、地球の言語で書かれているので翻訳機を通した。

 日記のようなもの、航路図らしきもの。これは相棒が好きそうな感じだ。

 俺の興味があるのは、映画、映像、音楽、音声、そんなところだ。

 サングラスと電子端末をペアリングさせ、電子端末を通してサングラスから音を出す。このサングラスの耳にかかる部分が、直接、鼓膜に音を伝えるので、音漏れなどはない。

 電子端末には、スマートフォンの中にある音楽データを再生している、という表示が出ていた。

 しかし無音。データが壊れているらしい。

 そこへちょうど、船を自動操縦にした相棒がやってきたので、俺は日記と航路図を押し付けた。最初こそ嫌そうにしていたが、相棒は急にやる気を出したようで、黙り込み、電子端末に集中し始めた。

 その辺りはさすがにユークリッド人だけあって、集中力は並大抵ではない。

 俺は俺で、音楽を確認していく。

 プレイリストが作られていて、そのタイトルは「HR/HM」となっていて、それは俺には馴染み深い。

 数百年前からある、ロックミュージックの源流だ。一〇〇年前にももちろんある。

 唐突に音が耳元でなり、重低音が暴れ始める。

 そうそう、これだ。これがHRだよな。

 ドラムの連打と、ギターの唸るような音からの叫び声のような音、ベースの安定感のある低音。

 ヴォーカルは叫ぶようで、しかし何を言っているかわからない。

 俺は電子端末で、音声を解析して現代語訳するソフトを起動したが、それでも追いつかない。古すぎて音が割れているせいもあるし、そもそも言語が古すぎて自動翻訳の対象を外れている可能性もある。

 ただ、歌手名と曲名はわかる。

 AC/DCという歌手かバンドが歌う、「HIGH VOLTAGE」という曲らしい。

 なかなかいい音をしている。雰囲気しかわからないが、音楽は雰囲気が大事だ。

 俺は音楽を聞く趣味はあっても、演奏する趣味はない。習わなかった、というのもあるが、聞くだけの方が楽だし、自分で理想の音を生み出したいというほどの向上心もない。

 それよりは古今の音楽を横断して、自分の好みを見つけたり、新しい興味の対象と遭遇した時の方が、楽しいし、興奮する。

 しばらく音楽を聞きながら、スマートフォンの中身の懐かしいメロディを確認していった。

 映画もあるが、こちらはさすがにデータの破損がひどく、閲覧できないようだ。ただ、タイトルは何度か見たことのあるもので、もしデータが正常に保存されていれば、収集家の垂涎の的のはずだ。

 別に誰かに買い取らせたりする気もないが、俺はデータ修復ソフトを起動して、映画データの一つを選んで、自動修復を実行してみた。

 映画のタイトルは「プライベート・ライアン」。地球という惑星の、大昔の、原始的な戦争を描いた映画で、超の上に超のつくレトロフィルムとして、有名だ。

 俺も現代語版を見たことがある。つまりは吹き替えで見たのだが、原始人じみた地球人類が、現代的な言葉をしゃべるので、ものすごいちぐはぐさに、笑いそうになった。真剣に見れないほど、滑稽なのだ。

 そのあたりに、現代の映画評論家の中でも、レトロフィルムの専門家が嘆く、言語の違い、という要素がある。

 音楽でもそうだが、言語が違ってしまうと、元々の作品との乖離が極端に激しくなり、言語が根本的に違うと、それはもう不自然なコント以外の何物でもない。

 だから俺は「プレイベート・ライアン」を現代語の字幕で見直したわけだが、今度は当時の地球人類の文化がわからず、ちんぷんかんぷんだった。

 こうして文化というものは変質し、忘れ去られるのだな、と思ったものだ。

 電子端末の画面の中では、修復プログラムは十分で一パーセントずつ、健気にデータを修復している。これは長丁場になりそうだ。

 相棒の方を見ると、盛んに電子端末を操作している。何かを発見したんだろう。手の動きからするとメモ書きか、計算をしているようだった。

 俺は邪魔しないように席を立ち、キッチンでコーヒーを作った。匂いが漂ったはずだが、相棒は目の前の作業に没頭している。俺は音も立てず、黙ってコーヒーをすすった。

 スマートフォン一台の中に、まるで時代が一つ、封じ込められているような気がする。

 誰のスマートフォンかは知らないが、まさか一〇〇年後に、こうして見ず知らずの人間に中身を見られているとは、当時の持ち主は想像もしていないだろう。

 耳元では、その誰かが聞いていたHRがまだ流れている。

 時代は変わる。世界も変わる。

 それでも変わらないものもある。

 文化は変わるのか、変わらないのか、それが議論されるし、結論は人の数ほどあるだろう。

 ただ、文化を世界と置き換えれば、世界は変わらないと言える。

 変わるのは人だし、それは変わるというより、忘れたり、捨てたりして、別の何かを紡ぎ出したり、拾い上げたりしているだけだ。

 一〇〇年前の音楽愛好家と話をできないものが今の世界にいる人間の大半だとしても、俺はきっと、楽しく話ができるだろう。

 それは俺が、一〇〇年前の文化に興味を持って、それに関する知識や、もっと根本的な、接してみる、という選択をしているからだ。

 忘れなかった、というより、気になった、という消極的な出発点ではあるが、それが事実だ。

 コーヒーを一杯、飲んでから、相棒の分も作るつもりになった。ほとんどコーヒーとも言えない、どろりとした液体を作って持っていくと、ちょうど奴がため息を吐いた。集中から一時、意識を浮き上がらせる時のサインだと、俺はよく知っている。

 コーヒーを突き出してやると、眼鏡の奥の瞳に驚きが走るが、すぐに憮然としたものになり、マグカップを受け取った。

 直後、急に奴が電子端末をいじり、笑い声をあげたのには、俺は不審がるしかない。

 しかし相棒は結論を口にしなかった。すでに数時間をその端末に没頭しているのに、何がそんなに気になるのか、マグカップ片手に、また電子端末に没頭し始める。

 俺の電子端末の中では、レトロフィルムのデータが着々と修繕されている。まだ半分にも達しないが、順調だ。

 じっとその進捗を眺めているのも時間の無駄なので、俺はテーブルの上にスペースを作り、ジャンク品を修繕することにした。

 マルチレプリカントを修繕するのはテクニックが必要で、針のような工具と、サングラスの拡大機能で、やっとどうにかなる。細かい作業なので、自然と集中し、時間を忘れた。

 四つを終えて、顔を上げると、不意に集中がどこかに消えて、肩と首が凝って、目の奥が痛むのがわかった。

 サングラスを外して目元をもみほぐす時、不意に音楽が消えたので、そうか、サングラスは音楽を流しっぱなしだった、と気づいた。

 意外にHRもいい作用があるんじゃないだろうか。集中力を底上げするとか。

 サングラスをかけ直す時、チラッと目をやると、ソファにもたれるようにして、相棒はじっと電子端末を睨みつけ、目を細めている。

 ユークリッド人の計算能力は、コンピュータより早いなどと言われるほど、際立つものがある。

 今の相棒の目付きなど、まさにそんな感じだ。

 俺は工具をそっとテーブルに置いて、「食事はどうする?」と声をかけた。俺たちはどちらかが気が向いた時に料理をするが、大半が俺の仕事になっている。

 今回も特に気にした様子もなく、「イエローポタージュにグリーントマト麺」と相棒は電子端末から顔を上げずに、心ここに在らずそのもので応じた。

 俺はそっと席を立つ前に、自分の電子端末を見た。

 修復は半分に達している。

 これはどうなるか、楽しみだ。

 俺はキッチンで相棒のリクエスト通りの料理を用意し始めた。

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