相棒から見る、宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(奈落の淵を駆け抜ける編)
唐突に警報が鳴り響くのと同時に、強烈な衝撃があった。
俺はリビングスペースで例のごとく機械部品をいじっていた。
船内の明かりが赤に変わっていたが、すぐに通常に戻ったので、致命的な事故ではないのだろう。それでも俺が仕事をしなくちゃいけない事態ではある。
操縦室に顔を出すと、ハルカがパネルを次々と操作していたのが、苦々しげにこちらに顔を向ける。
奴の眼鏡の向こうの瞳が、何かを咎めるような光り方をしているが、俺も似たような顔だろう。
「補助スラスターが一つ、停止している。ツインスイッチャーを変えた奴だよ」
「七番だったよな」
「その通り。例の問題児だ」
副操縦士席に座り、俺も端末といくつかのモニターで船の様子をチェックした。
わかったことは、第七スラスターの停止による、準光速航行の中断だということくらいだ。もしエクスプレス航路だったら罰金ものだが、ここは自由航路の更に間道だ。
サイレント・ヘルメスは緩慢に漂流しており、それは緊急時の設定である。
今のままでも先へ進むことはできるが、準光速航行は無理だ。安全が保証出来ない。
「俺が修理してくるから、航路の計算でもしておけ」
俺がそういうと、任せた、と眉間にしわを寄せて、ハルカは操縦士席に座り直す。
「エネルギーを切っておけよ。俺が吹き飛ぶ」
無意識に指摘すると、無言のまま、ハルカがキーを捻る。かすかにしていた駆動音が停止したのが分かった。主機関が停止したのを、俺は念のために操縦士席の前のパネルを覗き込んで確認した。
さすがに大エネルギーの直撃で、弾け飛びたくはない。ちゃんと電源は落ちているようだ。
俺は通路に出て、物置から交換するためのツインスイッチャーと、工具の入ったケースを持ってきた。
貨物室の手前の壁からラックを引っ張り出し、船外活動服に着替える。簡便化されていて、ちょっとした作業着みたいなものだ。
ヘルメットをかぶり、気密を確認してから床の蓋を開いて、エアロックへ降りた。
すぐに減圧され、蓋が開くとその先は宇宙空間だ。
一体型のブーツの靴底の磁石で、歩くようにヘルメスの装甲の上を進む。
第七スラスターにはすぐにたどり着いた。
工具のケースを開け、さっさと第七スラスターのパネルを外し、それがどこかに漂っていかないように、小さな金具で装甲に固定しておく。部品を保持や固定するのにワイヤーなどを使うと体に絡まる事故が起こることがある。
ツインスイッチャーを取り出すまで、三つの部品を取り出す必要があり、その三つがなくなると、その向こうにはうっすらと黒くなっているツインスイッチャーがある。
これはもう修繕不可能だろう。在庫が一つ減るのは、気が重い。
くだらないイタズラで干し肉など買わず、部品を買えばよかった。
両手を狭い空間に入れ、ツインスイッチャーを外した。面倒なので、それは遠くへ投げておく。無重力なので、まっすぐに宙を横切り、そのまま部品は暗黒の虚空へ消えていった。
新しい、と言っても俺が修繕した部品を押し込み、例の如くコテで接続してやる。
次はテスターを差し込み、具合を確認する。低出力のエネルギーから始めてみるが、一定の出力を超えると反応にブレがある。テスターが表示する数値が頻繁にゼロになる。
接続自体は問題ないはずだが、交換した部品に不具合があると、厄介だな。
全く意味がないことだが、軽く拳で叩いてやる。
それからテスターを接続し、試験出力のエネルギーを流す。
いきなり光が瞬き、思わず声を漏らしていた。
電流がヘルメスの装甲すれすれに走り、反発ラダーの一つに衝突すると、そのまま拡散していった。
危なかった。あの電流が直撃していたら、気を失っただろう。もしかしたら腕の一本でも吹っ飛んだかもしれない。
サイレント・ヘルメスも他の宇宙船と同様、こういう事故の対策として電流が逃げる道筋が装甲に作ってある。反発ラダーへ走って行ったのは、想定通りだ。
もう一度、テスターを第七スラスターに当てて、様子を確認。機能するが、本来的な出力は危険だろう。仕方なく、細工するしかない。第七スラスターを安定する出力しか出ないようにハード面で抑制する。
他の外していた部品を元どおりに戻し、腰に接続してある小型端末でソフト面でチェック。問題ない。他の七つのスラスターは、操縦室で加減すればいい。
念のために、と反発ラダーに歩み寄り、小型端末と有線で接続する。
なんてこった。
先ほどの電流が気になったわけだが、嫌な予感が現実になっている。
小型端末に表示される波形が時折、途切れる。どこかに不具合があるのだろうが、反発ラダーはさっきのように宇宙空間で解体できる構造じゃない。それに今の反応だと、交換するよりない、と思う。
反発ラダーは三つある。二つでも航行は可能だ。ただ、極端に不安定にはなる。
どうしようもないので、俺は工具ケースを手にエアロックへ戻り、さっさと操縦室へ戻った。
反発ラダーのことを話すと、ハルカはいつにも増して不機嫌そうだが、動じてはいないようだった。
ブランクブルーという指定組織の仕事、クリスタルの密輸は期限が切ってある。密売する関係もあって、ギャングどもは極端にスケジュールに厳しい側面があった。
今回の仕事は失敗だろうと思っていた。また確執のある組織が一つ増えると俺は思ったのだが、ハルカは新しい航路を見つけていた。
クリーディ星系への本来の航路では巧妙に回避されている、一つの巨大恒星の至近をすり抜けて、しかもその強力すぎる引力を利用して最短距離を行こうというのだ。
ハルカの計算力はよく知っているが、どう考えても命がけだ。
ついでにヘルメスは反発ラダーの一つがうまく機能していない。
それさえもハルカは計算するし、補正するだろうが、この男は何事も、できないとは決して思わない。それがいいように作用するときもあれば、悪い方へ作用するときもある。
自信家だが、まれに足元をすくわれる。
迂闊なのだ。
そこまで考えていながら、この相棒に自分の命さえ委ねるのだから、俺もどこか、抜けているのかも知れない。
俺は副操縦士席に座り、船をハルカが計算した座標まで誘導し、奴はたいして躊躇いもせずに、準光速航行を始める。
ハルカはじっとそこにい続けるようだが、俺はとても見ていられず、リビングスペースへ移動した。食事をしたいが、いや、作業服の内側は汗みずくだから、それより先に、シャワーを浴びることにしよう。
次の瞬間には船ごと蒸発しているかもしれないのに、シャワーを浴びるとは、優雅なことじゃないか。
それでもシャワールームから出ても、ヘルメスは飛び続けていた。
いや、出た瞬間、一度、激しい揺れが来て、船内の明かりが赤に変わった。今度は赤から通常に戻ることがない。
どうとでもなれ。
リビングスペースへ移動し、キッチンから炭酸飲料を取り出した。どうしても、これが最後に口にするものと思えないあたり、俺も大概、ハルカを信用しているのだ。
俺をこうして相棒にしてくれている、という恩義を感じているのかもしれない。
ヘルメスは厄介な船だが、面白くはある。ハルカには決して言えないが、奴の思い切りの良さが、どこか清々しく感じることもある。
炭酸を飲み干す頃、船は間断なく激しく揺れ始めていた。
今頃、恒星すれすれを船は走っているんだろうか。
俺はリビングスペースのソファに横になり、天井を見ていた。
赤い光はやはり変わらない。
生きるか、死ぬか。
故郷のテクトロンのことが、ぼんやりと思い出された。
テクトロン人はその運動能力、馬力から、傭兵として生計を立てるものが多い。俺の両親も傭兵だった。戦場で出会ったという話だ。
俺も傭兵になるはずだったのが、俺は戦闘技能、格闘や射撃よりも、機械いじりが好きだった。
幼い頃、巨大なスタジアムで行われる国家傭兵団の新兵入団式を見たとき、何かが違うと思ったものだ。
あの中にいた歳の離れた従兄は、あっさりとどこかの惑星で、なんとかというギャングの私兵と戦闘になり、死んだ。
唐突に赤い光が通常に戻り、どうやら悪夢も終わったようだ。
今度はどこか緩慢な、変化のない夢になるとも言える。
ソファから起き上がって操縦室へ行くと、通常航行でスクリーンにはクリーディ星系が遠望できた。もう一度、準光速航行を経れば、期日には間に合いそうだ。
相棒と拳をぶつけ合った。
途端、船が一度、大きく揺れ、推進装置が緊急停止した。
パネルをチェックすれば、例の反発ラダーが完全に停止している。
恒星のそばを走った時、強烈な電磁波か何かが作用して致命傷になったんだろう。
相棒に二時間などと言われながら、俺はもう一度、作業服を着て外へ出た。
反発ラダーに小型端末を接続するが、反応がない。本当の故障、捨てるしかない。
クリーディ星系にある中継基地にリキッドクリスタルを届ければ、それでいくばくかのユニオは手に入る。それで反発ラダーを交換するしかない。でないと運び屋など続けられないだろう。
小型端末を操作しながら、俺はもう、反発ラダーを一基だけ積み替えるか、三基ともをまとめて交換するか、そんなことを考えていた。
結局、小型端末に反応は返ってこなかった。
一時間ほどで操縦室へ戻ると、ハルカは小型端末に何かを入力していた。どうせ、さっきまでの危険極まりない航路に関する記録だろう。
奴は正規航路でもなければ、間道でもない、未踏の道筋を常に探し続けている。
そもそもが闇組織の手先みたいな運び屋ではなく、冒険者気質なのだ。
そういうところも、悪くはないが。
「反発ラダーは交換だ」
こちらに気づいていない相棒の後頭部にそう声を投げかけてやると、肩が小さく震えたが、奴はこちらを見ないで答える。
「全部、交換する金はないぜ」
「俺もそんなことは期待しちゃいない。とにかく、目的地までは今のままだ。ギリギリ間に合うんだろう?」
俺の計算を当てにしやがって、と言いながら、ハルカは小型端末を脇に置くと、主機関の始動キーに手をかけた。
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