王宮中央への突入Ⅱ
「狙撃班、撃て」
兵士達が衝撃に備える中、対魔女狙撃銃は再び火を噴いた。2階で逃げ回る訳にもいかない哀れな魔女達は、たちまち複数の肉塊へと分解されたのであった。
「正面の敵は、粗方片付けたな」
「はい」
2階からは血が滴り落ちている。そこに見えるのは死体と魔法の残骸だけだ。
「しかし、我々の視界の外、つまり我々の真上に、少数ですが魔女がいるようです。狙撃銃では狙えません」
「その程度、問題ではない。機は熟した。全軍、前進しろ」
親衛隊は盾を押し出し、ゆっくりと進み始めた。
「上の魔女には牽制射撃を。動きを封じろ」
「はっ!」
彼らのすぐ真上で待ち構えていた魔女達に、対人徹甲弾の雨を浴びせる。敵が少数ならばこれで動きを封じることは可能だ。ヴェステンラント軍の攻撃はものともせず、ゲルマニア軍は着々と距離を詰める。既に敵の黒目が見えるくらいに近づいた。
「頃合だな。火炎放射器用意」
「はっ!」
地球で火炎放射器と言ったら人々が一般に想像する、歩兵が背中に背負って運用するそれ。こちらもまだ試作品であるが、ゲルマニア軍は人間一人で扱える程度にまで火炎放射器を小型化することに成功しているのだ。
10人ほどの兵士達が火炎放射器の銃口を魔導兵の陣地に向けた。
「火炎放射器、放て!」
その瞬間、両軍の視界は橙に覆い尽くされた。その姿を確認することする出来ないほどの炎がヴェステンラント兵を包み込んだのである。たちまち苦しみ悶える魔導兵達の叫び声が響き渡った。
「そのままだ。敵の声が途絶えるまで放ち続けろ」
「はっ」
まさに地獄絵図といったところ。敵の声が聞こえなくなるまで、火炎放射器は炎を吐き出し続けた。
「敵が逃げ出しました!」
「撃て。一人として逃がすな」
ヴェステンラント兵はすぐに戦意を喪失し、防衛線を放棄して敗走した。親衛隊は容赦なく、その背中に対人徹甲弾を浴びせる。逃げる敵の大半を殺すことには成功したが、それでも数十人に逃げられてしまったようだ。
「逃がしたか。まあいい。いずれ全て殺す」
「王族は捕虜にするようにと命令されていますが……」
「我が総統からの命令は絶対。無論、王族は殺しはしない」
この残虐な男はヒンケル総統の命令には何の疑いも持たずに服従する。戦略的な不都合はないのである。
○
「殿下、中央棟に敵軍が侵入しました。このままでは、ここが敵の手に落ちるのも時間の問題です」
赤公オーギュスタンに報告が入った。オーギュスタンがくつろいでいるこの部屋や七公会議の円卓、玉座の間など、ヴェステンラント合州国の中核たる施設が収まる区画にゲルマニア軍が次々と侵入しているのだ。
「そうか。予想通りだな」
しかしオーギュスタンは何も気にしていないようであった。こんな男が指揮を採っていて本当に大丈夫なのかと、その様子には誰もが不安を覚えざるを得ない。
「……お言葉ですが、何かお考えがあるのならお教えください。そうでなければ、私は殿下の更迭を、摂政殿下に提案しなければなりませんよ?」
「まあ待て。全ては私の作戦の内だ。何も問題はない」
「ですから、何が問題ないのか、きちんと説明して頂きたい」
「はあ……風情の分からん奴め。いいか? ノフペテン宮殿の大半の建物は、確かに物理的に連結されている。しかし防衛の上では、これらは外周の内周に分けられる。ゲルマニア軍が現在侵入しているのは外周だ。そして我々がいる内周区画は鉄壁の防衛線に守らられている。これをゲルマニアが落とすことは不可能なのだよ」
「そ、そうなのですか。初耳なんですが……まあいいです。それなら、そのことを兵士達に教えてください。大半の兵士はそんなことは知らないと思いますよ?」
「そうかそうか。ならば君がやってくれたまえ、セシル?」
「…………ええ、承知しました」
この程度のことも兵士達に秘密にしているのは流石に不合理だ。だが、そんなことを気にしていられる余裕のある者はここにはいなかった。
「さて……たった1万ではいくら強固な陣地とて長くは持つまいが、眠り姫は目覚めてくれるかな」
オーギュスタンは独りごちた。誰のことを言っているかと言えば、彼と同じく宮殿の中心部で一日中横たわっている陽の魔女レリアのことである。
○
レリア・ファン・ルミエール。陽公シモンの一人娘。そして陽の魔女。しかし生まれながらにして体が弱く、ほとんどの時間を宮殿の中で過ごした。
「メンゲレさん、敵が攻めてきています。もう一刻の猶予もありません」
「ええ、そうですな」
レリアの主治医メンゲレは、あえて平然と応えた。
「……メンゲレさん、知らん顔はしないでください」
「はて、私には何のことやら」
「私は戦います。ここまで来て逃げるなんて、論外です」
「……あなたは私などとは比べ物にならない高貴な方。あなたの決意を変えることは出来ません。主治医として一つだけ言えるとすれば、あなたの心が魔法の負荷に耐えられるとは、全く保障出来ないということです」
「それでも、私は戦います。私はレギオー級の魔女の一人なのですから」
「そうまで仰るのなら、どうぞご随意に」
シモンの居ぬ間に、レリアは覚悟を決めたのであった。
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