晴虎とクロエの会合

 クロエは数十名の武士が物々しく鎮座する晴虎の居室に入り、膝をついて頭を下げた。西方流の仕草である。


「お初にお目にかかります。私はヴェステンラント合州国が大公、――ブラン・エッダ・イズーナ・クロエです」

「我は上杉四郞源眞人晴虎。大八洲皇國が征夷大將軍である」


 晴虎の左右には真っ白な装束を纏った少女と真っ黒な装束を纏った少女が座っていた。


「どうぞよろしくお願いいたします」

「うむ」


 国家の実質的な指導者である晴虎と合州国の中の一部を仕切るだけのクロエでは、晴虎の方が圧倒的に格上である。そもそも大八洲の君主である治天下皇御孫命とヴェステンラント女王ですら、治天下皇御孫命の方が格上であると認識されているのだ。


「まずは頭を上げられよ」

「はい」


 西方の作法通りに膝をつく姿勢を保ちながら、クロエは頭を上げた。するとクスクスと笑う声が左右から聞こえてきた。


 大八洲の武士から見ればクロエは何の作法も知らない痴れ者にしか見えなかったのである。或いは白人への嫌悪、憎悪も混じっているのだろう。


「…………」

「――黙れ!」


 晴虎は叫んだ。一喝されて護衛の武士たちは黙り込んだ。


「申し訳ない。なれど、郷に入っては郷に従えと言う。本朝に来たのであれば、本朝のやり方に従うのが礼儀というものだ」

「と、言いますと……」

「そこらにいる者共のように足を組むのが本朝では普通だ」

「……分かりました。ご忠告、ありがとうございます」


 クロエはあぐらを組んで座りなおした。


「うむ。ところで、貴殿のことを何と呼ぶのがよろしいかな?」

「それはクロエでいいです。私も晴虎様とお呼びしてよろしいですか?」

「構わん、クロエ殿。皆、我をそう呼ぶ」

「ありがとうございます」

「それで、此度は一体何用で来たのだ?」


 晴虎の眼光が鋭くなった。ゆったりとくつろいでいるように見えるが、目だけは戦場を臨んでいるようだ。


「はい。単刀直入に言いましょう」

「――」

「我が国は今、大八洲と和議を結びたいと考えております。これは我が国の全ての大公、及び女王の了承したものです」


 東西で同時に全面戦争をしているヴェステンラント合州国は、そのどちらかを止めようと思っている。そこでゲルマニアか大八洲かを選ぶとなって、止めたいのはどちらかと言うと、劣勢に立たされている大八洲との戦争の方であった。


 大八洲との関係を白紙に戻したうえでゲルマニアを叩き潰し、その後に全力を投じて大八洲を叩き潰すというのがヴェステンラントの戦略である。


「ふむ。おおよそ予想はついていたが、訳を聞かせてくれるか?」

「我々にはそもそも争う理由はありません。互いの不幸な行き違いによって、互いに望まざる争いをしています。我々は今こそこの行き違いを解いて和を結び、平らかな東亞を築き上げるべきではないでしょうか?」


 綺麗ごとに綺麗ごとを重ねたような嘘っぱち。国家の公式見解とはどれもこのようなものである。


「なるほど。だがクロエ殿も分かっていないようだ。我らがヴェステンラントを征伐せんと欲したのは、ただヴェステンラントがエウロパの民を苦しめている為である。ヴェステンラントがエウロパより、ブリタンニアやルシタニアより手を引かない限り、我が戦を止めることはない」


 大八洲が宣戦を布告したのは、ヴェステンラントがエウロパを侵略しているからである。少なくとも公式には。


「ええ、そうでしたね。ですが、そもそも我らが何故にゲルマニアへ攻め込んだのかをご存じですか?」

「貴殿らの、土地や富への飽くなき欲が故だ」


 晴虎は凍えるような冷たい声で言った。


「そんなことはありません。我らは、ゲルマニアがダキアを不当に侵し、その民を苦しめていることを憂い、ゲルマニアを征伐しようとしたまでです」

「確かにゲルマニアは今、ダキアの民を苦しめている。が、そもそもゲルマニアとダキアでは、ダキアが最初にしかけたのではないか」

「それはゲルマニアが外交的にダキアを苦しめたからです。最初に攻撃をしかけたのはゲルマニアです」

「最初に弓を引いたものこそが悪だ」


 互いに戦争遂行の大義名分を確保する為、譲ることは出来ない。それ故、誰に責任があるかという議論は無意味だ。


「……どうやらこの点について妥協は出来ないようですね。しかしながら、この戦によって幾百万もの東亞の民が苦しんでいます。それを嘆かれるのならば、この千載一遇の好機を逃すべきではないのでは?」

「確かに、この戦は不毛だ」

「でしたら――」

「だが、我らが戦を止めたとて、ヴェステンラントこそが大勢の民を苦しめるのだろう? 真に平らかな世は、貴殿らヴェステンラントを東亞より追い落とさねば、成らぬ」


 ヴェステンラントが戦争と関係なしに有色人種への虐殺を行っていることは、晴虎も知っていた。そして晴虎は、民がそのように一人でも苦しんでいることを赦さない。


「……どうやら、とても分かり合えるようではありませんね」

「で、あるな。無為な時間を使わせてしまったことを詫びよう」

「勝手に来たのはこっちですよ」


 そんな感じで、和平交渉は全くの無駄骨に終わったのだった。

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