ブルークゼーレ基地

 その頃になっても、クロエとシュルヴィの戦いは続いていた。時間さえ稼げればいいクロエと、クロエの防御を破る手段を持たないシュルヴィ。雌雄が決せられることはまずない。


 が、終わりの時はやってくる。


「――あん? 何だ、ハインリヒ?」

「おや」

「――チッ。撤退だってさ。あんたを殺せなくて残念だ」

「あ、そうですか」


 クロエは興味なさげに答えた。シュルヴィはブルークゼーレ基地の方へと飛び去って行った。


「では、私も進軍と行きますか」


 クロエも軍勢に加わり、ブルークゼーレ基地へと進む。


 ○


 ACU2310 3/19 アルル王国 ブルークゼーレ基地


「ジークリンデ君、君はどうして赤の魔女が暴れまわっているのを止めなかったのだね?」


 ザイス=インクヴァルト司令官は少々声を荒らげてオステルマンを問い詰めた。


 オステルマン師団長がノエルを放置したせいで最終防衛線は突破されてしまった。現在ヴェステンラント軍が急速に接近中だ。


「い、いや、そう聞かれましても……」


 オステルマン師団長は答えに窮した、何せ、魔法を使って暴れまわっている間の記憶は彼女にはないのである。


 そんな様子を暫し見物すると、ザイス=インクヴァルト司令官は不意に不敵な笑みを浮かべた。


「君の事情は把握している。君が何も答えられない理由もだ」

「……でしたら何故?」

「単にからかいたかっただけだ」

「人が悪い……」


 実際、ジークリンデ・フォン・オステルマンがシュルヴィ・オステルマン(自称)を制御することは、今のところ不可能だ。これについては猛獣を投げ込んでみるみたいなものなのである。一応敵味方の識別くらいは出来るが。


「しかし、記憶がないとは言え、私の過失によってこのような事態を……」

「それについては心配することはない。記録上、君は第18師団を率いて撤退戦の指揮をしていただけだ」

「――ありがとうございます」


 公式にはそんなことはなかったことになっている。処分などは特に検討もさてていない。


「何、案ずることはない。私の策がこの程度で尽きたとでも?」

「さ、流石ですね、閣下」


 ○


 ACU2310 3/19 ブルークゼーレ基地正面


「前方に塹壕が見えます」


 腹に包帯を巻いて辛うじて立っているゲルタは、ノエルに報告した。


「基地もガチガチに固めてたってことか……」


 ここまで来ればすぐに落ちると思っていたブルークゼーレ基地が、いざ来てみれば鉄壁の要塞になっていた。


 基地の外周は完全に塹壕と城壁で囲まれ、対空機関砲などの重装備がずらりと並べられている。まるで針鼠のようだ。


「正面から突っ込んだら、ロクなことにならないねえ……」

「今度も同じ方法では落とせないのでしょうか?」

「火攻めかい?」

「はい」


 先日のノエルの単独行動は、特に事前の仕込みが必要な訳ではない。その場でやれるものではあるが――


「空は無理そうだからなあ……」

「そうなのですか……?」

「まあ、そこら辺はすぐに分かるさ」

「?」


 ノエルがそう言うと、すぐに魔導通信機に着信が入った。クロエからの通信である。


「どうだった、姉貴?」

『近寄ってみましたが、対空砲が多く、空から攻めるのは無理そうですね』

「了解。ありがと」

『白の魔女の得意分野ですから』


 合州国で、それどころか世界でも最も弾丸に強い魔女がそう判断したのだ。魔法の才では彼女に到底敵わないゲルタでは、ノエルを守り切ることなど不可能である。


「無理、ですね……」

「ああ。となると――」

「再び坑道戦術ということになりますか……」

「ああ。だが、時間がかかり過ぎる」


 基地の中まで掘るとして、最低でも2週間はかかる。まあ、それでも魔法を使わないで掘るのと比べれば圧倒的に早いのだが。


「強攻はしたくないし……やっぱりここは姉貴に任せるか」


 ノエルはさっぱりと諦めた。


「え、あ、はい」

「どうした? 最初からこういう作戦だったろ?」

「あ、そうでしたね」


 本来ノエルはブルークゼーレ基地を通りすらしない予定だった。ここに立ち寄っているのは、速攻でブルークゼーレ基地を落とせればゲルマニア軍の士気への影響も甚大だと考えられたからである。


 だが、ヴェステンラント軍の総力を結集してもそう簡単に落とせそうな様子ではない。となればここにノエルが留まる理由もない。


 ノエルはクロエに通信を繋いだ。


「――ていう訳なんだけど、姉貴に任せてもいいか?」

『ええ。最初からそういう計画ですから。地道に穴を掘りますよ』

「悪いね。じゃ、私たちは予定通り、ブルグンテンに侵攻する」

『ええ。頑張ってください』


 やもすれば戦争を終わらせられるかもしれない好機が訪れているというのに、ノエルもクロエも冷静であった。ノエルはいつもうるさいが、別に現実が見えていない訳ではない。


「まずは包囲を完成させて、その後で進軍だ」

「了解しました」


 クロエは軍を薄く展開し、ブルークゼーレ基地を白の国だけで包囲する。それが完成し次第、ノエルは騎兵を率いて侵攻を開始する。


 ○


「よし。揃ったな」


 騎兵、およそ12,000。整然と並んだ全員が鎧を赤く染めている。これほどの騎兵が結集して動くのは他に類を見ないものだ。


「目標、神聖ゲルマニア帝国、帝都ブルグンテン。進め!!」

「「「おう!!!」」」


 蹄の音が鳴り響く。兵士は濁流の様相を為す。


 彼女らはゲルマニア領の奥深くへと突き進んでいった。これが戦争の終わりを告げるのかは、まだ誰にも分からない。

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