陰謀
ACU2309 3/20
「やあ、久しぶりだね」
シグルズはだだっ広い草原に寝転んでいて、聞き覚えのある声に起こされた。
「あ、大天使さん」
「そう。かれこれ16年くらい会ってない訳だけど、よく覚えていてくれたね」
「まあ、そりゃそうですよ」
転生の案内役という圧倒的な印象を持った相手を忘れられる筈がない。この好青年を忘れることは一生ないだろう。
「それで、何か御用ですか?」
「そうだね。特に用事はないんだけど、君に最近の調子を聞きたかったんだ」
「調子……ですか」
「そう」
――そのくらいは知っているのでは?
大天使というくらいだから、地上の様子くらい何でも知っているのではなかろうか。それとも何か事情があるのだろうか。
「あの、僕にわざわざ尋ねる理由は?」
「理由? それは、僕が地上の様子を直接見ることが出来ないからだよ」
「そう、なんですか?」
そうなると、この世界について色々と説明してくれたことの説明がつかない。一体どういうからくりなのだろうか。
「ああ。僕は他の大天使から地上の様子を聞くことしか出来ないんだ」
「他にも大天使がいるんですか?」
「うん。まあ、実は僕を含めて3人しかいないんだけどね」
「因みに名前は?」
「ガブリエルとミカエルさ」
「なるほど」
聖書に名前がきっちり書かれている天使の名前だ。因みに、この2人以外の多種多様な天使の名前は聖書には記されていない。全て偽典にのみ記されたものだ。
――旧約聖書は事実だった?
謎は深まるばかりだ。
「結局、あなた方は何者なんですか?」
「大天使だよ。文字通り、神の使いさ」
「そうですか」
この調子だと大したことは教えてくれなさそうだ。
「因みに、ガブリエルとミカエルは地上にいるんですか?」
「そうだよ。いずれ君と接触するかもしれないね」
「あなたみたいに分かりやすい恰好をしているんですか?」
「いや、そんなことはない。普通の人間として、世界に溶け込んでいる筈さ」
まあ、接触するとなればその時はその時だ。記憶の片隅にでも置いておこう。
しかし、ガブリエルとミカエルという天使について考えてみると、どうも大変なことが起こりそうな気がしてきた。
と言うのも、ガブリエルはともかく、ミカエルというのは天上の軍勢を率い軍団長だった筈。そんなものが地上にいて大丈夫なのだろうか。
――最後の審判でも始めるつもりじゃないだろうな……
「あの、ミカエルという大天使は、何をする為に地上にいるんですか?」
「彼の目的は……まあ、信仰を広めることだね。それも大したことはしないよ」
「よかったです」
と、ここで更に気になる点が一つ。
「ところで、あなたの名前は何ですか? 聞いたことがないんですけど」
「僕かい? 名乗るほどの名はないと言った筈だけれど」
「いや、でも、大天使では呼びにくいので」
「そう、か。では僕のことはルキフェルと呼んでくれ」
「ルキフェル?」
どこかで聞いたことのある名前だ。しかしそれがどこであったかは思い出せない。
「僕の名前を知っているのかい?」
「まあ、そうかもしれません」
「じゃあ、こう言おう。日本語では僕の名前はこう言われる。ルシファー、とね」
「え?」
ルシファーとはつまり悪魔の長だ。ミカエルどころの騒ぎではないのではなかろか。
が、そんなシグルズの不安を察したようにルキフェルは肩をすくめた。
「僕だって何かをする訳ではない。さっきも言った通り、僕は地上を観察することすら出来ないんだ」
「ああ、確かに、そうでしたね」
「それに、僕は一番天使って感じの仕事をしているんだ。君に色々と伝えたのもその一環だね」
「そう、ですか……」
安心していいのだろうか。シグルズには分からなかった。しかし冷静になれば、神や大天使が直接世界に干渉してくるというのもあまり考えにくい気がした。
「それで、さっき聞いたことだけど、調子はどうだい?」
「まあ、いい感じです。上手いことゲルマニアの指導部に接触出来ましたし」
あれは偶然のようなものだったが。
「そうか。それはよかった。では引き続き、頑張ってくれ」
「はい。了解です」
それ以降の記憶はシグルズにはなかった。
○
ACU2309 8/20 ヴェステンラント合州国 陽の国 王都ルテティア・ノヴァ
「いよいよ、我らが動き出す時が来ましたね」
「そうだとも、ハル君。これは我らの神聖なる義務なのだよ」
ルーズベルト外務卿はにやりと笑みを浮かべる。悪魔のような微笑みだ。
「これこそが新大陸人のやり方だ。合州国の前にあるのは奴隷か敵のみ。全ての敵を塵芥となるまで殲滅し、己以外の全てを奴隷とする。それが我々の明白なる天命なのだよ」
「はい。しかし、本当ならば平和の為の努力をすべき外務卿がこのような戦争狂だとは、誰も思わないでしょうな」
「ふっ、戦争狂か。確かに私はそういう人間だ。だが、私は平和の為の努力を惜しみなく続けているつもりだがね」
「と言うと?」
「合州国以外の全てが合州国の奴隷となれば、世界は平和になるではないか。そうは思わないかね、ハル君?」
「確かに、その通りですな。もっとも、ヴェステンラント人以外にとっては不幸でしかありませんが」
「知ったことではないな。新大陸人が旧大陸人の幸福などを気にするとでも?」
「まったくです」
このような狂人がヴェステンラントの外交を担っているとは、誰も思うまい。
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