第20話 七日目 模試の後



 模試は終わった。約束は夕食後だったからと教室で自己採点も済ませざっくり見直す…といきたいが、気持ちがせいでいて集中できない。見直しは後にしよう。とりあえず家に帰って準備を整えてから、待ち時間に解説を読もう。

 自分でも落ち着きがなくなっていることが分かった。胸がよくわからない焦燥感で埋め尽くされるような、そんな錯覚に落ちそうだ。シャワーを浴びて頭をスッキリさせたら、少しは払拭できるかな。こんな状態では何も手に着かない。今日の夕飯は早めに食べたいと母親には前もって言ってあったし、早く帰ろう。

席を立つと思いのほか勢いが強かったようで椅子が音を立てて動いた。耳から入ってきたその騒音に、ああ、自分が考える以上にまずいな、とようやく自分の動揺を俯瞰的にとらえることが出来た。女の子との約束一つでうろたえるなんて俺も可愛い奴だと、所詮は陽キャ擬態と嘲笑う。リュックを肩に引っ掛けると下を向いたまま教室を出た。


 予備校の入り口で同じ学年の女の子たちに声を掛けられて、おもわず彼女たちを凝視してしまっていた。自分の中の暗い思考に囚われ周りをよく見ていなかったことに気づく。



「悠一くん。模試も終わったし、この後一緒に息抜きでもどう?」


「息抜き?」


「そう、カラオケでもアミューズメント施設でも、お茶でも。悠一くんの好きなものでいいんだけど」


 だったらゲームだけどなと声に出さないで呟いてみるが「この後、もう予定あるから。ごめんね」と断る。


「悠一くんのお友達と一緒でもいいよ。だめかな?」



「……女の子なんだ」


「!!…デート?」

「っほんとごめん。俺、急いでるから」


 女の子達に説明する気にもなれず、かと言っていつも通りの温和な対応もできず、打ち切る様に吐いたセリフに我ながら余裕のない行動だと恥ずかしくなった。女の子からの誘いを柔らかく断るのなんて慣れっこだろ?あんな一方的に言い逃げなんて俺らしくもない。

……ってか、俺らしくってなんだよ。



******



「ただいま」


「おかえり。疲れたでしょ。悠一に頼まれた通り、夕ご飯もう出来てるわよ」


「さんきゅ」


 それ以上何も言ってこない母に感謝してダイニングで一人、夕飯を食べる。食べ終わった頃に父親が部屋に入って来て悠一に声を掛けた。


「なんだ。もう飯食べ終わるのか。模試も終わったし今日はみんな一緒に食べられると思っていたのに、残念だな」


「......」


「模試が終わったからこそ、親は優先されないのよ」


「それもそうか。もう高校生だもんな。入学式の日も母さんがご馳走作ってたのに友達と、なんか食べたとか言ってあまり入らなかったもんなぁ」


「パパは私と食べましょ」


「いつも通りだな」


「ご馳走様。......模試もいつも通りだったから。

今日はこのままシャワーして部屋でボイチャしてるから、いきなり声掛けないでね」


「わかった。ゆっくり休んでね」


「...うっす」



 はやる気持ちを抑えるべくシャワーをした。心頭滅却すればと思ったが、物理的に冷やすには季節はまだ寒かった。


 濡れた頭をぐしぐしとタオルで拭きながら、PCの電源を入れる。

ワクワクドキドキとはよく言ったものだ。この言葉以外当てはまらない気がする。人の気持ちって意外と単純なものだ。それとも俺が単純なのか?

 机の上にはペットボトルとスナック菓子を万が一に備えて置く。そんなに長い時間二人でゲームするとは思えないけど、出来れば少しの中座もしたくない。念には念をで、机の隅に寄せて置いた。


 この時点で模試の振り返りをすることが頭からすっぽりと抜け落ちていた。気付いたときの衝撃は恐ろしいがこの時の俺は幸せ気分に満ち溢れていて、怖いものなんて何もないぐらいの勢いだった。

すみれがログインするまで肩慣らしに野良で……と思ったところでピコンとスマホが鳴った。



  これからログインするよ

  準備できたら声かけてね!



「お前、はえーよ」と一人呟く。だけど、思わず顔がにやけてしまった。

すみれも俺と同じくらい楽しみにしてくれていたのかな、そうだといいな。とそこまで思ったところで「ないないないない、ないわー」と声に出した。あいつはゲームがしたいだけだ、リア友と。その為に俺は茉莉花から紹介されたんだからな。

 気を引き締めていこう。

あいつに俺と二度と一緒に遊ばないなんて言われないように、俺の全てをもって臨むのだ。




 結果、寝不足のままの登校と手を付けていない模試の復習に頭が鉛のように重くなるが、そんなことを吹き飛ばすことが次の日待っていた。


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