第12話 五日目 自由行動と探検ごっこ



「今日は絶対、ほんとーーーにただ一緒に帰るだけだぞ、ほんとに何にもしないからな」と茉莉花に念押しした。言ってから、やばい、今のは言い方がまずい、まあ、俺の発言なんて空気みたいなもんだしな、と視線を動かしたら教室中から絡みつくような眼差しを感じた。


「やだ、夏樹。エロい。それって普通、チャラ男がいうやつじゃん」


「……お前の普通を教えてくれよ」


「だって昨日もさ、ヒイヒイ言わせるとか言って、発言がおかしい」


「……おかしいのはお前だ。とにかく帰るぞ」


 誤解されて困るのは女子のお前だろと心配になるが、茉莉花には全く気にする気配すらもなく極めてご機嫌だ。



 昨日はあの後、茉莉花を家まで送っていった。手をつなぎながら茉莉花の家の前まで行った。

歩きながら、茉莉花がわざとテンションを上げて聞いてきた。


「で、私にお薦めのゲームは何かな?」


「初心者のお前にお薦めであって、初心者じゃないお前に薦めるものは何一つとしてない」


「ひどーい。楽しみにしてたのに」


 俺のセリフがあの時回避するためのものだとわかっていてふざけて返してくる茉莉花に、思わず「良かったのか?」と聞いてしまった。


「ずっと、あの頃の弱い私のままではいたくないって思ってた。だからさっき、夏樹のこと馬鹿にされてすごく腹が立った時、わたし、言わなきゃって思って。もう逃げたくない……。ずるい私は嫌だよ。それに。これで失うものなら初めから手にしていないんだよ」


「ああ。少なくとも、俺は変わらない」


「うん。夏樹がいることが一番だって私気付いたから、大丈夫」


「二人でキモオタガチゲーマーだな」


「エ、ナニイッテンノ。夏樹は今『俺様ドS』キャラが定着してるよ」


「ドSってなんで……まじで?」


「一年生はみんな知ってると思うよー。ってことは、みんなが私たちがラブラブなの知ってるってことだよね」


「じゃあ、仕方がないな。ドSな俺様のお薦めゲームでお前をコテンパンにやっつけて、ひいひい言わせてやる」


「その言い回しはオヤジ、エロオヤジ。ドSではない」


「お前が泣いて許しを乞うまで手加減はしない」


「あー、そんな感じ?」


「はっ、お前が俺に勝てるわけがないだろ」


「お、いいねえ。俺に跪け豚野郎、とか」


「それは変態鬼畜野郎だな。お前にSのセンスはない。なんの話だ?」


「なんのゲームをするかってことだよね?」


「違う」



 家の前まで来ると緊張の糸が解れたのか、表情が柔らかくなって瞳が潤んだように見えた。


「今日はありがとう。夏樹がいてくれて本当に良かった」


「ああ。今日はゆっくり休めよ」


「そうだね。今日は周回かな」


「…あるあるだな。しかたない」


「ごめんね。夏樹今日は、みっちりゲームするっていってたのに」


「ホントニナ」


「もうっ。明日はさ、今日の代わりに自由行動でいいよ」


「ホントダナ。じゃあ、明日は俺一人時間を優先させるからな。じゃないと俺は死ぬ」


「おおげさな」


「俺の心が死ぬ」


「わかったわかった。どうせ、ゲームしてるだけでしょ」


「だけとかいうな。陰キャにとって高一は、村のすぐ近くの草原で雑魚キャラを狩ってのレベリング中だ。なのに俺のこの一、二週間は真っ先にラスボスとか出てきて精神も体力もかなり削られた。休養が必要だ。やはりリアル世界は恐ろしい」


「夏樹は草原で、レア武器振り回している感じだったよ」


「そうか?どこで手に入れたんだろ。この世界のガチャはどこに?」


「秋葉原にいっぱい並んでるってよ」


「じゃあ俺は持っているはずがないな。行ったことがない」


「ねえ、そういえばもしかしてラスボスって私のことかな?倒したの?倒されたの?」


「まだイベント中だ」


 くだらないこと言ってばかりだね、と笑いながら茉莉花は手を離した。その手を胸のあたりで軽く振って、送ってくれてありがとうと家の中に消えていった。

こういうのが幸せっていうんだろうなって、胸のあたりがじんわりと温かくなった気がした。




******




 そう、そして今日の俺は自由だ。授業が終わったら足早に帰る、予定だった。昨晩こなせなかったイベントに挑もうと意気揚々と教室を出ようとしたら、茉莉花がダッシュでやってきた。「一緒に帰ろう」と。

おかしい。今日の俺は自由ではなかったのか?「嫌だ」とソッコー断ったら「なんで?」と澄まして聞いてきた?


「お前、今日は自由行動っていってなかったか?」


「言った!だからこのように自由に行動している」


「……確かに」


「ね?」


「今日は絶対、ほんとーーーにただ一緒に帰るだけだぞ、何にもしないからな」


となるのだが、「何にもしないからな」でフラグを立てたような気がする。やばい。このままではまた何かに巻き込まれそうな気がする。それだけは回避したい。でもどうしたら回収できるのか、見当もつかない。しかもこの後、エロとかヒイヒイとかヤバい単語をこいつは使いやがった。それは無しだ。とにかく家にまっすぐ帰るんじゃなくて、何かをなんかしてしまえば、俺は今日ゲームが出来るはずだ。いつもしない何か。一体何をしたらいいんだろう。

黙ったまま歩く俺に「夏樹、怒った?」と茉莉花が聞いてきた?


「何で怒るの?」


「だって、今日は」

「茉莉花が俺と一緒に帰りたいって思ってくれたってことだろ」


「……そう、なんだけど」


「じゃあ、喜ぶところじゃん」


「ありがと」


「でもさ、フラグを回避したい。どうすればいい?」


「夏樹、イミフ。普通に帰ればいいだけでしょ」


「うわあ、でた、お前の普通。これで冗談じゃなく本気でフラグ回収しなきゃいけなくなった気がする」


「ちょっとー、なにそれ。馬鹿にしてんの?」


「じゃあ、お前の普通に帰るってどういうことか、俺に教えてくれよ」


「でたな、俺様ドS」


「……こういうのが俺様ドS?」


「ほんとに無意識だよね。まあ、夏樹の素だからね。私も当たり前すぎて、周りに言われるまで気が付かなかったもんな」


「以後、気を付けます。で、茉莉花さんの普通の下校を教えてもらってもよろしいでしょうか」


「ええ、よろしくってよ」


「あほか」


「夏樹さん、もう素に戻ってらしてよ」


「阿呆でございますか」


「敬語にしてもダメ」


「で。お前の考える普通の高一カップルは、どうやって帰るんだ」


「今日は、揶揄うの無しだよ」


 この間『高一普通問題』で揶揄ったことを根に持っているようだ。残念だが揶揄うことはあきらめるしかないようだ。可愛いのに。


「わかってるって」


「んー、じゃあ、手をつなぐ?」


 ほいと言って俺は手を差し出す。


「恋人、繋ぎで」そろりと出してきた茉莉花の手を見つめ「恋人繋ぎって何?」と聞いた。「知らないの?」目をまん丸に驚いた表情で、数度瞬いたかと思ったら恥ずかしそうにこういうやつだよ、と指を絡ませてきた。


「夏樹はゲームのことしか知らないんだね」


 本当は知ってるって言ったらシバかれるに違いないので、「そうかな?そうかもね」と曖昧な返事をしておく。茉莉花の方から手をつないできたという事実が嬉しい。例えそのように仕向けたとしても。


「それからどうするの?俺はどうすればいい?」


「後はどうもしないよ。このまま夏樹の家まで送っていく」


「俺が送ってもらうのは、嫌だな」


「ええー。だって夏樹と少しでも長くいたいし、でも私が送ってもらったら夏樹のタイムロスになっちゃうじゃん」


「お前が俺と長くいたいっていうなら、それを叶えるだけだろ」


「それは駄目。べつに今日はなんかあったわけじゃないし、夜道でもないし。たまには送らせて」


「わかった。今日は全部従うよ」


「ほんと?全部だね。じゃあ、何してもらおうかな」


 楽しそうに表情をくるくる変えて悪だくみを考えているようだ。楽しそうで何よりと俺も幸福感で満たされる。


「では、ご命令をどうぞ」


「でも浮かばない~」


「じゃあ、のんびり帰ろっか」


「あ、じゃあ大きな道じゃなく細い路で帰ろう。ちっちゃいころみたく、裏道で」


「そうだな。距離的にはあんま変わんないし、俺のゲーム時間が削られることもないだろう」


「おかしいな。さっき、全部従うって聞こえた気が」


「ソウデシタ」


「では、出発進行~」



 普段は大きな道を真っ直ぐ行って曲がるだけの通学路。それを住宅街をジグザグに進む。途中、空き地があったり小さな祠があったりと長閑な田舎風景だ。


「小学校の時はいろんなところ、ウロウロしてたよね」


「お前がな。俺はゲームするっていうからわざわざ出てきたのになんか始めに動かされる」


「最初の頃だけじゃん。後半はたぬき公園集合になったもん。みんなで探検ごっこも楽しかったのに」


「それは俺がいない時にしてくれって、悠一たちに言ったからな」


「えー、知らなかった。道理で」


「いまなら、茉莉花と探検ごっこも楽しいけど」


「じゃあ、これか」

「今日じゃなかったらな」


「全部従うんでしょ。出発進行!」


「………どちらへ」


「うーん、どうしようかな~」


 すっかりイニシアティブ握った気でいるなあと、得意満面の茉莉花を見て顔が綻ぶ。恋人繋ぎも探検ごっこも俺に導かれてるなんて知ったらどう思うかな。でも、これは揶揄ってない、至って真剣だ。真剣に茉莉花の可愛い面が見たいだけだからね。

さて、どれがフラグ回収になるのかなと物理的分岐点を茉莉花の手に引かれながらいくつか選び取り歩いた。

 「めっちゃ綺麗だね~」と様々な桜の木に茉莉花は感動している。季節は春、田舎の春の訪れは遅い。せっかくだからと自分の知っている限りの近所の桜の木を巡ろうとさりげなく誘導した。お寺や神社の境内の大木に庭先の小ぶりの桜、山桜からソメイヨシノに枝垂桜、八重桜はまだ咲いていない。


「こうしてみると近場にもこんなに桜の木ってあるんだね~」


「そうだね。俺はこの先の小さな公園にある枝垂れ桜が好きなんだ」


「そうなの?なんでそんなに詳しいの?夏樹ってやっぱり中の人はおっさん?」


「日本中の桜好きに謝れ。っつか、大多数の日本人に謝れ。ほら、もう帰るぞ」


「ダメ、帰らない。夏樹の好きな桜を見に行く。私ももののあはれがわかる高一になる」


「そこの桜はライトアップとかしてないし、住宅街の外れだし、もう暗くなるだろ」


「夏樹がいるから平気じゃん」


 俺がいるから心配なんだろと俺は思うのだが、全部従うことにしたのだからシカタナイ。シカタナイノダ。


「仕方ないな。それ見たら帰るぞ」


 公園に着くころには丁度陽も沈みかけてきた。風に揺れる桜と夕陽が重なり、そしてそこに茉莉花がいるということがさらに幻想的な風景を創っていた。この景色の中に茉莉花がいることが夢ではないかと思った。こんな日が来るんだな。幸せは日常の中にあるんだと思い知った瞬間だった。

 風に靡く桜の枝に優しく手を添わせる茉莉花がうっとりとしている。もう片方の手はずっと恋人繋ぎのままだった。隣に体を寄せた俺を見上げて茉莉花は柔らかく微笑んだ。


「ほんとに…綺麗だね……。連れてきてくれてありがとう」


「連れてきたのは茉莉花だろ。俺は今日は何もしない日で、茉莉花に全部従う日なんだから」


「ふふ、そうだった。探検の成果だね」


 こんなかわいい子が俺の彼女だなんて。その笑顔が可愛くて抱きしめてしまいたい。でも、片手はつないだままでふさがっている。ならばと茉莉花の顔に自分の顔を寄せたところで踏みとどまった。茉莉花はキスされると思ったようだったが、一向に降りてこない唇にどうして?といった表情をみせた。そのままの距離で俺は


「……そういえば。今日は何もしないし、茉莉花に従う日だった」


と囁いた。その言葉に茉莉花は少し躊躇したが、俯きがちにどうにか言葉をこぼした。


「夏樹が、何にもしないのと、私に従うの、どっちがいい?」


「……どちらも大好物です」


 小声で「もうっ」というのが聞こえたが、さてどちらを茉莉花は選ぶかなと楽しくなった。


「ねえ、キ……う~~~~っ、やっぱ言えないっ」


 そう言って、茉莉花は俺に軽くキスをした。




******




 夜、風呂から上がって自分の部屋に入るとスマホに茉莉花からメッセージが届いてた。今日の茉莉花も可愛かったな。茉莉花からの恋人繋ぎも、茉莉花からのキスも、茉莉花からしてくれたことが嬉しい。まあ、させたんだけどね、はは。

茉莉花に「キスして」って言ってもらえなかったのは残念だが、この二択は甲乙つけがたしなので茉莉花の選択に任せた。結果、良かった。恥ずかしくて言えない茉莉花も、恥ずかしくて一瞬軽く触れるか触れないかの茉莉花からのキスも。

 満足しながらアプリを起動させる。が、茉莉花からのメッセージに俺は青褪めた。スクショされて送られてきたそれは、ゲームのキャラが恋人繋ぎをしているスチルについて呟いた俺の過去ログだ。



  恋人繋ぎ

  知ってて、からかったね?

  覚えてなさい!

  キィーーーッ



 コメントもいちいち可愛いな。どうやって許してもらおうか、茉莉花の攻略方法を考えるのも楽しくって、明日、学校に行くのが待ち遠しい。

ピロンとスマホが鳴って、見るともう一枚画像が送られてきた。桜の木の下で撮った二人の写真だった。




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