第3話 三日目 無言は肯定か?
次の日も、いつも通りHR開始ぎりぎりに学校に着く。
いつもは無感情で通り過ぎる日常の風景を今日も俺は目の端ではあったがきっちりと確認する。布教チェックだ。悠一任務二日目遂行中だな、と心に思うも声にはせず、俯いて悠一の前を通り過ぎる。
「おはよう、夏樹。またお茶しようね」
「うっす」
予定外の声掛けに躊躇うもいつも通り小さな声で視線を合わさず返す。
「おはよう、夏樹くん。また一緒にお茶しようね」
周りが騒めいたが表情を変えずに「うっす」とこちらにも小さな声で返す。
教室に入り俺の安寧の席に座り、イヤホン装着。目を瞑る。
ど、どういうことだ。俺の高校生活が脅かされてきている。それもカースト上位擬態の二人に。
おいおいおいおい、勘弁してくれ。俺は静かに生きていきたいんだよ。空気のようにいるのかいないのかわかんないような、そんな存在でありたいんだよ。そんな存在に俺はなりたい。うわぁぁぁぁぁ。
脳内で森の中を逃げ回っていたら、スナイパーが俺をヒットした。
と同時に、俺の右のイヤホンが抜かれ途端に喧騒が森の静寂をかき消す。
「おはよう、夏樹。今日の放課後、ちょっと付き合って」
そういうと、イヤホンは俺の右耳にもどされる。
初めて知った、人にイヤホンいれられるのって、めちゃくちゃくすぐったいんだな。
******
放課後、いつも通り、リュックを肩にかけて教室を出る。
生徒玄関で靴箱から靴を取り出し、代わりに上履きを戻す。いつも通りだ。
靴を履いて、玄関を出ると後ろから声を掛けられた。茉莉花だ。
「なんで、帰るの?」
「学校が終わったから?」
「わたし、今日付き合ってって言ったよね」
「俺は付き合うとは言っていない」
「無言は肯定の意味だよね」
「それ、誰ルールだ」
「一般的に」
「どこの一般だよ」
「だってよくそういうじゃん」
「じゃあさ。………お前って俺のこと好きじゃん?」
「……………っ」
「はい。お前、俺が好きってことだな。議論終了」
「馬っ鹿じゃないの。第一、終了なんかしないよ、話があるんだから」
「はあ……、昨日から何なんだよ。ったく」
「とにかく、ちょっと話がしたいの」
「わかったよ」
そう言って歩き出す。
「ちょっと待ってよ」と後ろから声がするが、デジャヴだなと呟き歩みは止めない。
走り寄ってきた茉莉花は「信じらんない。普通待ってない?」と言いながら隣に並ぶ。これが俺の普通だ。
「どこで話しよっか。たぬき公園でもいい?」
玉置公園、通称たぬき公園。狸の形をした遊具がある公園。上の代から延々とたぬき公園の名称は引き継がれ、たぬき(の遊具)が撤去された現在でもそう呼ばれている。親たちだってたぬき公園と呼ぶそこは、今ではほとんどの遊具が老朽化し撤去され、残っている遊具はブランコのみだ。広場のボールの使用は禁止されているせいか、もしくは塾通いの子が増えたせいなのか、少子化の影も相まって子ども達の姿は少ない。
「ベンチ?ブランコ?」
「ベンチで」
「じゃ、座ってろ」
そう言って俺は公園脇にある自販機に一人向かった。
「紅茶とミルクティー、どっちがいい?」
「ミルクティー一択で」
「だよな」ぼそっ言いながらと右手に持っていたペットボトルを渡すと、隣に腰を下ろした。
「ありがと」
「で、話ってなに?」
「単刀直入だね。も少し様子を伺うとか、遠回しな言い方とかないわけ?」
「お前は貴族か。俺は帰ってやることがある。忙しい」
「はいはい。付き合ってもらって悪かったね。
……あのさ、すみれのこと、どう思う?」
「どうって、そういう受け取り手に任せる質問、めんどくさい。何答えたらいいの?」
「もうっ。すみれってさ、可愛いよね?」
「可愛いんじゃない?スクールカースト上位だし」
「……性格もいいよね?」
「いいんじゃない?俺に話しかけてくださるくらいだから」
「スタイルもいいしね」
「そうだね。生で見てないからわかんないけど、ぱっと見、良さそうだよね」
「……なんか、夏樹と話してるとイライラしてきた」
「なんでだよ。聞かれた事に相槌打ってるだけだろうがよ」
「それがなんか、腹立つ」
「わかったよ。思ってること言えばいいんだろ。彼女は可愛いよ、性格も良さそうだし胸も大きそうでいいよね?」
「胸が……って、ひどい。女の子はみんな、顔とサイズで悩んでるのに」
「男の子だって、顔とサイズで悩んでるんだよ」
「最低」
「なんでだよ。女は良くて男は言っちゃダメなのか」
「女子はデリケートなの」
「男子もだよ。男子の方が深刻だ。女は化粧でどうにかできるし、胸だって偽乳できるけど、男は偽チ」
「ストップ。セクハラ」
「ってか、一体何の話だよ」
「……すみれってさ、ゲーマーなの隠してないんだよ。私が友達になったのも、すみれのカバンにゲームの超マイナーなキャラをつけてて。私それを食い入るように見ちゃって」
「お前、釣られてんじゃんか」
「そうなの。私素直で純真で」
「まさかの自画自賛」
「すみれ、高校からこの町じゃん。手っ取り早くゲーマー仲間見つけるためにあんなストラップつけてきてさ」
「一番簡単な方法に引っかかるとは、お前の擬態もまだまだだな」
「だって、あんな可愛い子だよ。まさかガチだと思わないよね」
「俺は悠一の完璧な擬態を知っているから、当たり前かと思うが」
「そう、悠一!悠一を紹介しようと思ったわけ。見た感じもぴったりでしょ、美男美女」
「……この話の流れで、悠一かよ」
「???どういうこと?」
「普通、話があるのーって言われれて、彼女のことどう思うって聞かれたら<実は彼女、あなたのこと好きなんだ>っのパターンだろ」
「あんたの普通って何よ。そんなの、そっちが勝手に思い込んだだけでしょ」
「思い込んでねーよ。あるあるだろ」
「わたし、そんなの、ないもん」
「ふっ、デショウネ」
「馬鹿にしたわね。もういい。とにかく悠一と仲良くなったらいいなと思ってるから協力してほしいの」
「そんなの、陽キャの彼女は自分でどうにかするだろ。彼女が近づきたいと思えば、勝手に近づくさ」
「そんなのわかってる。だけど……」
「とにかく、俺は今日は時間ないし。また後で話聞くよ。送っていかないぞ、じゃな」
「じゃあ、明日……。明日ちゃんと話きいてくれる?」
「……わかった。明日な」
互いに背を向けて歩き出す。少し歩んだところで立ち止まり、振り返る。茉莉花の背に春風の香りがこぼれ、夕暮れのさえずるを誘う穏やかな時を噛み締めた。
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