それを初恋と人は言う〜ゲーヲタの初恋〜
中村悠
俺と彼女の一週間
第1話 一日目 幼馴染の定義
後ろの席で女子たちの話し声がする。小さな声で話す内容はあまり聞こえないがとても楽しそうだ。時折、盛り上がりすぎて声量をキープできないのだろう、「うそ」「マジで」とかいった言葉が聞こえてしまい(嘘か本当か、どっちだよ)と一人で後ろの子たちにツッコミをいれてしまう。
友人の親がオーナーのこのカフェで、背もたれに隠れるように俺は縮こまって座っている。友人の裕一郎もたまにバイトしているこの店は、俺の安息の場所だ。駅前の繁華街にも近く、俺の好きなハーブティーもそろっているので、学校帰りや休みの日、たまに利用する。
ここのお店はカウンター以外ソファー席で、背もたれが高いうえに仕切りがある為ちょっとしたプライベート空間になっている。一番奥の席につくと真横まで人が来ない限り見られないからお気に入りの場所だ。
その為、駅前に来て買い物をするとここによって、開封する。お目当てのものがなかった場合、荷物をそこに置いたまままた買い物に行く。そういったことが出来るのも、この店を選ぶ理由の一つだ。だが今日は、大人買いをした。お目当てのものがないなんてことは絶対にない。ひと箱購入すれば全部コンプリート出来るものだ。ガサゴソと購入した袋の口を広げ、中を覗いてみる。テーブルの上にはハーブティーもある。今日は気分よく過ごせそうだ。
そうこうしているうちに後ろの席に変化があったようだ。
「あ、きたきた」と可愛い声がする。
そこに「茉莉花」と男の声が名前を呼んだ。
ああ、悠一の声か。声の主に心当たりがありすぎる。絶対に見えてはいないだろうが、気持ち体を丸めてみる。音をたてないように静かにだ。
「で話したいことがあるって言ってたの何?」
「あーそれはね、この子。すみれって言うんだけど高校で同じクラスになったんだ。紹介しようと思って。こっちはねぇ、悠一。幼なじみなんだ」
後ろから聞こえてくる声に耳をそばだてる。
「悠一とは幼稚園も小学校も中学も一緒だったんだよ」
ここは人口六万人ほどの田舎町。
市内には高校の数も少なく勿論、市外の高校に行く子も中にはいる。だが、大抵は地元の高校に進学するので、知った顔が多い。
「そっかー。幼なじみなんだ。羨ましいな」
人が増えたことで隣同士囁き合う声からテーブルを挟んでの会話へと移り、話す声もおおきくなった。そのせいで、聞きたくなくても、聞こえてきてしまう。
どうやらすみれという名のもう1人の女の子は、高校からこの町に引っ越してきたらしい。
ひとしきり女の子たちが話し終えたようで、その後は、最近はまっているゲームの話題をしはじめた。
(ナンカ、タノシソウデスネー)と聞こえてくる会話に聞き流していたが、盗み聞きは良くないとリュックからイヤホンを取り出し、装着した。これで、後ろの会話に囚われることはない。
******
「俺、今日この後、予定あるからごめんね」
「そうなの、残念。この後一緒にカラオケでもどうかなって思ってたんだけど」
「悪い、また誘って。じゃあね」
そう言った声がこっちに近づいてくるとも知らず、俺はテーブル上のノートパソコンと睨めっこしていた。ふいに肩をたたかれ、びくっと大きく体を揺らし慌ててイヤホンを外す。
「よ、待たせたな。夏樹」
「いや、全然待ってねーし」
モニターから目を離さず、返事をする。が、後ろで人が立ち上がる気配がしたので急いでデータを保存し、モニターを消す。
「……夏樹、後にいたんだ」
「お前らが来る前からな」
「茉莉花のお友達?」
「隣のクラス?の夏樹?」
「なんで、名前に疑問系?って隣のクラスってそもそもなんだよ。悠一は幼なじみで、俺は隣のクラスなだけか」
「ええ?だって事実じゃん。しかも盗聴してたなんて、コワッ」
「してねえよ。聞こえたとしても、お前の声がでかいんだ。
しかも事実って……俺はお前と幼稚園から中学まで、ずっとおんなじクラスだったんだぞ。しかも悠一とお前は、中学の時二年間違うクラスになったって言うのに」
「ヤダ、ストーカー」
「これが事実だろ。悠一が幼なじみだって言うんだったら、少なくとも今の高校には幼なじみが二十人はいるだろ。裕一郎や昂輝や禎丞とか」
「え?禎丞って同じガッコ?知らなかった~」
「あーあ、幼馴染の定義って何すかね。教えて欲しいわ」
「なに?ひがみ?嫉妬?」
「お前の言う幼なじみはイケメンか、イケメンだけなのか」
茉莉花と俺の言い合いに悠一は黙って聞いてたが、いきなり言葉を挟んだ。
「夏樹、お前だってイケメンじゃん」
「はいはいイケメンはいはい」
「なんだよ夏樹、その返事」
「悠一に言われると哀しくなってくるよ」
「ねえねえ夏樹くんって言うんだ。はじめましてだよね。私はすみれ。よろしくね」
「!?ここに天使がいる。キモオタに挨拶してくれる優しい天使が」
「夏樹、自分でキモオタって言うなよ。じゃあ俺この後、夏樹と用があるからまた今度。すみれちゃんもまたね」
「はー、そうやって悠一はいつも夏樹、優先なんだから」
女子二人は残念~と言って店を出て行く。
「助かった、夏樹」
「つーか俺が店いんの、いつから知ってたんだよ」
「知ってたのは最初から。ってか茉莉花に誘われた時、ここにお前がいるだろうなと思ってこの店とこの時間に指定した」
「はあ?なんだそれ」
「だって今日、発売日だろう。俺もさっき寄って買ってきた。交換してください。お願いします」
「しっかし、誰にも見つからないように身を縮めて隠れていたのにな」
「だってお前のそのリュックにぶら下がっているキーホルダー。通路からはみ出してるからさ、すぐわかったよ」
「なるほどー。今度は気をつけよう」
俺のリュックには、キーホルダーがジャラジャラとぶら下がっている。幼稚園の頃から集めに集めた、大好きなゲームのキャラのキーホルダーだ。
幼稚園の頃にソフトが発売されその後は移植を続けながら何度も新ソフトが出ている人気ゲームのキャラクターだ。最近ではアプリゲームにもなって、俺のようなオタクゲーマー以外からも、それこそ女子高生にもかわいいと広く支持を集めた人気キャラだ。
ただし俺のカバンにぶら下がっているのは、薄汚れくたびれた、しかも塗装も禿げ年季の入った愛すべき子達だ。一目で俺のカバンだとわかるな、うん。
「で欲しいキャラは手に入れたのか」
「当たり前だろ。とりあえず三つは大人買いをしたからな」
「はあ、良いなぁ、資本がある奴は。俺もバイト頑張ろうかな」
「働け働け。俺も俺の嫁に貢ぐ為だけに稼いでいる。まあ、特進クラスのお前は塾通いで、バイトなんてほぼ無理だろうな」
「そうだな。申し訳ないけど、俺はこうやって夏樹に頼るしかない。夏樹と交換出来てすっごく助かる」
「お前がそうやって手に入れた彼女をカバンにつけて学校行って布教してくれるからな。こっちが有り難い」
悠一はイケメンで運動もできて頭もいい。が何を隠そう、俺のゲーム仲間だ。
小学生の頃、俺のバッグにぶら下がるキャラを見て話しかけてきた。以来こうやってグッズを交換したり、たまに悠一の息抜きで一緒にゲームしたりしている。
本人はゲーマーであることを隠してもいない。学校に持ってくリュックにかわいいキーホルダーをつけてても、女子からは「きゃーかわいい」と言われる。変なキャラであってもだ。こっちは超キモいと言われるのと大違いだ。そんな俺にでも、悠一は変わらず話しかけてくれる。
「お前だってイケメンなんだからさ。そんなオタクっぽくわざと演出しなくたっていいのに」
「演出?どこがっ?どこが演出なんだよ」
「その前髪で顔隠してるのとか?黒縁メガネとか?」
「お前それがオタクだと思うなよ。前髪長いバンドマンやアーティストに謝れ。さわやか営業マンの黒縁メガネに謝れ。いいか。そいつらがいくら前髪が長くて眼鏡をかけていようが、オタクには見えない。オタに見えると言う事はすなわちオタクなんだよ。そいつらがチェックのシャツ着てリュック背負ってたってオタクに何か見えないんだよ。いつもは無地のシャツ着てんのにたまにチェックのシャツ着てんの見られただけでオタク認定されんだよ、いいかそれがオタクだ。俺ナンダヨ」
「はいはい夏樹はいはい」
「はいはいじゃねえ。髪の毛切ってメガネ外してコンタクトにしてそしたらなんとっイケメンでした!
みたいなアニメ設定ないんだよ現実には。イケメンは前髪が長くたってイケメンだしメガネかけてたってイケメンなんだよ。ブサはメガネかけてもかけなくてもブサだしヘアスタイルに必死に死ぬほど気を遣ってようやく見られる程度なんだ」
「デモ夏樹。お前はいけてんじゃん」
「いいか。こんなふうに空気も読まず熱くなって一気にまくし立てるのがオタクなんだ。俺は、オタクなんだ。なのになんで悠一はそんなに俺を推すんだよ」
「だって事実だろう」
「……わかったもうこの話題はやめよう。………とりあえず交換しようぜ」
今ほどの熱さはすっかり消え去って、ほくほく笑顔で交換会が始まった。切り替えの早さもオタだなと俺は勝手に納得した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます