◆第四条 リトルギンザでのペットショップ開業は登録を要する その3

 ──スライムストア、店内。

 入ってみると、そこはホテルのロビーのように広く、洗練された空間だった。

 天井からは、スライムのロゴマークがぶら下がり、LEDで七色に輝いている。

 通りに面した壁が全面ガラスでできていて、明るく、ポップな雰囲気だ。

 スライムは、大小様々な机の上に、ずらりと並んでいて──


「きゃあ可愛い!」「お母さん、ピンクがいい!」「申し訳ございません、そのカラーは入荷待ちで──」「紫は10万円とはなぁ」「飼育方法のレクチャーお願いします」「新入荷! 新種のシャンパンゴールドスライム、本日お披露目でございます!」


 なかなか、賑やかだ。

 机の上に並ぶ、赤、緑、黄色、オレンジ、ピンク、紫……色とりどりの小さなスライムに、盛り上がるお客たち。それを相手するのは、左胸にスライムマークがついた青いTシャツ姿の店員たち。椅子はなく、腰掛けるのはバランスボールで、なんだか意識が高そうだ。フロアの一階奥には、ステージのような場所があり、ビデオを上映したり、無料のパンフレットを配って、スライムを飼育する基礎知識を教えている。

「へぇ……スライムさんたち、すごい人気なのね」

「確かに可愛いし、賢そうだしな」

 話している俺たちの後ろ、スライムを購入したばかりのオークらしき父と娘が、「ちゃんと面倒見るんだぞ」「うん! 水でっぽうを習得させるんだぁ!」と楽しげだ。

「シロちゃんも嬉しそうだし」

 と姉が言うように、シロは小さな赤いスライムを手に乗せて、華奢な指で撫でては、うっとりとした眼つきで微笑んでいた。

「くぅん……はっ! い、いえ、そんな、お仕事を忘れてなんていませんっ」

 慌てた様子で、でもスライムを可愛がる指を止めようとはしない。

(こんな可愛い表情もするんだな)

 小さな赤いスライムを愛でる白銀髪のメイド少女の姿は、あまりに可憐だった。

「ツカ姉、俺たちの仕事って、こういうの含まれる?」

「ふふ、そうね……的確に裁くには、その場のありのままを調査する必要がある。販売されているスライムを手に乗せて愛でるかんさつするのも、お仕事のうちね」

 さすがツカ姉。イエスの方向に問いかけたのを察してくれた。

「……ご主人様、おジャッジ様、ありがとうございます……」

 シロのマジメな性格が、俺たちに向かって犬耳の生えた頭部を下げさせた。

 そんないんぎんにならなくていいのに。

「ほんとにスライムが好きなんだなぁ」

「そ、そんな、エクスタシア様以外を、好きだなんて、感情、ないです」

「そこんとこ頑固だね」

 あくまで自分の気持ちをなくそうとするのは、従者として生きてきたからだろうか。

 今後、どう付き合っていこうか、悩みどころだ。

「……あれ? この臭い……クンクン……」

 シロがなにか気づいたようで、赤い小さなスライムに鼻を近づけ、嗅ぎ始めた。

 鼻先で……ピンポン玉程度のスライムは、「スラ、スラァっ」となにかを訴えかけるようにプルプルしている。

「どうかした?」

 シロは「これは……」と、感覚を集中させる。が、その言葉の前に、出来事は起きた。

 俺たちにつられて入店した、犬耳の女の子が、「スライムちゃんからヘンな臭いがする!」と騒ぎ始めたのだ。

 その様を、店員たちが、「お客様、困りますっ」と、収めようとしている。

 店内が、にわかに騒がしくなった、その時──

「なぜイヌが! 僕のストアにいるのかねッ!?」

 叫ぶような、戒める声が、店内に響く。

(上からだ)

 見上げると、ウィィィン──と、ガラス張りのエレベーターが降りてくるところだった。そして中から出てきたのは、壮年の男性だ。

 店員や、他のお客たちが「お、オーナーっ」「スライヴン=アァティストさんだ」「スライムストアの創業者の……」「アートの奇才っ」と、どよめき始める。

(それなりに有名人みたいだな)

『スライムストア』オーナーのスライヴン……その姿は、カラフルなパッチワークで作られた七色のタートルネックに、染みのついた青いジーンズを履いている。

「また来たのか……入店禁止にしておいたはずだがっ!? ストアの商品に難癖をつけ、僕の名誉に傷をつけようとするイヌ混じりがっ!」

 俺よりやや高い背丈に、ムダのない体型。だが、大きな眼鏡をかけ、神経質そうにひくついた表情からは、強い苛立ちや、焦燥感をうかがわせた。

「でもっ! この緑の子、ほんとに臭うし、それに──」とは、犬耳の女の子。

「フン、キミの鼻がおかしいんじゃないのかね? イヌどもの根拠のないクレームには毎日ウンザリだ! おかげで悪評が立ったらその損害をどう賠償できる? 早く商品スライムを置いて出て行きたまえ。さもなければ、子どもであろうが『訴え』るッ!」

 オーナーは、まるで相手にせずに、そう宣言した。

「聞こえましたぞ」

 入口から、聞いたことのある声──

「虚偽の風説を流布し、人の業務を妨害した者は、三年以下の懲役または五十万円以下の罰金に処する、刑法233条、業務妨害罪……」

 長い耳をばたつかせ、歩きながら六法全書をめくり、朗読しながら店内に入ってきたのは、検察官斎藤イレアナだった。

「ようやく……捜査の果てに、犯罪を見つけましたっ!」

 一日ぶりに見るハーフエルフの姿は、あちこち駆け回ったかのように乱れていた。

「そこのキミ、検察官だろう。なら、犯罪者を取り締まり、僕の店を守りたまえ!」

「刑法の犯罪の構成要件に記載されたことをしているように見えるのですが……しかし、子どもを起訴するというのは、ワタシのおジャッジ様デビューとして、どうも……」

 決めあぐねる、イレアナ。

「──その子は、嘘をついていません」

 割って入ったのは、シロだった。「異臭は、確かにあります」

「……王家の番犬っ」

 オーナーは、一瞬、怯んだ。が、姉と俺の存在に気づいて、

「これはこれは……お初にお目にかかります。放送は拝見しました。ホンモノの裁判官の、おジャッジ様。サポートされる、補佐官様。僕は、スライムブームをもたらした、スライムストアの創業者、スライヴン=アァティストと申します。お一人様ご一匹、スライムはいかがでしょう。あなたの癒やしになりますよ、そう、カラースライムならね!」

 と、お辞儀をしながら、机の上を示された。

「い、いえ、やめておきます……」

 なんだかうさんくさいしな。

「おっと、失礼。さて、王家の番犬と行動しているようですが、ここで裁判の相手としてはならないルールは、ないだろうね?」

 と、おジャッジ様に対して問いかける。

「あっくん。オーナーに、問題ないと答えて」と、姉は俺の後ろに回って囁いた。

「え、ああ、問題ないです!」姉とオーナーの間で、俺は言う。

「フン……なら、僕は、自分の店を守るため、王家の番犬を訴える! この申立を、【裁きの魔法】で受けてもらおう!」

「あっくん。了解と伝えて」と、後ろから耳に囁かれる。

「ちょっと待って。なんで自分で言わないの?」

「民事訴訟法133条で『訴えの提起』は、『裁判所に』となってるけど、実務上、この時点で裁判官が申立人に会ったり、話すことはないの。裁判官の判断は中立公正でなければならない。訴状の提出にせよ、クレームにせよ、直接受けるのは、他の裁判所職員よ」

 言われて、俺は日本の裁判所に訪れた時のことを思い出す。

 お弁当を忘れた姉に届けに行ったのだけれど、裁判所の建物の中に裁判官の居場所がどこにあるのか、まったく表示されていなかった。代わりにあるのは、民事第何部、といった部屋で、まず裁判官以外の職員と話すことになっていた。

「──ああ、賄賂とか、脅迫とか受けないように、ってこと?」思いつきを言う。

「それもあるけど、そんな前時代的な要請のみじゃないわ。民事裁判はどうしても、起こす側の人が先に裁判所にやってくる。その対応を裁判官がすれば、起こす側の人と先に、場合によっては何度も話をすることになってしまう。何度も出会って、話をした果てに、法廷で公開の裁判をしたとして、どう? 被告としては、すでに原告と裁判官が仲良くなっているように見えるでしょ? そしたら裁判の正しさに対する信頼は失墜するわ」

 ──裁きの魔法は『裁きの信念』を持つ者が『正しい裁き』をして、『信頼』されて、特別な『力』を発揮する……と、王女は言っていた。

 姉は、裁判官としての信念から、信頼される姿を目指しているようだ。この方向性は、俺たちに求められる役割からしても、妥当のように感じる。

「なるほど……じゃあ、シロは?」と、俺が問うのにかぶせるように、

「まさか、自分のメイドだからと、手心を加えるような不正はしないだろうね?」

 と、オーナーのスライヴンから釘を刺されてしまう。

「ありえない。チヨダク王国初裁判として、本件裁判は公開の法廷で、曇り無く行う」

 姉は、後方へと歩きながら、

「開廷前の立件、審査、送達等には、裁判官は関与せず、補佐官が担当する! このことは王女からも全国に告知していただく」

 と言い放った。

 一人、矢面に立たされる。

(おいおい、こんなもん、どうしろと──)

 いくら姉が裁判官だからって、裁判の始め方なんて教わってない。

 裁きの魔法とやらの詳細は、始める前にシロに訊くはずだったのに、もはや不可能だ。

「立件、審査、送達──」口の中で、ひっかかった単語を繰り返す。

 すると、ヴゥン──【申立受付ウィンドウ】というのが、目の前に現れた。

 出現させたのは、【裁きの欠片】だろう。俺のポケットの中で、熱く脈打っている。

「わかりました。受け付けますよ」言い切るしかない。

 俺は、対人ゲームで鍛えたポーカーフェイスで、内心の動揺を隠す。

 衆人環境で、人々が俺の動作を注視しているのがわかる。

 ここでたじろいだり、情けない姿をさらしてしまえば、きっと『信頼』は失われる。

 今一度、宙に浮かぶVRみたいなウィンドウを見る。

 その中にはいくつかの分類や、項目があった。

 ファンタジーなゲームの最初の選択肢のように……見ようと思えば、見えなくもない。

(ゲームの説明書を読まずにプレイするのは、今や当たり前だしな)

「俺が、裁判所として──訴えをお聞きします」

 ここは、うまくクリアしてみせる──

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