第18話 現場と俺
「編集長。これからの予定はいかがなさいますか。」
今は羽田の駐車場内。
車に乗り込み、軽く自己紹介をした後、胡桃は行き来先を決めあぐねていたため、編集長に確認をとった。
「ああ。今日は一度現場の人たちとの顔合わせと、現場の空気確認ね。確か本社の近くで、HP用の写真撮ってたわよね??そこに向かいましょ。」
「分かりました。」
助手席に座る編集長と、後部座席に座る俺。
移動の疲れから、シートにもたれかかるのが最高に気持ちよかった。
足ぶらぶらできるし。
胡桃さんは俺の事に関して、編集長が決めた人材ですから。と否定することは無かったものの、編集長にいい顔をしていないさらに上の人がどう言うかはわからないと言った。
編集長はそのことに関して苦い顔をしたが、「仁君を見てもそう言えたら、あいつの目は節穴よ。」と強気の発言。
俺は関係ないよな。それに、今日特に何もしなくていいそうなので、自由に見学しようと思う。
*******
「着いたわよ。」
す・・・すげえなあ。これが本社か・・・。
きらびやかで、目の前には綺麗な街路樹が植わり、清潔感を感じさせるようなデザインの出入り口。
このデデン!!とそびえたつ高層ビルの全部が編集長が勤務する本社なのだそう。
「えーと。今日は8階の共有スペースで撮影しているみたいですね。」
「じゃ、行きますか。」
そういうと編集長と胡桃さんは迷いなく本社に入っていった。
俺は金目のものが入っているリュックだけ持ち、他は置いて社内に入る。
「編集長だ・・・。」
「誰かしらあの子。」
「綺麗な顔をしているわね・・・。」
すれ違うたびに社員と思われる人たちが編集長を振り返る。よく人事担当の人とあーだこーだ言っている編集長はその動向をよくチェックされているのだ。
その編集長が連れている、見たこともない綺麗な青年。
注目しないわけがない。
「編集長・・・俺すげーアウェイ感があるんだけど・・・。」
「あら。大丈夫よ。自信を持ちなさい。」
いやいや、自信どうこうの話じゃないんだけど・・・。
俺は胡桃さんならこの状況の打開策を持ち合わせているんじゃないかと思って、編集長の隣を歩く胡桃さんを見たのだが・・・。
「諦めてください。」
視線に気づいて振り向いてくれたはいいものの、彼女は気持ちがよいほどためらいもなくスパッと懐を切ってきた。
反射レベル。
溢れるほどの虚無を彼女の瞳は宿していた。
突きつけられる無情。
察する現実。
編集長はこの状態が普通だとでもいうのか。
普段ろくなことをしてねえんだろうな・・・・いい人だけど。
一行は8階に到着した。
現場にいるのはたくさんの人。カメラとか、衣装とか。人と物の宝石箱状態になっていた。
「ハイオッケー。じゃ次行ってみようか。」
「あと何分??」
「色他のないのー??」
くるくる~
くるくる~
めーがーま~わ~るう~。
すさまじい回転率で誰も休むことなく作業をこなしていく。さすがプロだ。
モデルの人なんかは3秒に一回、ポーズを変えているぞ・・・。
「あともう少しね。現場の様子をよく見てて。きっと参考になるわ。彼らの仕事すごいのよ~。」
すごいなあ~なんてポヤポヤしながら見てたもんだから、編集長の言葉にドキッとした。
えええ。これの中に俺入んの!?!?
もう膝ガクブルなんだが!?!?
ていうか、もうこの空気だけでお腹いっぱいなんですけど。
ていうか、この会社の建物見ただけで、家に帰りたかったんですけど!!
「諦めてください。大丈夫です。終わるまでは逃げられませんから。」
出たな!!居合切りの胡桃さん!!!
またもや躊躇なく、切り捨てられた・・・・。
ていうか・・・終わるまでやるんか・・・。3秒に一回・・・できるかな・・・。
「大丈夫よ。心配しなくても♡私がついてるじゃない。」
「編集長。編集長がいると余計に事態が悪化していたことをご存じでしょうか。」
「??そうなの???}
「はい。」
俺的メモ
今日分かったこと:
胡桃さんの居合切りは早すぎて、切られたことに気づけない場合もある。
その後無事、翌日お世話になる方々に面会を果たすことができた。
「初めまして。熊本から来ました。軽米 仁っす。よろしくっす。」
「いい体してる。」
「顔ちっさ。」
「スタイルよ!」
「肌綺麗!!」
ウェルカムな空気。
よさそうな人柄。
色々なんか言われて気がするが、俺は緊張で何も聞きとれなかった。あいまいな笑顔で誤魔化そう。
女性のモデルさんと男性のモデルさんはこちらを見てなぜか不憫そうな視線を向けてきたが、その意味を知りたくはないのはなぜなんだろう??
メイクさんに、衣装さん。カメラマンさんなど、俺を見て早くも明日行う、撮影に向けて計画を練るらしい。編集長とともに話し込んでしまった。
手持ち無沙汰になってしまった俺は、気を使われたのか。使われてないからこそこの扱いなのかは気になるところであるが、胡桃さんに連れられてとある場所に連れていかれた。
「好きなの頼んでいいですよ。経費で落ちるんで。」
そう。連れて行かれた場所というのは食堂。
時刻は1時を回っている。
甘い飲み物は飲んだが、ちょうどお腹すいたな~とか思ってたから本当に助かる!!気を使われてないような気がしたのは水に流してあげよう・・・・ムフフ。
っていうかそれにしても、結構あけすけと話しちゃうんだな・・・胡桃さん。
着いた場所は広々とした空間。大きな机と、たくさんのイス。床は綺麗な白。
これ絶対汚れ目立つから!!
食べ物はカウンターにたくさんのおばさん・・・おばあさん?がいる。彼女らに食券なるものを渡すことでご飯にありつけるんだそうだ。
「めっちゃあるな・・・。何にしよう。」
普段食べることのないものを食べたいよなあ。ビビンバ??って言うのもおいしいって聞いたことあるし、ハンバーガーもこの間食べてすごくおいしかったし。
「胡桃さん一押しはなんすか??」
「そうですね。私はよくうどんを食べてますよ。」
「うどんっすか。うまいんすか??」
「特別おいしいと感じることは無いのですが、たまに無性に食べたくなるというかなんというか。そんな感じです。」
ひねくれてるなあ~。そういうのをうまいって言うんじゃねえの???
よく知らんけど。
「じゃあ、俺それ頼むっす。」
「そうですか。でも400円ですごく安いですよ?せっかく経費で落ちるんですから、もっと高いのを頼んでみては??」
「ええ・・・。じゃあ、胡桃さんは、経費で落ちるってなったら何頼むっすか??」
「そうですね。この・・・ステーキ定食ですかね。」
「値段じゃないっすか?それ・・・??」
彼女はおいしさ<値段なのだろうか。
まあ気持ちはわからんでもないが。
ここで値段をとるのは何となく気分がよくない。彼女のおすすめという、うどんを頼もうか。
「まあ、おいしいってことでうどんに・・・「胡桃さん?」・・・しようか・・・なあ。」
やべえ。食券機の前でたむろしすぎちまったか??
後ろから声をかけられた。
「・・・・由美さん。こんにちは。」
胡桃さんの顔があまり動かないながら、固まるのが分かった。
由美さん・・・??どなたなのだろうか。
平均くらいの身長、茶髪、細めの目。ちょっと化粧がきついのだろうか。
俺の他人より鋭めの嗅覚が悲鳴をあげた。
「えっと・・??」
胡桃さんと由美さん??を交互に見る。
「その子が、例の子??あの身勝手な奴がどんなのを連れてきたのか見てみれば。何??その田舎臭さの抜けない子。」
おお。匂いに負けず劣らず、口も厳しいですな。
「確かに顔はいいかもしれないけれど、それだけで売れるわけないじゃない。あのおかまもいい加減にしろっての。」
「はあ。」
「このモデルはだめ、服が合ってないだとかいっつもそんなことばっか。胡桃さん?あなたからそう言っておいて。」
「はあ。」
「あ・・・あの・・・??」
「いいこと?あんた田舎だからかなんか知らないけど、この世界を甘く見てたらひどい目に合うから。」
一方的にそう言い切り、ちょっときつめの女性は食堂から出て行った。何も言わせず、何をしたかったのかもわからず。
「胡桃さん???あの人は??・・・なんかいろいろきつかったんだけど。」
「彼女は、
「ああ、来るときに言っていた人っすね。」
そういう胡桃さんも頭痛が痛い。みたいな面持ち。結構な頻度で争っているんだろうか。
彼女曰く、編集長と人事担当との意見が本当に合わないらしい。
編集長はどんなに金がかかっても、服の印象にぴったりな人を選びたい。素材を生かしたい。
一方で由美さんの意見としては、利益を考えた人材を選びたい。
新人を取り入れたがる編集長と、モデルの育成やらなんやらを鑑みた結果、反対派の麻衣さん。
その間に立つ胡桃さん。
気づいたらこんな構図になってしまったんだそう。
大変なんだな~なんて、他人事のように感じていた俺。
この時の様子をもっとしっかりと聞いておくべきだったか?とふと思い返す瞬間があることを、まだ知らない。
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