第17話


 それからの日々は、テレサ様と共にダンジョンを攻略し、猫の部屋まで辿りつくと、ミャカエルとテレサ様が戦う姿を眺めた。

 互いにへろへろになったのを確認すると、テレサ様を回収して帰宅(家の中なのに)。

 そして、またダンジョンを攻略し、猫の部屋まで行ってバトルを見学、その後、やはり帰宅(家の中なのに)。

 そんなことを何度となく繰り返していた。


 もはや、レベル上げみたいになっている。

 というより、事実、レベル上げなのだろう。

 根気強い連戦の甲斐があって、日に日にテレサ様は強くなっていった。


 本体を狙い続けるミャカエルの技を回避する技術を身につけ、影を操る数も3体から5体に増え、一体を防御に専念させている。

 魔法の力が増し、しかも戦略性も上がっている。

 主人煩悩ですまないが、やっぱりうちのご主人様はそのへんのご主人様とはものが違うぜ!


 今では完全にテレサ様の方が格上といった感じで、ミャカエルは防戦一方だった。

 我が主人の成長を見守るのはメイドにとって最高の栄誉。

 僕は毎日結構楽しく過ごしていた。


『なかなか素晴らしい日々でしたが、残念なことに、もうおしまいみたいですよ。ほら』


 シロフィーの言うとおり、どうやらこの行っては帰り行っては帰っての繰り返される日々も、もう終わりを迎えたらしい。


 そこにはミャカエルに向かって黒い影アニマルたち、クマ、キツネ、タヌキ、コブタ、タコ!?の五体が一斉に襲いかかり、全員でその小さな体からは想像できない程にパラフルな猫の体を押さえつけていた。


 流石にあそこまで拘束されると、もう何もできまい。

 勝負あったか。


「ちくしょー! みゃーを経験値上げに最適なすぐ逃げる敵キャラみたいな扱いしやがってみゃ!」


 うん。

 確かにそんな感じだった。

 こう、猫って液体みたいなところあるし、スライムっぽいのも同じだ。


「勝ちは勝ち、どう?敗北感ある?」

「認めねぇみゃ!こんなの卑怯みゃ!」


 ミャカエルがみゃーみゃーと泣き叫ぶ。

 まあ、卑怯だったとは思うよ、うん。

 でも、戦いってそう言うものだし、連日夜戦を仕掛けて相手を疲弊させるのも常套手段だ。

 今回はきっちり昼間に挑んでる分生ぬるいとすら言えるし、最終的にはテレサ様の勝ち取った勝利なので、問題なし!


「じゃあ、仕方ない。最終手段を行使する」


 テレサ様は手をわきわきさせながらそう言うと、ミャカエルに襲いかかった!

 その両手が猫の体をうねうねと撫で回し始める!


「みゃ、みゃー!やめるみゃ!」

「猫にとって人間の手は触手。繊細に動く指先の快楽から逃れる術はない」


 ミャカエルは全身を悶えさせ暴れようとするが、五体の影アニマルズによって微動だにしない。

 猫を押さえつける多種多様なアニマルたち。

 側から見てると動物大集合みたいになってほのぼの感もあるが、やってることは効果ありだ!

 猫は人間の手によって、ただただ全身を撫で回される快楽に翻弄されるしかないのだ!


「くしょー、こ、こんみゃの、く、屈服しちまうみゃー……」


 そうミャカエルが呟いた直後、ダンジョンが大きく揺れた。

 すわ地震かと思いきや、部屋の壁がぐにゃぐにゃと動き始める。

 そして、揺れと、壁の変化が落ち着くと、部屋は豪華な応接間から、ごちゃごちゃと荷物の詰まった倉庫のような場所に変化した。


『どうやらこの猫は倉庫に住み着いていたみたいですね』


 猫らしい場所に元々は住んでいたんだなぁ。

 くすぐりで本当に負けを認めることになるのは驚きだったが、確かに敵に与える屈辱としては最上級のものなのかもしれない。


「みゃー! みゃー!」


 ミャカエルは喋らなくなってしまった。

 これまでダンジョンの主として手にしていた魔法の力を、失ってしまったのだろうか。

 割と可愛かったので結構残念である。


「この猫は、私の使い魔にする」


 少し名残惜しい気持ちで猫を見ていると、テレサ様がミャカエルを拾い上げた。


「眷属ですか?」

「うん、魔石を与えて私が主だと躾ければ、便利に使えるはず」


 元々はテレサ様を凌駕する強さを持っていた猫なので、上手く扱えば、良い戦力になることは間違いない。

 魔石を与えて、魔法を扱いやすくさせれば、自然とまたあの愉快なミャカエルに戻るのだろうか。


「それにほら」


 テレサ様が自身のフードの猫耳をゆらゆらと揺らす。


「私も、猫属性だから」


 なるほど、お似合いな使い魔かもしれない。

 これからはミャカエルもこの屋敷で暮らすことになるのなら、僕にとってもお仲間ということになる。

 仲良くしていきたいなぁ、猫好きだし。


『私も結構猫属性あると思いません?』


 あるかないかで言えばあるけど、そんなにはないよ。


『クロは犬って感じですね!』


 それは、まあ、僕もそう思うよ。

 生まれついての奴隷体質というか、指示待ち人間というか。


「それじゃあ、ダンジョンを安定化させる」


 猫をあやしつつ、力を込めてそう宣言するテレサ様の姿は凛々しい。

 

「ついにですね……」


 そう、これこそが大目標である。

 この屋敷の不安定極まりない日々も終わりを告げる!

 これでもうランプの光源が眼球になってたり、洋箪笥の中が肋骨みたいになって叫び声を上げることもなくなる!


「まずこの倉庫を綺麗にする」


 テレサ様が手をひょいっと振ると、古ぼけた倉庫がなんと!禍々しい魔女の研究室のような姿に変化した!

 ……いや、禍々しさは変わらないんですね。


「私の趣味で、元々のハイセンスな感じは残していく。蝋燭が人の指のやつとか最高だった」


 ああ! テレサ様の手によって、元とあんまり変わらない感じに屋敷が作り替えられていく!

 むしろ悪化した可能性すらある!

 

 こうして、ダンジョン探索は終わり、異界屋敷も安定したというのに、悲しいかな、我らが住処は、恐怖の館のまま続行されることになった。

 つらたん……。

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