第7話


 思いがけないビッグネームに僕もシロフィーも同時に驚いてしまった。

 領主といえば、この領内の物事に対して、あらゆる問題解決を図る支配者兼便利屋である。

 僕が半年過ごして得た知識では、この世界では元々の支配層の貴族が衰えた結果、領主の力が強まり、領土ごとで別の国と言えるほどに違いが出るそうだ。


 つまり、それくらい領主の色が出やすく、領土の広さ次第では、ほぼ国王みたいなところがあるということ。


『いや、魔術師で領主はかなり珍しいですよ! 普通、そんな社会的な行動取らないのが魔術師ですからね!』


 シロフィーが興奮したように言う。

 どうやら魔術師は基本……という本来社会不適合者らしい。

 今後、関わり合いになりたくなさすぎる。


「最近、ここのダンジョンの魔力が落ち着いてるようでしたから、気になって来てみたのですが……貴女の他に誰かいて、それが魔術師ということでしょうか?」


 僕一人だが、何故かメアリさんは執拗に魔術師の所在を気にしている。


『それはですね、ダンジョンの沈静化、つまりは制御は魔術師くらいしか普通できないからです。幽霊と会話して住み込むなんて、あり得ない話ですよ』


 言われてみれば、確かに僕のやってることは、はたから見ると謎すぎる。

 不審者どころか、警戒すべきやべー脅威にすら見えるくらいだ。

 は、早く言い訳をしなくては!


「あの! 一応、この屋敷の人間は私一人です。色々あって、ここの幽霊と交渉して住まわせて貰ってるんです!」


 言い訳どこか、そのままの事実を言ってしまった……!

 僕の阿呆丸出しな言葉を聞くと、メアリさんは信じられないといった様子で目を丸くした。

 まあ、言っていることは明らかに狂っているから、仕方ない。


「幽霊と? 交渉したのですか?」

「はい。えっと、立ち話もなんですので、どうぞこちらに」


 僕はメアリさんを客室に案内……したいのだが詳しい場所が分からないので、それとなく道を教えてくれるシロフィーを眺めながら案内する。

 仕事には真面目な幽霊だ。


 客室に着き、大きな長椅子に腰掛けてもらうと、あとはお茶でも出せればいいのだが、この異界屋敷にそんな気の利いた物はない。

 そもそもこの屋敷が異界になってから何十年、いや何百年経っているのだろうか。


『安心してくださいクロ。こう言うこともあろうかと、たまに屋敷を出て食料探していた時に、一緒に積んでもらった草。あれが茶になります!』

「あれ茶だったんだ。薬草だと思ってた……」

『似たようなもんです!』


 そう力強く断言されると、逆に不安だが、仕事に不備をするメイドでもないので、キッチンへ急ぎ紅茶を生成する。

 目を瞑っても大丈夫じゃないかと思うほどに、慣れた動きで僕の両手が、勝手に紅茶を煎れていく。

 なんらかのメイド技術なのだろうが、今更それで驚く僕ではなかった。


『それはメイド技術その22〝紅茶オ・イスゥイー〟ですね』

「それ単体で⁉︎」


 メイド技術の法則性が掴めない。

 結局驚いてしまった。


 しかし、アイルさんは大変お気に召したようで、その元々にこやかな表情が、更に神々しくなって、大変嬉しそうだった。

 紅茶だけでひと枠占めているだけあって、その技術は超一流のものらしい。

 というか、メアリさん、こんな怪しげな場所で出された物を堂々と飲んでいるのはかなりヤバイのでは。


 超善人なのか、それとも何を入れられても平気なのか、その両方なのか、どちらにしろ凄い人物なのは間違いない。

 こんな人のメイドになってみたいと、彼女の笑顔を眺めながら、少しだけ思った。


『子供成分が足りなさすぎません?』


 メイドは頑なに子供に拘っていた。

 僕もそこそこ変態だけど、彼女ほどじゃないな……。


「結構なお手前でした」


 馬鹿な会話をしている間に、メアリさんは満足気に茶を飲み干していた。

 ここまでの道中で喉が渇いていたのかもしれない。

 ここ山奥で、しかもモンスターだらけだもんね。


「えっと、あの、きょ、恐縮です……」


 彼女があまりにいい笑顔なので、ついついどもってしまう。

 女性に弱い思春期の男子で申し訳ない。


『何を緊張してるんですか! 巨乳だからって気にしすぎですよ!』


 巨乳は関係ないのでは⁉

 いや、緊張の原因が巨乳美人への見栄だとすると、巨乳も関係してくるのだろうか……?

 結構面白い説かもしれない。


「それで、メイドさん。交渉してこの屋敷に住まわせて貰っているとは?」

「あっ、はい。えっと、まず私の話になるのですが」


 僕は自分が異世界から来たことは、記憶喪失ということにして、あとはそのままの真実をメアリさんに話そうとした。

 しかし途中で、シロフィーに止められてしまう。


『女装については絶対黙っていてくださいね! いいですか、あなたがどんな世界から来たか知りませんが、こっちでは相当な不審人物扱いになるんですから! 話したら、ルイーゼにドゥップドゥップさせますから!』


 いや、まあ、僕の世界でもまあまあ怪しい扱いは受けるよ。

 ドゥップドゥップ?されるのは怖いので、仕方なく女装は隠して話を続ける。

 彼女は興味深そうな表情で、時に相槌をうちながら、時に頷きながら僕の話を聞いてくれるので、大変話しやすかったが、そのせいでいらない事まで話しそうで危なかった。

 女装とか女装とか女装とかね。


「なるほど〜。驚きました。まさか、伝説のメイドがメイド服に囚われているなんて」


 メアリさんはじろじろと僕の服を観察している。

 僕は本当にシロフィーが伝説のメイドとして有名だったのかと、ちょっと驚いていた。


『何処に驚いてんですか! 嘘なわけないでしょこんな超凄いんですから!』


 確かにシロフィーは超凄いけどもうメイドとは別の領域で超凄いんだもん……。


「納得いきました。掃滅そうめつのシロフィーが関わっているなら、多少の非常識は逆に普通ですからね」


 ほら! 掃滅のシロフィーなんてあだ名のメイドいないでしょ! 戦闘職だよそれ!

 しかも生前から非常識で有名だったんだ……そりゃあそうだよね。死後も滅茶苦茶だもん。


「しかしそうなると、困りましたねぇうーん」

 

 メアリさんは首を捻って悩んでいた。

 まあ、いきなりこんな話聞かされたら誰でも困るよね。


『もしかしたら、屋敷を強奪しようと考えているかもしれませんよ』


 何故!?


『いや、最初から言っているように、魔術師はダンジョンを制御して乗っ取ることが出来るんですよ』


 そういえば、それが目的で乗り込んできているのではという話だった。

 でも、今は和やかに終わりそうな空気じゃない?

 メアリさんはほわほわしているし、何なら僕も割とほわほわしていると自認しているので、超ほわほわ空間のはずだ。


『甘いですねぇクロは。いいですか、そもそもダンジョンは高値の魔石がバシバシ収穫できる超美味しい場所なんですよ。けれど、高位の魔術師しか制御にできないし、そもそも危険なので基本はリスクがでかくほっとかれています。でも、今はどうですか?』


「……こうして和やかにお茶ができている?」


『そういうことです。国としては、本来、武力で強奪……もとい徴発したいところなんですが、魔力たっぷりのダンジョンにいる魔術師は強すぎるので、しかたなぁく、交渉して一部を借り受けるのが普通なんです。でも、今回は魔術師がいないので、武力行使になんの問題もないんですよ』


 なるほど……ダンジョンを制御できるほどの魔術師であれば、その存在そのものが脅威で、しかも有利なフィールドだから誰も攻め込んでこないというわけか。

 翻って我が身を鑑みると、今、この屋敷は化け物だらけではあるものの、それらは僕によって沈静化されており、魔術師もいない。


 つまり武力が足りておらず抑止力がない!

 どうやら、この異界屋敷は結構まずい状況におかれているらしい。


『私というスーパーメイドが抑止力になっているといいのですが』


 確かにシロフィーの無茶苦茶な能力なら抑止力にはなりそうな気もする。

 しかし魔術師は先ほどの光景を見る限り、空間すら操れるレベルの非常識っぷりだ。


 ……というか冷静に考えてみると、シロフィーはどれくらい強いのだろう。

 そもそも彼女、人間を超えた能力を持っているが魔術師じゃないのか?


『魔術師ではないですね。しかーし! 相手のフィールドでなければ、大抵の魔術師には勝てますよ! 超強いので!』


 逆になんで魔術使えないのにそんなに強いのかは謎だけど、今はありがたい!


『でもそれは生前の話で、私を着たクロがどれくらいやれるかは謎ですね』


 まあ、そうなるよね……。

 結局、メイド服着た僕程度では、抑止力になり得ているか微妙そうだった。

 そりゃあ、僕ただの一般人だもの。


「そうですねぇ。とりあえず、クロフィーさんとシロフィーさんの目的を聞いても良いでしょうか?」

「目的……ですか」


 メアリさんは、取り敢えずは交渉で来てくれるらしく、こちらの方向性を聞いてきた。

 しかし、実のところそんなものはほぼないわけで。


 それとなくシロフィーに目線を送ってみると、彼女は『今の第一目標は素晴らしいご主人様を得ることですかね』と呟いた。

 僕としても、雇用主は尊敬できる人物の方が良い。

 職業のあたりはずれは結局のところ、同僚と上司が良いかどうかだと聞いたこともある。


 今は少なくとも同僚?上司?のシロフィーとは良好な関係なのだからご主人様とも良好な関係を気付ける相手が良いのは間違いない。

 両者の意思が揃ったところで堂々と、メアリさんにメイドの統一見解を話した。


「私たちの望みは、素晴らしいご主人様にお仕えすることです。それ以上の望みはメイドにはありません」


 一丁前にメイドらしいことを言ってみると、背後でシロフォーがにまにまと笑っていた。

 どういう感情からくる表情なんだよそれは。


「メイドの鑑ですね。しかし、素晴らしいご主人様となると、私じゃ駄目そうですねぇ」

「い、いえそんな! 全然! 全然いけます!」

『何がいけるんですが何が』


 何がいけるのかって?

 それは何もかもと答えておこう。


「ふふふ、ありがとうございます。ですが、私ではやはり貴方たちの望む主にはなれないでしょう。それに、シロフィーさんは、未来ある立派な主人を育てるメイドだと聞いていますよ」

「育てるメイド?」

「はい、メイドがいるから偉いのではなく、メイドがいる環境が主人の意識を育てる。それが、彼女の口癖だったとか」


 なんだかよく分からない口癖なので、シロフィーの方を見て解説を求めてみると、彼女は目を逸らして顔を赤くしていた。


『若い時の調子に乗った発言が歴史に残っちゃってるー!!!!』


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