第48話 国王にどう報告されるのか、それが問題だ(Side.アルフレッド)
※今回顔を顰めるような刑の名が出ます。描写はありませんが、どんな刑なのかご存じの方には胸くそ悪くなる可能性が高いです。ご注意下さい。
『おぉ、よう来たのぉ、ディー』
音もなく登場したディルクに固まっている俺を他所に、叔父上が親しげに声をかける。いや、“親しげに”っていうのも違和感しかないのだけれど。
愛称で呼ぶ間柄なの? いつから? この二人、接点という接点なんてなかったよね? 俺知らないよ?
『来るつもりはなかったんだけどね。アンジェリカの気の流れが荒れたから』
そう言って、俺の膝の上にいる猫姿のアンジェリカの頭を撫で始めた。
どうやらディルクは己の使い魔であるアンジェリカの身を案じて足を運んだらしい。
……俺は? 俺の事は案じてくれないの? 現在進行形で尋問受けてるのは俺なんですが?
『主、アル様が脅されていますよ』
アンジェリカの平坦な声が心に染みる。
人見知りでおっとりタイプの彼女は、怒ると昂ぶる感情とは裏腹に感情が抜け落ちたようになるらしい。本人に自覚がないから、きっと素なのだろう。
少なくとも、妹分である彼女は俺を好んでくれている事が感じられる。
ありがとう、アンジェリカ。君の優しさに俺が救われた。
『別にいいんだよ。少しは危機に直面した方が成長するから』
反対に、彼女の主は手厳しい。
ディルクの言い分はわかるしその通りだと俺も同意しているけれど、久し振りに会ったんだから、もうちょっと優しくしてくれても良いと思う。
(かれこれ一年振りくらいの邂逅なんだけどなぁ)
アカリの件が落ち着いてから半年後。ディルクはジリアンとともに、星古学者として各地の遺跡巡りをしに旅立ってしまった。
俺も俺で勉強に公務に修行に、あと人に言えないその他諸々を熟していたのもあって忙しかったから、それはもう織り姫と彦星並に会わない日々を送っていた。
(アンジェリカを通して連絡は取っていたけれど、こうして会うのは本当に久し振りなんだし……だから)
もっとこう、気遣ってくれても良い気がする。
『ククッ、踏んだり蹴ったりじゃな!』
諸悪の根源は可笑しそうに笑いながら何か言っている。
誰から始まったと思っているんです? 正解は、貴方です。
『ところでディー、お主の姫君はおらんのか?』
『今回の調査報告書と考察の書き殴りのメモをまとめてるよ』
『一緒に居らんで良いのか?』
『今は特に力は使っていないからね、心配ないよ。それで、アルの疑いは晴れたでしょ?』
人を放って会話を弾ませている二人をジト目の心で見ていれば、唐突に話が戻ってきた。
そうだよ、俺の事はもう十分でしょ?
『ふむ……まぁ面白みには欠けるが良いじゃろ。転生なら仕方なかろう。それにほれ、小動物みたいで可愛いしのぉ』
『まぁ、虚勢を張ったウサギみたい、とは思うけど』
そりゃあ、圧倒的な肉食動物に狙われた草食動物なんてそんなもんですよ。むしろ脱兎の如く逃げ出さなかったのを褒めてほしい。
『父上……国王にはどう報告するんです?』
話が進まないので俺から切り出す事にした。
叔父上を動かせるのなんて一人しかいない。というより、考えてみれば裏も何も始めからなかった。本人の気まぐれでないなら、国王である彼の兄の命令しかない。
(今世の父親は優しいし家族思いな人だけど、あの仮面の下で何を考えているのかわからない所が苦手なんだよね)
国王であり俺の今世の父――リュシアン・M・ノーブル
俺と同じ色を持ち、いつものほほんとした柔らかな笑みを浮かべている……まぁ、良く言えば穏やかそうな人。悪く言えば以前のアルフレッドの様に見えてしまう人だ。
けれどそれは本当に外見上の話でしかない。
ニコニコと微笑みながら死刑執行時の話をする姿を知れば、どんなに良い親だとしても引いちゃうでしょ。
(俺がこの国の死刑の話を振ったのがいけないのだけど)
この国や世界を知るために個人的に勉強をしていた際に、最古のギロチンの図に目が留まった。
『そういえばこの国の死刑制度はどうなっているんだろうか?』と、素朴な疑問を抱いてしまった事が、父親に苦手意識を持つ羽目になった切っ掛けだった。
前世の俺が住んでいた国の死刑は絞首刑だった。けれど他国では電気椅子や銃殺だったりと様々な方法が用いられていたし、古の時代にはなかなか趣味の悪い方法が存在していたりする。
まぁ、その趣味の悪い刑は相手をこれでもかと苦しめるために開発されたものだし、現代と目的が違うのだから当たり前なんだろうけど。
(……ラノベやゲームの死刑ってどんなのだったっけ)
この流れからすれば当然行き着いた疑問だった。
そこで俺は、前世で流行ったライトノベルやゲームの死刑描写を思い出そうと、記憶の引き出しを漁った。
記憶にある限りだと、斬首……ギロチンや毒杯が多かった気がする。腰斬刑とか凌遅刑みたいな描写のある作品もあったけど、表現の自由を死守しようと奮闘する文字書きの作品に限り、みたいな部分が強かった。
映像や絵の方が規制が厳しかったしね。
そもそも【学園グランディオーソの桜】は乙女ゲーム……それも全年齢対象のゲームだ。前世の時代で発売される全年齢対象の乙女ゲーム系の作品に、そこまでの残酷な表現は出来なかっただろう。当たり前と言えばそうだよなと、独り納得する。
ではこの世界……実際に今生きて実在している世界の、強いてはこの国の死刑はどうなっているのかというのが気になり始めた。これも流れ的には当然と言えば当然の疑問だった。
(現実はご都合主義な乙女ゲームみたいにいかないからなぁ……悲惨な死刑方法があってもおかしくないよね。流石に“人豚の刑”みたいなのは無いだろうけど)
前漢の初代帝王・劉邦の皇后――呂雉が、側室だった戚夫人に行った“人豚の刑”は史実だ。けれど、あれは時代と圧倒的権力と、民の生活を潤わせる事の出来る政治の才を持っていたからこそ可能だった刑でもあるし……
そこまで考えて、そう言えば国王もその三点セットを満たしていたなぁ、なんて気付いてしまった時には変な汗が流れたものだった。
後に、この国では大体絞首刑を用いていると説明を受けた時、やっと緊張が解けたのを覚えている。
国王自身『本当の大罪人相手じゃなきゃ斬首刑だって執行しないよ』と言っていたから、多分本当の事なんだろう。
じゃあ何が恐ろしいのか。
その死刑執行の合図を笑顔で行える事がとても恐ろしいんです。
(しかもその仮面の裏の感情が読めないから尚更怖い)
思考と感情を悟られない事は、弱みを握られ難くて確かに合理的だとは思う。しかも『何かあるんだろうけど何考えてるの?』的な雰囲気は、相手を留まらせるに十分な効果を発揮する……つまり、何を考えているのか不明な人間は物凄く怖い。
そんなこんなで俺は父親が少々おっかないのだけれど、その父親に叔父上がどう報告するのかが問題なんだ。
(国王は良くも悪くも国が一番な人だ。俺の事はまだしも、マリアの事がバレてしまえば、国のために囲ってしまうかもしれない)
それは教会とはまた別で面倒なので、どうにかして全力で避けたい。
『そうじゃの~』
俺は叔父上の言葉を固唾を呑んで見守った。
※個人的に、中国の悪女の中では呂雉より妲己の方が残虐性が高かったと思いますが(“酒池肉林”という言葉が生まれた切っ掛けの人ですし)、呂雉は政治力に長けていて国は栄えていましたし、残虐性も側室やその子、皇室内と外に向ける事はなかったので、今回は呂雉を選びました。
どっちも悪女なんですけどね! でも国民が豊かな暮らしが出来るほどの政治を自ら行っていた呂雉、聡明で行動力があって私はそこまで悪く思わないです……彼女の周囲にとっては本当に地獄の時代ですが(苦笑)
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