第27話 首輪の勇者

「まさか、そこまで無能だとはな」


 宰相モーグウェルの冷え切った声が牢獄の壁に響く。

 勇者パーティの面々は装備も服も剥ぎ取られて王宮の地下牢に転がされていた。身に着けたものは粗末な貫頭衣と“隷属の首輪”だけ。手枷足枷はないが、同じことだ。首輪が行動を縛り、使役者のひと声で頭が吹き飛ぶ。


「……アイクヒルを仕留め損ねたのは、事実ですが」


 そしてその事実を隠そうとしていたのが露呈したのも事実だったが。元勇者のカーグにとってモーグウェルの怒りと焦りは予想外だった。


「そこまで価値のある、者では……」

「“拘束バインド”」


 モーグウェルの声で首輪が締め上げられ、カーグは息ができずに独房の床を転げ回る。


「“守護者”には貴様ら全員を合わせたよりも、遥かに価値がある。無知蒙昧むちもうまいやからには理解できんだろうがな」

「閣下」


 兵士が駆け込んできた。手紙を渡し、なにやら話して退出する。その間も首を締め上げられ続けたカーグは痙攣しながら泡を吹いて失禁していた。


「“弛緩アベイト”」


 吐き捨てるようにいうと、ようやく首輪の締め上げが緩んだ。完全に意識を喪っているカーグを無視して、モーグウェルは残る三人に通告する。


「貴様らは“深潭しんたん”に入れ」

「「「⁉︎」」」

「三十階層から、“守護者”が落ちたという縦穴に降りろ。七日以内に“守護者”の死体を持って戻れば、命ばかりは助けてやろう」


 ダンジョンボスの部屋がある三十階層で彼らが使った転移魔法陣は地上に帰還するだけの一方通行だ。それを知る“元賢者エーカム”と“元聖女ミネル”は蒼褪めて震え、“元戦士ダッド”は無表情のまま宰相を見据える。

 ゴチャゴチャうるさい無能と思ってはいたが、アイクヒルの能力なしに踏破が難しくなることくらいは理解していた。“収納ストレージ”による荷運びも、“浄化クリーン”や“回復キュア”や“防壁バリア”でサポートもなくなるのだ。元聖女ミネルの“浄化クリーン”や“回復キュア”は戦闘用だ。威力も魔力消費も大きすぎて日常使用に向かない。


 どうせ、ただでは済まないのだろうという諦めは全員にあった。

 自分たちの何が問題だったのかはハッキリ理解していなかったが、ここに来てようやく朧げにわかり始めていた。どうやら“守護者アイクヒル”の存在価値は勇者パーティと一緒に活躍ではなく、活躍にあったのだと。

 “深潭”のボスを倒せば、“紅玉の魔珠”が手に入る。そして膨大な経験値を得て、自分たちはさらに強くなる。それが王宮側の目的だと思っていたが、違った。

 それにより“守護者アイクヒル”レベルがリセットされる、つまりは彼の力を喪わせることが主目的だったのか。

 だったら、それを伝えればいいものを。信用されていなかったのか、真実を伝える価値もない使い捨ての駒と思われていたのか。

 おそらくは、両方だろう。

 元賢者エーカムは自分の愚かさを嘆き、元聖女ミネルは自らの不幸を呪った。


「王国の平民愚民どもにとって、いまだ貴様らは“救国の英雄”のままだ。役目さえ果たせば、以前と同じ暮らしは保証してやる」


 最大限の譲歩をしてやったとばかりに宰相は告げる。これからは、王宮の……いやモーグウェルの意のままに犬として使役されるのだ。食い扶持は変わらないとしても、地位も名誉もない。それすらも、“成功したら”という口約束でしかない。


「貴様らにとっては、汚名を返上する最後の機会だ」


 見た目だけは以前のものに似た装備や魔導具を下げ渡され、彼らは再びダンジョンへと送り込まれる。“罠避け”として狩り集められた十人の亜人奴隷を前列に、後方には督戦の隠密部隊を引き連れて。

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