第15話 集落奪還
「すッ……げぇ」
暗闇のなかを進むと、巨大なオークの
何かの冗談みたいなこの状態を作り出したのは、アーシュネルが振るった猫手メイスの一撃だ。頭の陥没以外に傷がないから、文字通りの一撃だったんだろう。
「なにこれ、アーシュネルそんなに強かったの⁉︎」
「ううん。みんな、あなたのお陰」
この獣人美少女は、それしかいわなくなってる。恥ずかしいからやめてほしいと伝えたけど、無理だった。潤んだ瞳で見つめるのも勘弁してもらいたい。けっこうな美少女だし、ぼくは褒められるのに慣れていないので挙動不審になる。血のついたメイスを宝物みたいに抱きしめながらなのも怖い。
「じゃあ、アーシュネル、手を貸してくれるかな。重傷者から順に治療してく。君には周囲の警戒と、動けるひとの誘導を……」
「大丈夫、任せて。あなたは、ここにいてくれた方が早い」
ひょいひょいと音もなく駆け回りながら、アーシュネルはすごい速度で負傷者をぼくの前に運んでくる。たしかに彼女が動いてくれた方が、ぼくが駆け回るよりもずっと効率的だ。
運び込まれたひとたちの負傷箇所を探って、治癒の優先順位を決める。意識を失ってるだけのひとは、悪いけど後回しだ。まずは放置したら死んでしまいそうなひと。次に、怪我の程度が重いひと。状態を見ながら“浄化”“治癒”“回復”を掛ける。
何人かは、かなり際どいところだった。死に掛けていたのがひとりと、腕が千切れかけていたのがひとり。ぼくには部位欠損まで治す力はないので焦ったが、なんとか繋げることができた。
「……おかげで助かった。感謝するのじゃ」
「いえ、無事でよかった」
ぼくは治療を続けながら、意識を取り戻した男性から話を聞く。長老っぽいドワーフの老人で、カイエンさん。彼も他の重傷者も、負傷したのはオークの棍棒や手足で吹き飛ばされた結果のようだ。
必死に戦ったけれども、オークに対抗できるような武器がなくて蹂躙されてしまったのだとか。
「ゴブリン程度の襲撃には備えていたがの。まさかオークが群れで現れるとは思ってもみなかったのじゃ」
「この集落、何人くらい住んでるんです?」
治療が済んだ重傷者が十二名、すぐには治療が必要ない軽症者が七名。まだ回収されていない怪我人がいないか確認したい。
「二十と七人じゃな。できるだけ女子供は逃したんじゃが……」
「あッ!」
ぼくが急に叫んだんで、負傷者を抱えたアーシュネルが何事かと駆け込んでくる。
「アイクヒル、どうしたの⁉︎」
「ごめん。急ぎの負傷者を優先して。その後でいいから、仔猫ちゃんたちを迎えに行ってほしい」
「こねこ? もしかして、それ」
「名前はファテルと、ミルトン。あとトールだ。たぶん、ここの子たちだろ」
「生きてるの⁉︎」
「え? ああ、もちろん。
「“ゴブリンの
「大丈夫だよ。ゴブリンは見かけなかったし、彼らは高い岩の上に隠してきた。水と食料も、武器も渡しておいた。ファテルは、しっかりした子だから、きっと不用意な行動もしないよ」
ぼくは負傷者の治療をしながらだからアーシュネルの方は見ていなかったけれども、妙に静かになったと思って振り返る。
「うぉッ⁉︎ ど、どうしたアーシュネル⁉︎」
彼女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、ぼくにつかみかかろうとしていた。さすがに攻撃の意思とかはなさそうだけど、なんだかものすごい激情と戦っている感じ。
なに? ぼく、なんかした?
「あの……子だぢ、は……弟ど、従兄弟」
「え? ああ、そうなんだ。ビックリした……いや、よかったね、うん」
ファテルが、アーシュネルの弟か。トラ柄の仔猫じゃなくて、虎獣人の子だったのね。
「なるほど、たしかに目が似てるかな」
「……め?」
綺麗なトラジマも、いわれてみれば同じだけど。もっと似てるのは目だ。ずっと、みんなを生かすにはどうしたらいいのかって、考えてるみたいな目。
それを伝えると、ぼくに向けられていた手が、ゆっくり降ろされる。涙を拭って、彼女は静かに笑う。
それで、わかった。ぼくに抱き付こうとしてたんだって。でも治療の邪魔になるからって、必死で我慢してた。いまも、そうだ。自分の感情よりも、他のひとの救助を優先するべきだって、必死に冷静になろうとしてる。
ぼくは立ち上がって、アーシュネルを抱き締める。急ぎの治療は済んだ。ここは、照れてる場合じゃない。慰めるために、背中をポンポンと叩く。
「ファテルも、他のひとたちも。君が……君たちが守ったんだ。よくやったね」
「ゔぁああああああぁッ!」
あ、ダメ気持ちはわかるけど、そんな全力で抱き締められたら死んじゃう、いま背骨がミシミシいってるから、ちょ……
「アーシュネル、落ち着いて。アイクヒルが潰れちゃう」
背後から掛けられた言葉に、虎の子美少女がビクリと反応する。解放されて振り返ると、見覚えのある人狼女性が立っていた。
「イーフル⁉︎ ミーアスと、メーアスも!」
イーフルさんは見覚えのないドワーフの男の子を背負い、幼いドワーフ姉妹と、三人の仔猫ちゃんたちを連れていた。
いや、違うな。逆だ。
ファテルは短剣を手にミーアスたちの左前にいた。右後ろには弓を持ったミルトン、その隣に槍を抱えたトール。
「やあ、ファテル」
「あ、アイクさん。ぼくたち、ちゃんと、かくれてました、けど」
「わかってる」
ぼくはイーフルさんの背中で震えてる子を手のひらで示す。
「その子を助けて、女性たちを護衛してきてくれたんだろ。人員配置もよく考えてる。やっぱり、君は頼れるリーダーだ」
浮かべていたぎこちない笑みがクシャッと歪み、安心したのかファテルは泣きそうな顔になる。それでも、泣き言はいわない。警戒も解かない。本当に、
三人とも、ずいぶん雰囲気が変わった。いまも見た目は可愛らしい仔猫ちゃんたちなのに、ひと回り大きくなったような頼り甲斐のある感じ。
自分と彼らとの間に、強固な信頼で結ばれたような感覚があるのも不思議だった。
「戻ってきてすぐに悪いけど、ファテルたちの力が必要だ。村のみんなを助けたいんだ。手を貸してくれるか?」
「「「……はい!」」」
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