第8話 守護者の覚醒
「このなかに、弓が得意な子はいるかな?」
「ミルトンが」
リーダーらしいトラジマの男の子が、隣の華奢な子を指す。ミルトンというのは最初に泣き声を上げていた、斑模様の女の子だ。
「じゃあミルトン、これは君が使って。他に君たちが使えそうなサイズの武器は、短剣と小盾、それに手槍がある」
「やりは、トールがうまいの」
「そうか。君の名前は?」
「ファテル」
「よし、ファテル。君も好きな武器を選んで」
トールというらしい茶色毛の男の子に手槍を渡して、ファテルの前には短剣と小盾を置く。
彼は短剣を手に取ると鞘を腰の後ろにつけて固定を確認し、しゃがむ動きの邪魔にならないか、抜きやすいかどうかを試す。その仕草は、かなり慣れた様子に見えた。
少し考えて、小盾はぼくに返してくる。ファテルは防御を捨てるのに迷いがなかった。
そんな子供は見たことがない。こんな危機的状況で盾を捨て剣を取るのは攻撃力に絶対の自信がある強者か、身の程を知らない馬鹿だ。
ファテルは、どちらとも違う。
「なるほど。移動と回避を優先、そして少しでも疲労する要素を減らしたんだね」
彼の目は、
「え? うん。それと、あの……できるだけ、てを、あけたいの」
「なるほど。負傷者が出たときの想定もしてるのか。すごいなファテル、君は生まれついてのリーダーだ」
ファテルはポカンと口を開き、驚いた顔で固まってる。
「なんで、わかったの」
「さっきの動きを見てればわかるさ。君が怪我をしていることもね。見せて、左の足だ」
「まって!」
女の子ミルトンが、小さく悲鳴のような声を上げる。
「怖がらなくて良いよ。治療をするだけだから」
「ちがうの、ファテル、けがしてたの⁉︎ にげるとき、わたし、たすけて⁉︎」
そっか、ミルトンに気を使わせないように隠してたのか。悪いことしちゃったな。まあいい。
「話は後にして。すぐ済む」
“
「上手く衝撃を逃したな。大した反射神経だ」
「あ、うん……いッ」
痛みはあるようだけど、折れてはいない。
まだ使えるかどうかわからなかった“
「よし、これでどう?」
「いたく、なくなったの」
「それじゃ、もう大丈夫だ」
ちょっとだけ“
・名前:アイクヒル(16)
・職業:守護者(レベル6)
・HP:52/60
・MP:37/60
・スキル:“
・習得魔法(初級):“
ステータスを見ると使える魔法も増え、魔力も回復してきてる。この子たちを守護すると決めたことで、“みまもり”の力が上がったんだろうか。ぼくの守りたい気持ちが強いせいか彼らの信頼を受けたせいか、レベルアップの度合いが高い。数値を細かく測れないので条件については不明点も多いけれども、どうもレベル上昇は
理屈はどうでも良い。成長した恩恵は、守護対象に返すだけだ。
「よく頑張ったねファテル。でも、あまり無理をしないようにね。君が倒れたときは、ミルトンとトールも危険にさらすんだから」
「……わかってる。ぼくが、ゆだんしたから」
「ううん、わたしが、わるいの」
「ちがうよ、おれが」
「いやいや、なにいってるの?」
ぼくが首を傾げてみると、三人はビクリと身を強張らせた。いや、なんでそこで怯える。たぶん、怒られると思ったんだろうけど、怒るような問題はないだろうに。
「君たちは、いちばん困難なときを乗り切った。この状況は突破できるよ。ファテルの判断は間違ってなかった。仲間を守って、引き換えに怪我をしたといっても、隠し通せる程度の軽傷で済んだんだからね」
「でも、それは……アイクさんが、きてくれたから」
「そうかもね。でも結果以外のことなんて、どうでも良いんだよ。運でも策でも罠でも何でも。最後に生き延びれば、君らの勝ちだ」
「……うん」
「いいぞ。君がいれば、みんな無事に仲間のところに戻れる。待ってて、あのオークは、いま仕留めるから」
岩の上から覗き込むと、暗闇のなかで死体漁りをしているオークは二体。体高は
やっぱり、あいつらが元凶じゃない。
「ねえ、ファテル。もしかして、君らの仲間はオークに捕まってる?」
ハッと息を呑む気配があって、仔猫ちゃんたちは涙目で俯く。そうか、こんなところを小さな子たちだけでウロウロしてるのは不自然だと思ったんだ。
「なるほど。それじゃ、すぐには仕留めない方が良いか」
「「「え?」」」
「心配要らない。君らの仲間はまだ死んでないよ。オークは、獲物をすぐには殺さないから」
捕らえた獲物を、しばらく生かしてはおくのは事実だ。ただし、それは保存用の肉を腐らせないため。逃げられないよう半死半生にしておくので殺されるより悲惨なのだけれども、そこは話さない方が良いだろう。
ぼくは懐から
表現を変えれば、
スリングを思い切り振り抜いて、無防備なオークの脇腹に銑鉄弾を叩き込む。人型魔物の身体では、そこが最も皮膚が薄く柔らかい。貫通したトゲトゲの塊に内臓を切り裂かれたオークたちは、甲高い悲鳴を上げて転げ回りながら豚に似た凶悪な顔を歪める。
「すごい……」
「ちょっとだけ、ここで待っていられるかな? すぐ戻るから」
もし長引いたときのために、保存用の堅焼きビスケットと干し肉、水の入った革袋を置いていく。おやつとして
お腹が減っていたらしく、食べ物を見て仔猫たちは小さく歓声を上げた。
その後で手が止まり、目が泳いだのを見て、どうやら彼らが過酷な環境にいたことを察する。
「“仲間のために取っておく”、みたいな心配は要らないよ。まだ他にも、食べる物はいっぱいある。後で合流したら、みんなにも分けてあげられるからね」
「「「ありがと」」」
水や携行食の類は勇者パーティにいた頃、大量に調達した手付かずのものだ。収納に入れたままだったから劣化はしていない。
「それじゃ、ぼくは用事を済ませてくる」
「アイクさん、ようじって? あのオーク、まだ、しんでないよ?」
「わかってる。わざと生かしておいたんだ。
フカフカになった三人の柔らかな毛並みを撫でて、癒されたぼくは大岩から飛び降りる。気休めかもしれないが、彼らには“
静かに着地して、笑顔で振り返る。こちらを不安そうに見ている、小さな三人の顔を。
仔猫ちゃんたちがここに迷い込んだということは、幼児でも移動できるくらい近くに、亜人が隠れ暮らす場所があるんだ。彼らは孤立無援で地上の人間社会から見放され、飢えや渇きと戦っている。そして何より、魔物たちと。
だから、ぼくは決めた。彼らを
「あいつらが逃げる先に、オークの群れがいるはずだ。そこに、君らの仲間もいるんだろう?」
「……うん、でも」
「大丈夫だよ。きっと助け出してくるから」
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