第6話 勇者の不穏

「……これは、どういうことだ!」


 転移魔法陣で地上に帰還し、意気揚々と王都に凱旋した“救国の勇者”カーグは目の前の状況に声を荒げる。

 難関ダンジョン“深潭しんたん”の攻略達成を祝う宴の準備でも整っているのかと思えば、彼ら勇者パーティを出迎えたのは、城壁前に布陣した数百の兵士たちだった。

 平民出の彼らが“救国の勇者”と持てはやされ、あがたてまつられて送り出された数日前とは、態度も空気も完全に変わっている。


「たかがに何日掛かってんだ、グズども」

「なにッ⁉︎」


 命懸けの攻略を雑用呼ばわりされ、顔色を変えた勇者パーティに兵士たちは一斉に下卑た笑い声を上げた。


「“なにー”だってよ」

「こいつ、まだ“勇者様”のつもりらしいぜ?」


 追い討ちを掛けるような嘲弄とともに、汚らしい魔物の集団でも見るような侮蔑の視線が降り注ぐ。

 自分たちだって国を守る責務を持った戦闘集団だろうに、ずっと安全で安楽な王都にいながら勝ち誇った顔をする兵士たちを見てカーグは思わず剣に手を掛けそうになった。


「なんだァ? 貴族様に楯突こうってのか、虫けらの分際で」

「おうおう、やってみろ! 不敬罪で断頭台に送ってやるぞ!」


 兵士たちの前面に立つ白銀甲冑の一団を見て、怒りは不安に変わる。彼らは、王家直轄の近衛騎士団。身分は最低でも騎士爵だ。王国の法律上、貴族は平民を恣意的に断罪する権利を持つ。


は済んだか」


 防御魔法陣で守られた豪華な御輿こしの上から声を掛けたのは、宰相モーグウェル侯爵。

 嫌味でいけ好かない口髭の中年男だ。王女ハイアリアの夫にして、王国の政治的責任者でもある。

 貴族院の重鎮で侯爵位を持つ彼は、平民に対してはゴミを見るような目を向ける。たとえそれが勇者や聖女であっても、蔑みを隠さない。亜人など存在を認めることすらない。人間至上主義が共通認識である王国の淀みや悪意を煮詰め、上に貴族優越主義をちりばめたような人物だった。

 しかし彼らにとっては直属の上司で、後ろ盾となる金主きんしゅだ。内政、それも国家予算に関する決定権では王家でさえ凌ぐ。生殺与奪の権を持った相手に、カーグは憤怒を押し殺してへりくだる。


「半獣……というのは、アイクヒルのことですか」

「ゴミの名など知るわけがなかろう。結果だけ申告せよ」


 勇者パーティの面々は顔を強張らせた。彼らが命じられたのは“紅玉の魔珠”を手に入れること、その後レベルリセットを待って“守護者”を始末することだ。

 まさか四人掛かりで返り討ちに遭い、逃げられたとは答えられない。モーグウェルは、自分の期待に背くものを許さない。


「……はッ。奴の首をね、……死体は、ダンジョンの縦穴から落としました」

「ほう? 貴様ら下賤の者どもであっても、さすがに相手がレベル1ならば遅れを取ることはないか」


 勇者パーティの四人は、黙って頭を下げる。いま宰相の侮蔑に反応する者はいない。それどころか目を上げようともしなかった。


「意外ではあったな。薄汚い穴から石ころを拾うのに何日も浪費するとは、期待外れだったかと思っていたところだ」

「……はッ」

「しょせん無能な平民どもには、そこらで低級魔物ゴブリン狩りでもさせておくのが御誂おあつらえ向きだったか、とな」


 勇者は怒りと憤りの感情を必死で抑える。それを知り、感じ取ってなお執拗に煽り立ててくるのはモーグウェルが持つ薄ら暗い劣等感によるものだ。彼は長身だが脆弱で体力は子供以下、魔力もなく荒事には向かない。口論以外では誰にも勝てない。おまけに生殖能力にも問題を抱えているようで、王女である妻との間には色々と口さがない噂が飛び交っていた。

 その王女ハイアリアは王位継承権二位だが、兄の王子ヘイスメルが病床に伏したため女王の座を目前にしている。未来の王配気取りで増長し、本来は王族以外に指揮権のない近衛騎士団さえ意のままに動かす彼を止める者はいない。


「こ……“紅玉こうぎょく魔珠まじゅ”は、手に入れました」

「ふん」


 モーグウェルは部下をカーグのもとへと走らせ、自分は御輿の上でふんぞり返ったままそれを受け取る。


「“宮廷魔導師老害”どもに鑑定させろ。偽物なら勇者どもは斬首、質が足りなければ再び討伐に向かわせる」

「はッ!」


 部下が石を持って王城に走り去った後、モーグウェルは騎士たちを見てカーグに指を向ける。


「すべての武器と装備を剥ぎ取れ。抵抗するようなら殺せ」

「な⁉︎」

「なんだ、カーグよ。不満か?」


 カーグたちは一瞬だけ視線を合わせると、諦めたように脱力する。

 近衛騎士たちが身に着けているのは、魔法による強化を受けた甲冑。攻撃力も防御力も通常兵士の比ではない。勇者パーティの力でも、倒せるのはせいぜい五人までだろう。目の前には、それが二十人。ここで暴れたところで、勝ち目はない。国を追われてまで生き延びる術はないし、放浪の身になってまで通したいような我もない。


「せめて、理由をお聞かせください」


 目に涙を浮かべた“癒しの聖女”ミネルが、ここぞとばかりに淑やかな悲劇の少女を演じる。


「侯爵閣下、これは教団本部もご存知のことなのですか」

「無論だ」


 モーグウェルは、底の浅い小娘の田舎芝居を鼻で笑う。王都に本部を置く女神教団は絵に描いたような金満体質だ。権力を見せてカネを撒けば、誰の意見だろうと簡単に尻尾を振る。


「聖女は神託により交代された。もっと若く、素直で有能な、、才女にな」

「……そんな」

「待ってください! ……では、我々は」


 膝から崩れ落ちた“聖女ミネル”に目もくれず、宰相に歩み寄ろうとした“戦士ダッド”は近衛騎士たちに突き飛ばされる。


「閣下に触れるな、下郎!」

「ぐぁッ!」


 満身創痍で魔力も枯渇した“賢者エーカム”は、もう諦めていた。これから先に自分たちを待ち受けている運命を既に、理解していたからだ。

 “紅玉の魔珠侵攻の切り札”を手に入れ、邪魔な“亜人との混血ざっしゅ”を処分したならば、“平民出の英雄おかざり”は用済みということ。こいつらに命じられてのこととはいえ、ダンジョン最深部で勇者パーティが行った悪行が、そのまま返ってきたわけだ。

 いまの自分たちにできるのは、“守護者アイクヒル”を殺し切れなかったことが露呈しないよう祈るだけ。


「貴族院も魔導師協会も、代替わりを決定したようだな」

「……はぁ。……処分の理由を、お聞かせいただけませんか。……そして、我々の……処遇も」


 わかってはいた。それでも、確認しないわけにもいかない。

 ニヤニヤと笑うモーグウェルの言葉は、やはりエーカムの予想を裏付けるだけのものだった。


「王家への反逆だ。“半獣”と繋がった反乱者どもには、“隷属の首輪”を下げ渡す」

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