第34話
夏休みも残すところあと一週間となった。今年の夏休みは紅愛と沢山遊べたし、雅紀達とも遊びに行った。まさに充実した夏休みだったと言える。そして、そんな夏休みの最後を飾るのは紅愛との夏祭りデートだった。
「結構人いるなぁ」
祭り会場は既に大勢の人で溢れかえっていた。その中でも視線を集めてしまうのだから相変わらず紅愛は凄まじい。
「ですね。離れないようにくっつきましょうか」
ギュッと俺の腕に抱き着く紅愛。さらに指を絡めるようにして手を握ってくる。
「紅愛は行きたいところとかある?」
「こういう場所には詳しくないので……見て決めてもよろしいですか?」
「ん、じゃあそうしよっか」
紅愛をつれて人の間を縫うように進む。所狭しと並ぶ屋台を見ながら歩いていると見知った顔を見つけた。
「らっしゃいらっしゃい!焼きそばは如何ですかぁ!300円で大盛りですよぉ!」
「何やってんだよ雅紀」
「おぉ蒼太!それに篠崎さんじゃん!いやさ、課金したら金なくなってよ。近所の爺さんの屋台手伝ってんの。どう?買ってく?サービスするぜ」
ヘラで焼きそばを混ぜながら、雅紀が聞いてきたので紅愛の方を見る。
「いいのではないでしょうか。少しお腹も減りましたし」
「じゃあそういうことで」
「毎度あり!もうすぐ出来るからそっちで待っててくれ」
財布を取り出し、300円を雅紀に手渡す。端の方に移動し、焼きそばが出来上がるのを待つ。
「お待たせしました!ほい、んじゃ二人とも楽しんでな!」
「お前も頑張れよ。じゃあな」
「守屋さんもお気をつけて」
数分後、パックから溢れるほど山盛りの焼きそばを受け取り、雅紀と別れる。
「これはどこかに座って食べないとだな……」
「そうですね……あっ、あそこが空きますよ」
紅愛の視線の先を辿ると、ベンチに座っていた人が立ち上がろうとしていた。他の人に取られる前に早足で向かって座る。
「「いただきます」」
一緒に入っていた割り箸で焼きそばを食べる。口いっぱいに広がるソースの味。屋台の焼きそばって感じがする。
「どう紅愛?美味しい?」
「少し味は濃いですが……美味しいです。たまにはこういうのもいいかもしれませんね」
その後も他愛もない会話をしながら山盛りの焼きそばを完食する。これだけで結構腹が満たされた。
「「ご馳走様でした」」
パックと割り箸を近くのゴミ箱に捨て、屋台巡りを再開する。折角だし縁日でお馴染みの射的で少し遊ぶことにした。
「んん……」
ポンッと音が鳴って、紅愛の持つコルク銃から弾が発射される。弾は紅愛の狙っていたイルカのぬいぐるみの横を通り過ぎ、後ろに張られた布へと当たる。これで全弾外してしまったことになる。
「難しいですね……」
銃を店主に返した紅愛が悔しそうに小さなイルカのぬいぐるみを見つめる。流石の紅愛も中々にコツが必要な射的に初見で対応しきることは出来なかった。
「初めてなんだからしょうがないよ」
落ち込む紅愛の頭を撫でて慰めていると、
「彼氏さん、嬢ちゃんの参加賞の代わりに特別に三発だけ撃たせてやるよ」
店主のおじさんがこちらに銃と三個のコルク弾を差し出して言った。
「え?いいんですか」
「おうよ。嬢ちゃんが美人さんだったから特別だぞ?」
周りにいる人達が何も言わないということは、きっとこの人は特別だと言いつつ全員にこういうサービスをしてるんだと思う。気前の良い店主だな。
「ありがとうございます!紅愛、ちょっとやってくるね」
紅愛の頭から手を離して銃と弾を受け取る。レバーを引き、コルクを詰め、ぬいぐるみに向けて銃を構える。俺とて射的はそこまで得意というわけではないので、あまり深く考えずに端の方を狙って引き金を引く。
発射された弾はくちばしに当たり、ぬいぐるみはくるっと回ってそのまま台から落ちる。まさかの一発目で獲得出来てしまった。
「わぁ!」
後ろで紅愛が声を上げる。周りの客からもどよめきが聞こえてきた。
「上手いなぁ彼氏さん。もしかして得意なのか?」
店主が驚きの表情を浮かべて聞いてくる。
「たまたまですよ。それとぬいぐるみも取れたので残りの弾は返します。ありがとうございました」
「いいよいいよ。残りも適当に撃っちゃって」
「え、じゃ、じゃあ遠慮なく」
残りの二発を軽そうなお菓子に当てて消費する。一つは獲得できたが、もう一つは倒れたが台に乗ったままなので獲得にはならなかった。
「はいよ」
「ありがとうございます」
店主からぬいぐるみとお菓子を受け取り、紅愛の元へ戻ろうと振り返った瞬間、
「蒼太くんっ!」
紅愛が俺の胸に飛び込んできた。衝撃に少しよろけてしまう。
「凄くかっこよかったです!大好きです!愛してます!」
公衆の面前で告白してくる紅愛。
「ちょっ、恥ずかしいから止めて!」
周りの人から微笑ましいものを見る目で見られる羞恥心に耐えかね紅愛に止めるよう言う。しかし感極まっている紅愛に制止の声は届かない。俺の背中に回した腕に力を込め、ずっと好き好きと連呼する。
「ママ〜あれ何〜?」
「あれはカップルって言うの。いいわね〜青春って感じで」
「カップル〜?」
マジで助けてぇぇぇぇ!!
「はぅ……///ごめんなさい蒼太くん。私、興奮しちゃって///」
「あはは…大丈夫だよ」
騒ぎを聞きつけてやってきた雅紀の協力もあり、何とか紅愛を正気に戻すことに成功した俺は近くの公園まで逃げてきていた。
代償として雅紀に写真を撮られたが、あのまま周囲の視線に晒されているよりかは数倍マシだ。
「改めて紅愛。はい、どうぞ」
紅愛が落ち着いてきたタイミングでぬいぐるみを渡す。
「ありがとうございます……一生大事にしますね」
受け取ったぬいぐるみを大事そうに胸に抱える紅愛。
「あっ……これはお礼です。ちゅっ♡」
「っ!?」
突然唇に伝わった柔らかな感触に顔が一瞬で熱くなる。
「……帰りましょうか」
「そ、そうだね」
会場から聞こえてくる喧騒を背に、俺達は帰路についた。
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