行動。
自動販売機を目前にして、左右を見渡す。ここまで来て何もせずに帰るのは持っての他だが、それと同じくらいに誰かに見られていては気恥ずかしさと惨めさに押し潰されてしまうだろうことが容易に想像できた。
さも飲み物を選んでいるかのような表情を作りつつ、しばし左右を繰り返し確認したが、誰か通行人が現れることは、しばし無さそうである。
意を決して俺はしゃがみ込み、自動販売機の下に左手を突っ込んだ。手のひらの感覚のみで探ると、冷たい、円形のものが二つばかり当たるのを感じた。
——しめた!——
二枚ということは、最高額の場合で合計千円というのも十分期待が持てる。そうでなくても、数百円や数十円というのでも大いに目標に近く。
「よし、いいぞ」
はやる気持ちを抑えながら呟いて、俺は二つの冷たい感覚を手前に少しずつ手繰り寄せていった。ジュースのこぼれたような、ねっとりした感覚が中指に擦ったが、そんなことはたいして問題にはならなかった。
あと一息で手のひらの感覚の正体と対面できるというところで、俺の手に押し出される形でゴミムシが数匹這い出てきて体を支える右手の方へ当たった。不快感と、焦りから俺はうざったくゴミムシを払う。ゴミムシは行き場がなさそうに溝の方へ落ちて、すぐに見えなくなった。
意を決して自動販売機の下から左手を引き出す。コンクリートの上にある埃と、砂を擦り付けたような音がした。ざらついた感覚は、不意に幼少期の砂場遊びを思い出した。
恐る恐る左手をどけると、そこには、プルタブが一つと、百円玉が一枚転がっていた。プルタブは残念だが、百円玉の方は思いの外好調な滑り出しで手にすることができた。
「よし、この調子でいけば、案外早く煙草が吸えるかもしれない……!」
そう呟いた俺の後ろを、通行人が通った。不審げに見られたかもしれないが、百円玉の高揚感が羞恥の念を上回った。
硬貨を握り締めた左手は、砂埃で真っ黒に汚れていたが、それさえもさして気にはならなかった。
残り、二百円。この調子であれば、二、三の自動販売機を巡れば存外すぐに到達するのかもしれない。
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