失ってしまった夏休みの過ごし方を想い出したかった

 電車は山を抜けて、海へと出た。

 太平洋が車窓に広がり、思わず胸が高鳴る。海というものは、いつだって人の心を昂らせる。それは小さな頃から何も変わらない。

 俺はこの海が好きだった。

 小さな頃から高校二年までの間は毎年見ていた海で、たくさんの楽しい想い出をくれた景色だ。そういった楽しい想い出の数々は、少しだけ気持ちを前向きにしてくれる。それだけでも今の俺にとっては十分だった。


 ──懐かしいなぁ。


 その海を久々に見ると、思わず感慨深くなる。

 この傷心旅行の目的地は、母方の祖父母の家だった。

 祖父母の家は、南房総市にある零賀町れいがちょうという田舎町にある。山と海に挟まれた場所で、所謂田舎の良いところが全て詰まっている場所だ。

 祖父母が亡くなるまで毎年夏休みは祖父の家に家族で遊びに行き、近所の子達と毎日川や海や森で遊んでいた。楽しい記憶しかそこにはなかった。

 しかし、俺が高校二年の頃に祖父が亡くなり、後を追うように祖母も亡くなった。

 祖父母の死を切っ掛けに、翌年から祖父宅には行かなくなった。行く理由がなくなってしまったのだ。俺自身、大学受験や大学進学、その後はバイトやらサークルやらに追われていて、すっかり訪れるのを忘れていた事もある。最後に訪れてから五年以上の月日が流れていた。

 ここに来ようと思ったのは、ほんの気まぐれだった。楽しい想い出しかない場所にいけば、何かが変わるかもしれない──そんな藁にも縋る気持ちで、俺はこの夏をここで過ごそうと決めたのだ。

 今、祖父母宅は母の妹である叔母・桐谷美紀子きりたにみきこさんが家主となっている。祖父の代からある畑を継いで、今は農業を営んでいるそうだ。

 美紀子さんは、俺が遊びに行きたいと連絡すると、快く承諾してくれた。子供達も喜ぶから、と。


 ──子供達、か。そういえば、あの子……絃羽いとはだっけか。どうしてるかな。


 子供達と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、絃羽という名の銀髪の儚い少女だった。

 絃羽はいつでも周囲を気遣って一歩下がり、遠慮がちに笑っている様な女の子だった。俺はそんな彼女を常に気にしてやっていた様に思う。

 また、他にも帆夏ほのか武史たけしという元気な少年少女もいた。彼らとの再会は、楽しみの一つでもある。

 尤も、五年以上前に遊んだ連中が俺の事を覚えているかも謎であるし、当時の〝子供達〟は、今は高校生の筈である。話が通じるのか、もはやオジサン化している俺の相手をしてくれるのかも怪しい。


 ──まあ、いいか。


 とりあえず俺は田舎の町を堪能する為に遙々何時間もかけて来た。都会の喧騒を忘れさせてくれるなら、なんでもいい。現実逃避が出来るなら、なんだって良いのだ。


 ──いや、違うな。


 思い浮かんだ考えを否定する。確かに現実逃避もしたい。

 でも、それと同時に──失ってしまった夏休みの過ごし方を、想い出したいのかもしれない。

 車窓から見えた岬を見て、ふとそう思った。

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