5年ぶりに再会した銀髪の女子高生が崖下の海に飛び降りました。どうやらこの夏は人生の転機になりそうです。

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序章

再会は飛び降りと共に

 海岸の岬に、一人の女の子が両腕を翼の様に広げて立っていた。地元の高校の白い制服を身に纏っている、白銀の髪を持つ女の子だ。

 長い銀髪が夏の潮風に流され、夕陽がその髪を幻想的に照らしている。まるで白い天使でも舞い降りてきたかのように、その姿は神々しかった。

 彼女の銀髪は生まれつきで、子供の頃からこの髪色だった。祖父だか祖母だかが北欧だか東欧人だかのミックスなのだ。

 彼女は覚醒遺伝でその血を色濃く受け継ぎ、その血が銀色の髪と浅葱あさぎ色の瞳として現れている。おとぎ話の中に出てきそうなほど、現実離れした容姿だった。

 そして、彼女は俺が探していた人物でもあった。

 彼女の名前は月宮絃羽つきみやいとは。俺との関係は、昔よく遊んでやった程度だ。

 彼女は俺の六つ年下で、家族と共に祖父母宅に来た時に、近所の子供達と一緒に遊んでやっていた。今は絃羽の保護者から、彼女を探してくるよう頼まれてここに来たのだ。


 ──あんな場所で、何やってんだか。


 俺は溜め息を吐いてから、岬へと歩を進めた。

 久しぶりに聴いた夏の海の音はどことなく心を落ち着けてくれ、潮の香りも心地良い。

 岬に着き、彼女の後ろに立ってみて、改めてそこから眺める夕日が美しい事に気付く。まるで心が洗われるかの様な夕日だった。

 彼女は変わらず、危険防止柵の向こう側に立ったまま、翼のように腕を広げていた。まるで、ここではないどこかに旅立ちたい、と言っているかのようにも思えた。

 そしてそれと同時に、その背中からは途方もない寂しさを感じてしまった。思わず、その背中を抱き締めてあげたい、と思うほど、彼女の小さな背中からは寂寥感せきりょうかんが滲み出ていたのだ。


 ──って、何を考えてるんだ、俺は。親戚みたいなものなのに。


 自分がふと思った事に呆れながらも、柵の横にある看板に目をやった。

 看板には大きく『この先立ち入り禁止』と書いてある。ただ、立ち入り禁止と書いてある割に、片足を上げれば越えられてしまう程度の柵でしかなかった。


「……立ち入り禁止って書いてあるけど、読めなかったのか? 絃羽いとは


 俺もその柵をひょいと乗り越え、その後ろ姿に声をかけた。

 絃羽は振り向いて、少し驚いた様な表情を見せたが、すぐに控えめな笑顔を作った。

 それは弱々しくもありながら、とても可愛らしい笑顔だった。まるでも、全て洗い流してくれるかのように、柔らかい笑顔。思わず、ドキッとしてしまったのはここだけの秘密だ。

 いや、違う。きっと俺は、この瞬間に彼女に恋をしてしまっていたのだと思う。それを自分では認めたくなくて、気付かないふりをしていただけだ。おそらく、後の俺がこの瞬間を思い出したなら、そう言う気がした。


 ──そういえば、絃羽は昔からこうして控えめに笑う子だったな。


 絃羽と会うのは五年ぶりだった。最後に会ったのは彼女が十一歳の時だったから、今は十六歳の高校一年生。小学生だった当時とはイメージが異なり、今では可愛らしく、そして同時に綺麗な少女となっていた。


「……悠真ゆうまさんも、柵越えちゃってるよ?」


 くすりと笑って、絃羽は答えた。どうやら俺の事を覚えてくれているようで、安心した。


「そりゃあ、こんだけ低ければ。それよりこんな所で何やってんだ。皆待ってるし、早く帰らないか?」


 絃羽は質問に答えず、もう一度海のほうへと向き直り、空へ向かって両手を広げた。


「悠真さんは、空を飛びたいって思った事ある?」

「は……?」


 彼女の横に並んで、その横顔を覗き見る。彼女の視線の先は夕陽の方角にあった。


「私、いつもそんな事ばかり考えてる。空を飛びたい、こんな所から速く飛び立ちたいって……空に飛び立って、雲の彼方……地平線の向こうまで飛んでいけたら、きっと今住んでる世界ももっと良い世界に思えたりするのかなって」


 浅葱色の瞳は切な気な色を帯びており、夕暮れによって赤く照らされている。彼女は、地平線の遥か彼方を見ている様だった。その瞳はうっすらと膜を張っているように、潤んでいる。

 彼女の言葉を聞いて、ふと、俺もこの地へと来た理由を思い出した。

 そう……俺もある意味、空へ飛び立ちたいという意味を込めてここに来たかったのかもしれない。もう俺の翼は疲れていて、飛べなくなってしまったから。


「そうだな……そう思う時もあるかな」


 もしすべてを気にせず、この世界から飛び立てるのであるならば、それはきっと幸せな事だと思う。

 だが、現実にはそうはいかない。俺達は空を飛ぶには、あまりにも色々なものに縛られ過ぎている。誰も自由など許してくれなかった。


「うん。だから私……空、飛んでみるね?」

「は?」


 彼女は俺を振り返る事なく、そのままふわりと空へ向かって、岬から身を投げ捨てた。

 ゆっくりとスローモーションで彼女の体は空へ投げ出されて、俺はただそれを唖然と眺めている事しかできなかった。

 それが五年ぶりの俺達の再会──そして、俺の人生を変えた夏の始まりだった。

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