みるみる魔王に覚醒してくけど俺は勇者候補生、やばい!

森野

第1話 勇者の才能はあっても恋愛の才能がやばい

「負けました」

 ベインサム先生が言うと、演習室がさわがしくなった。


 俺の、勝ち……?


「おい、ベジルのやつ、先生に勝ったぞ……」

「マジかよ」

「もう勇者決定だろ」

「すげえ……」

「あいさつが終わってないわ!」


 ひときわ輝く美少女が言うと、演習室は静かになる。


「ありがとうございました」

 俺は頭を下げた。

「強くなったな、ベジル」

 先生が言うと、胸が熱くなる。


 やばい。

 マジで勝った。


 演習とはいえ、剣で。

 先代勇者、ベインサム先生に勝った!


 これはマジで勇者学校トップだよね!

 俺、勇者になる未来、あるよね?


 ありまあす!


 先生が先に演習室を出ていくと、マーシャルがこっちに走ってきた。


「やったなベジル!」

 俺の腰にタックルするみたいにぶつかってきて二人で床に転がる。


「元勇者の先生に勝っちまうなんて、マジで勇者じゃねえか!」

「まだだって」

「にやけてんじゃねえよ! 勇者コース一直線だよ!」


 俺はマーシャルを引きはがして立ち上がった。

 まだにやけそうになる顔をキリリと整えながら、演習室の端を見る。


 ひときわ輝く美少女がこちらを見ていた。


 やばい。

 いいところ見せまくり。


「愛しのリンセスちゃんも、しっかり見ててくれたみたいだぞ? ん? ん?」

 マーシャルが気持ち悪い顔で言う。


「そりゃ、演習なんだから」

「恋のうわさを一切聞かない、まじめなまじめなリンセスちゃんも、ついにお前に惚れちゃったんじゃないのかー?」

「ば、ばばばばバカやろう、そそそそそんなつもりで演習してるわけじゃじゃじゃじゃじゃななななな」

「動揺しすぎだろ」

 マーシャルが冷静に言う。


 そしたらリンセスが、さっ、と演習室から出ていった。


「あ……」

「なあ、そろそろ言っちゃえよ」

「なにを」

「『お前が好きだ』」

「な、ななななにを言ってるんだだだっだっだだだだ」


 俺は早足で演習室を出た。

 マーシャルはついてくる。


「まじめな話さ、お前、リンセスのことはっきりしたほうが、勇者に専念できんじゃね?」

「う」

「せっかく先生に勝ったのにムダにならね?」

「う」

「好きって言ったほうが良くね」

「う」

「どうせ断られんだし」

「そ、そんなことわかんないだろ!」


「あのさ、言わないとはっきりしないんだぜ?」

「でも」

「おれだったら言うぜ? それで、あなたは生理的に無理、って言われたぜ?」

「言われたのかよ」

「そりゃそうだろ。付き合ってくれたら言い得だぜ」

「言い得」


 マーシャルが肩を組んでくる。

「なあベジルよー。だめでもよー、他にもかわいい子がめちゃくちゃいるんだよ、世界には」

「そりゃいるだろうけど」


「リンセス以外は嫌だって? だったら、なおさら言っといたほうがいいぜ。だってさー、お前。明日リンセスが他のやつと結婚するって聞いたらどうすんの?」

「え……………………………??? …………」

「絶句しすぎだろ」


 マーシャルはふかーくため息をついた。


「いつもはさ、からかってるけどよ。今日のこれは、冗談でもなんでもねえぞ。代わりになる相手がいない、って思ってんだったらよ、とりあえず自分の気持ちを表明しておかねえと、勝負にすらならねえぜ?」

「…………」

 正論……!

 圧倒的な正論……!


「お前、勇者になるために、ここにいるんだろ?」

「……」

「行動しなきゃって、思ったんだろ?」

「……」

「じゃあ同じことだろ。な」


 マーシャルは廊下の先の方を指した。


 中庭に、リンセスがいた。


「おら!」

 俺はマーシャルに、文字通り背中を押された。


 振り返ると、もうマーシャルはいなくなっていた。



 いや、まあ。

 そりゃね?


 俺だって、まあ、それくらいわかってる。

 言わなきゃ始まらないって。


 でもさ、言ったらいいってわけでもなくね?


 断られたらって考えたらやっぱりね?


 適切なタイミングってやつがあるかもじゃん?


 勇者にあこがれて、一緒に鍛え続けてるんだから、勇者になってから告白するのが筋って感じじゃん?


 恋愛にうつつを抜かすのって、やっぱりうつつじゃん?

 うつつってなに?


 しかしである。


 勇者学校でも、ある日突然、家庭に入ることも大切かなって思って、と学校を辞める女子がいることは事実である。


 う……。

 うう……。


 で、でも。

 リンセスはそういう女子じゃないもん!

 ストイックな子だもん!

 絶対に、目標を放り出して結婚とかしないもん!


 そう断言できる要素がない……!

 圧倒的コミュニケーション不足……!

 日々の積み重ね、ゼロ……!


 う……。

 どうする……!


 俺にとって、勇者になれるかどうかが一番。

 だから恋愛は二番目。


 かといって、あきらめられるかと言われたら。

「だけどリンセスも……」

 きっと勇者優先派だ。

 うう……。

 どうしたら。


「私がなに?」

 顔を上げたら、柱の横にリンセスが立っていた。


 肩くらいの髪。

 化粧はなし。

 みんなと同じ制服を着ている。


 なのにみんなと全然ちがう。


「いや、あの」

「なに?」


 鋭い目つきで僕を見る。

 その目がたまらない、なんて言ったら、マーシャルにどんな扱いをされるだろうか。


 どうしても胸のドキドキが止まらない。

 ドキドキムネムネ。

 ドキムネムネドキ。


「……とりあえずは、おめでとう」

「え?」

「二年生で、もう先生に勝つなんて、ほとんど勇者確定でしょうね」

 リンセスが悔しそうに言う。


「いや、いやいやいやいやあれは演習だから」

「ベインサム先生に勝った生徒なんて、見たことないんだけど?」

「いやあ、ははは」

「ベジル。ヘラヘラしないで」

「え?」


 リンセスが、きっ、と俺を見ていた。

 やっぱりその顔を見ると、胸のドキドキが止まらなくなる。


「ヘラヘラしてるような勇者なんて、私、認めない」

「あ、うん。ちゃんとする」

「本当?」

「本当だって!」


 そしたら、ふっ、とリンセスが微笑んだ。

 あー最高です!

 きっつい態度からだと、ちょっとした微笑みでもごちそうです!


「私、負けないから。勇者になるのは私だから」

「俺だって負けない」

「ふふ。じゃあね」


 リンセスはくるりと背を向けた。


「あ、ちょっと」

「なに?」

 迷惑そうに、顔だけ振り返るリンセス。


「あの」


 えっと。

 その。

 なんていうか。


 今日の俺、その……。

 リンセスの印象は、その……。

 どうだったかっていうか、その……。


「なにかあるなら、早くしてくれない?」


 あ、えっと!


「リンセス、好きだ!」

「……は?」

 



 あれからどうやって自分の部屋にもどってきたか、覚えていない。

 俺はベッドに飛び込んで、ゴロゴロゴロゴロもだえた。


「あー! あー!」

 枕に顔を当てて叫び続けた。


 タイミング!

 タイミングよ!


 絶対あのタイミングじゃないだろ!


 先走ったとかそんなかんたんな話じゃないぜ……。

 恋ってやつは、人を狂わせる。


 カップル成立への期待。

 やばいほどしぼんでいくぜ……!


「あー! あー! あー! あー! あー! あー!」


 誰かー!

 時間をもどしてー!

 そういうスキル的なの貸してー!

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